第5話 最悪の想定
「うーん……」
書類を整理しながら俺は考えこんでしまった。
仕事の手を止めはしないが――ここ数日、サーシャとローリエと共に過ごしていて実は少し引っ掛かることがあったのだ。
具体的に何がというわけではないが――ローリエの顔を見るたびに喉の奥で何かが引っ掛かるような感覚になる。
「ローリエ……ローリエ・フォール……」
娘の名前を仕事中に呟く俺の姿は傍目から見たらかなり気持ち悪いだろうが――誰もいないので気にせずに考える。
「ローリエ・フォール公爵令嬢か――ん?」
貴族らしい言葉に少しヒントがあるように思えた。
貴族か……前世、地球の日本の記憶と、今世、貴族のある世界の記憶が入り交じっているせいで、違和感があるようなないようなどっち付かず感じだが……いや、待てよ?
「ローリエ・フォール……俺はこの名前を知ってる……」
自分の娘なのだから当たり前のことだが――しかし、そうではなく、前世の貴族のない世界で聞いた覚えがある気がした。
そう――限りなく嫌な予感がしたきた。これ以上踏み込めば何か恐ろしい真実が見えてきそうな――そんな確信があった。
とはいえ……途中でやめることは出来ず俺は思考をさらに加速させて、記憶の糸を辿っていき、そして――
「まさか……嫌、そんなはずは……」
ある可能性――答えに行き着いてしまう。
喉は緊張からか、からからに渇いてしまい、動悸が激しくなりながら俺は
「悪役令嬢、ローリエ……」
前世、地球の日本には、恋愛を疑似体験するゲームがある。その中の女性向けの恋愛シミュレーションゲームの一つであり――何故か俺が前世の記憶で一番始めに思い出したゲームのタイトルである『純愛姫様~お前とイチャラブ~』というゲームのヒロインの当て馬と言える存在――攻略対象との恋愛を邪魔する存在である、悪役令嬢の名前が、ローリエ・フォール公爵令嬢。
「偶然――ではないか」
前世の知識に悪役令嬢に転生したヒロインがバットエンドを回避する物語がちらつくが――それと同じようなことがこの世界にも言えるかもしれない。そもそも、前世の記憶という超展開があるのだ――類似の物語の世界というのもあながち間違いではないかもしれない。
しかし、そうなると――
「ローリエが、悪役令嬢ねぇ……」
いまひとつあの天使のような可愛い娘が悪役令嬢になることが想像できないが――しかし、警戒するに越したことはないだろう。危険な要素は出来るだけ省いておくに越したことはない。
「思い出せ……確か、物語は……」
物語はよくある、貴族の男と平民の女が恋をする物語で――ローリエが悪役令嬢になるのは、メインキャラクターの王子の物語がメインのはず。あとは、ローリエの義弟くんの話で少し出てきたはずだが――今のところ、我が家は養子を迎えていないので、ひとまずそれは置いておける。
問題は王子のルートだが――今のところ縁談の話は来ていない。確かにローリエと近い年頃の王子がいたはずだが――我が家以外にも公爵家はあるので、これもすぐにどうこうなる話ではないはずだ。
問題があるとすれば、それは――
「ローリエが王子に惚れた場合か……」
そこばかりはわからなかった。まだ会ったことのない相手にローリエが恋をするのかどうか……ゲームのローリエは確か王子にかなり片想いを拗らせてヒロインに嫉妬から嫌がらせをするわけだけど――それが、逆に二人の仲を深める結果になって、最後にはこれまでの悪事をバラされて、ざまぁエンドという結末になったはず……これは、王子のルートの共通とも言えるイベントなのだ。
本編では詳しく描写はされてないが――前に読んだこのゲームの設定資料では、このあと、ローリエは家からも追放されて、路頭に迷い、路地裏で男達に蹂躙されてから、殺されるというなんとも酷い結末らしいが――俺が、ローリエを家から追放することはあり得ないのでここまで酷くはならないはずだ。
とはいえ……よくよく考えると、ローリエは本来そこまで悪くないんだよね。好きな婚約者にちょっかい出されたらそりゃあ、嫌がらせぐらいするでしょ人間なら。まあ、やり過ぎはよくなかったが……それ以前に優柔不断な王子が頭にくる。
婚約者がいるのに、他の女に興味持つとかあり得ないでしょ?まあ、とりあえずあんな馬鹿な王子になるなら、俺の可愛い娘をわざわざ奴にやる必要はないだろうという結論にはなる。
しかしだ……万が一、ローリエが王子に惚れてしまった場合は――仕方ない。俺はなるべく二人の仲を取り持って、もしヒロイン様に王子が惚れたら、最低でもローリエに早めに婚約破棄を申し入れるようには促すしかないか……とにかく!
「俺は――絶対にローリエを……可愛い娘を見殺しにはしない」
そう――結局、やることは一つだ。サーシャと二人でローリエを可愛がって、ローリエに普通に恋をしてもらって、幸せになってもらう――もちろん、嫁をほったらかしにしないで、俺は娘と嫁を今以上に可愛がってやるさ。
そう決意すると、少しすっとした。うん、難しく考える必要はない――ストーリーにさえ入らなければローリエは安全なはずだ。もちろん、ストーリーばかり気にして現実を疎かにはできないが――結局、やることは何も変わらないだろうと、改めて確認できた。
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