プロローグ3

「かえで。事務所はどこにあるんだ?」

「恵比寿だよ」

「じゃ、行こうか」

「今日は土曜だからお休み。じんにーちゃんの家で明日の準備だよ」

「えっ? えぇぇぇぇぇ!」

「何そんなに驚いて。びっくりするじゃない」

「もしかして、泊まるのか?」

「そうだよ。着替えも衣装も持ってきた。まあ、衣装は制服だけどね」

「何ぃ!」

「だ・か・ら、早く行こう」

それで東京駅までの乗車券だったのか。恵比寿なら手前の品川で降りた方が早いもんな……。

サラリーマンやらお上りさん、そして外国人観光客の濁流を抜けて在来線のホームへと降り立つ。

階段を下ると俺はかえでとともに中央線のホームへと足を向けた。

なぜか、かえではずっと俺の手を握っている。

人混みが怖いのだろうか。

確かに三島ではイベントでもなければ、数百人単位の人が一堂に会することはない。保護者のような心持で自宅へ向かうことにした。

しかし、女子高生と手をつなぐのは久しぶりだ。ドキドキしてきた。たとえ、それが幼なじみであってもだ。

「着いたぞ」

「?」

「どうした?」

「え、まだ乗り換えるんでしょ?」

「ああ、そういう意味か。ここからお茶の水まで行って、地下鉄に乗り換える。そしたら、三分で根津に着くよ」

根津ねづかぁ。いい響きだね。フフフ」

かえではナチュラルパーマのかかった黒髪をなでつけると下を向いて笑った。

「電車が来た」

東京駅の次は神田、そしてお茶の水だ。

短い区間だが、神田からお茶の水にかけてのベルヌーイ曲線のような高架線路は見事だ。

万世橋を見下ろし、かつて万世橋駅のホームがあった異空間を抜ける。電気街のビル群が姿を消すと神田川沿いの緑地帯が目に入る。

そして、お茶の水駅に着くと橋の下のトンネルから地下鉄がニョキニョキと出てくる。

都会的だが、どこか懐かしい感じのする風景だ。

お茶の水駅から新お茶の水駅までは一旦、改札の外に出て歩く。

切符売り場の路線図を頼りに東京駅から大手町駅経由で乗り換えをしようものなら、とんでもない遠回りになるので、おすすめしない。

一度、地下鉄の大手町駅を歩いたことがあるのだが、ホームまで800メートルとか余裕で書いてある。800メートルも歩いたら東京では隣の駅に着いてしまう。

もはや大手町駅は地底人の住む巨大なエリアなのだ。

そんなことを妄想しているうちに顔に突風が吹きつけた。地下鉄ならではの感覚だ。暗がりから刺す前照灯が眼に痛い。

地下鉄の座席は向かい合って座ると在来線より向かいの座席までの距離が短い。そのせいか妙に親近感が湧く。

隣に女子高生がいるためだろうか、ときおり痛い視線を感じる。しかし、俺は何も悪いことはしていないのだが…。何だろう、この罪悪感は?

地底人の住む世界から地上に出ると方向感覚を失った。いつもの家はどっちだろうか。

キョロキョロして見慣れたお店の看板を見つけると進路を決めた。

「ねぇ、ここも東京なの?」

「そうだけど」

「なんか、小作人が少ないから落ち着くね。東京駅と全然違う」

小作人? サラリーマンのことか?

「うん、そうだな」

もしかしたら、そんな情緒にインバウンドも惹かれるのかもしれない。以前、近くの神社で熱心に千本鳥居や本殿をカメラに収めているアングロサクソンを見たことがある。

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