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今度は、バス停が無かった。
いや、バス停そのものはあるのだが、停留所の標識やバスの発車時刻表が、何処にも見当たらない。
頭の中では、先程以上に増殖した疑問符が飛び交っていると、不意に後ろから声が掛かる。
「どうやらお困りの様ですね」
慌てて声の方へ振り返ると、そこには線の細い女性(?)が立っていた。
「誰、かな?」
「ボクはの名前はミク。君を案内するためのガイドだよ」
「案内? ここは僕のホームタウンだよ。今更案内なんて不要だけど」
「でも、現に君は困っているんじゃないかな?」
彼女(名前により女性と確定)は、顔を覗き込む様に問い掛けてくる。
正直言って否定しようが無い程、困っているのは確かだ。
「そりゃ困りもするさ。いつも家まで帰るのに使っていたバスの停留所が何処にも見当たらないからね」
するとミクは不思議そうな顔で答える。
「大昔には、そんな乗り物もあったとは聞いているけど、今は誰も利用しないから、そんな物は走っていないよ」
「大昔? 誰も利用しない?」
彼女の答えで、更に疑問符が増える。
しかしミクの方は、こちらの事などお構い無しに続ける。
「でもタクシーは有るから、そちらを利用すれば問題ないと思うよ」
最寄り駅とは言っても、タクシーだと二千円払わないといけないほど、自宅とは距離が離れている。
「しかしなあ、終バスが出た後なら兎も角、この時間でタクシーなんか使ったら、嫁さんに怒られてしまう」
「何を心配しているのかは知らないけど君はゲストだよ、ボクが案内する限り、タクシーなんて使いたい放題なんだけどなぁ」
「よし! なら案内して貰おう!」
タダと聞くと、気が大きくなるもんだ。そして同時に、湧いていた様々な疑問も、大きくなった気に押し出される事になった。
案内されるままに、タクシーへと乗り込む。
「行き先はどうするの?」
後から乗り込んできた未来が尋ねる。
「行き先も何も、運転手が居ないじゃないか」
タクシーには必ず付いている運転手の姿が、何処にも見当たらない。
「自動運転が当たり前だからね。行き先を言えば、そこまで連れて行ってくれるよ」
「じゃあ、『○×台△丁目』まで」
それを聞いて、ミクは驚いた様に声を出す。
「えっ! そんな所に行っても、何も無いよ?」
「そこに僕の家がある。まあ確かに何も無い場所だけどね」
微かに電気モーターの音を響かせて、滑り出す様にタクシーが走り出した。
駅から離れて直ぐ、この街随一の繁華街へと差し掛かる。
この時間帯の繁華街は、居酒屋やコンビニだけで無く、ショッピングモールもまだ開いているはずだ。なのに、街行く人を一人も見掛けない。
普段から見慣れている風景のはずだが、今日に限ってその風景はまるで別物、人々の息吹を全く感じさせない、等身大のジオラマでも眺めている気分だった。
そんな街の様子に湧き上がる嫌な予感を払拭するため、スマホを取り出して気分でも紛らわす様にした。
だがスマホは電源こそ入るが、一向にネットワークに繋がらない。
電車の車内で落とした時に壊れたのだろうか?
アンテナの表示を見ると圏外になっている。
おかしい・・・・・・。
この辺りなら、いつもは文句なしにフルで立っているはずなのに。
画面を睨みながら首をひねっていると、未来が話し掛けてきた。
「それはスマホという奴だね? 随分懐かしい物を持っているんだ。もっとも今じゃ、そんなの使っている人は、誰も居ないはずだけどね」
懐かしい? 誰も使っていない? 馬鹿言うな!
確かに型は少し古いが、国内シェアナンバーワンのメーカーだぞ!
今でもこれを使っている奴は、百万人規模で居るというのに、誰も使ってないは無いだろう!
少し文句を言ってやろうと、口を開こうとすると、突然タクシーが止まった。
「目的地に着いたよ」
止まった理由を未来が告げる。
口から出かかった文句と、湧き上がった怒りを飲み込んで、荒々しくドアを開ける。
タクシーから降りて辺りを見回すと、先程までの怒りが吹き飛んだ。
見渡す限り、家など一軒も無い
今度は別の怒りが湧き上がってくる。
「僕を担いでいるのか! 『○×台△丁目』まで、と言ったはずだぞ!」
声を荒げてミクを詰問すると、彼女は僕の剣幕を軽く受け流してそれに答える。
「君の言うとおり、ここは『○×台△丁目』だよ。いや、だった場所かな?」
「どういう事だ!」
「確かに、かつてここは『○×台△丁目』と呼ばれていた場所だよ。でも今じゃここも、名も無い土地の
かつて呼ばれていた?
じゃあ今僕は、
会社から駅までは、いつもの通り道だし、寄り道もしていない。
乗った電車はいつも帰宅に使う電車だったし、いつもの乗客もちらほら見掛けた。
それらから、未来に辿り着く要素は何処にも見当たらないし、心当たりも無い。
混乱の極みにいると、遠くから『カタカタ』という音が、風に乗って聞こえて来た。
その音にミクは反応し、僕に話し掛ける。
「取り敢えず街へ戻ろうよ、こんな所で突っ立て考え事してても体に悪いし」
どこか落ち着きの無い様子で言い、僕をタクシーの中へと追い立てる。
確かに彼女の言うとおりだ。
辺りの草も茶色に変わり、秋半ばの景色と言って良い。勿論夜は冷え込むはずだ。
何時までもここに居たら風邪を引くだろう。
僕は、再びタクシーに乗り込む。
するとタクシーは静かに走り出し、駅前の繁華街へと戻った。
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