リハビリ 鬼と悪魔の昔恋語

 ――昔々、ある屋敷に非常にかわいらしいお嬢様と、小汚いメイドさんがおりましたとさ。メイドさんは小さい体で健気に尽くし、お嬢様は煌びやかなドレスを身にまとい日々を過ごしておりました。そんな二人の前に現れ、心奪ったのは奇しくも同じ男の子なのでした。



「おはようございます、お嬢様」


 小さいメイドの無機質な声が、お嬢様の耳に届く。

 お嬢様はまだ起きない。それを見つめるメイドは、まるでその状態を見ていない、触れない様子で部屋のカーテンを開けていく。メイドは気にしない。――立場が上の人は、同じ人間ではないから。見た目は同じだとしても、流れる血が。流れる血が同じでも、思考が違うからだと、もっと小さい頃から教えられてきたからだ。

 それは血となり肉となり、少女を構成する一つとなっている。

 だから、お嬢様が寝ていても、血が、思考が違うので許される、と思っている。

 ――カーテンを開き終えて、日の光を部屋がいっぱいに受け入れた時、ベッドのほうから音がする。

 大きな大きなベッド。大の大人でも二、三人入るのではないかというほどの大きさを持つそのベッドの真ん中でその矮躯をうずめている少女が、今太陽の光で目覚めたというわけだ。


「おはようございます」


 カーテンを開け終え、小さなメイドは頭を上げたお嬢様に頭を下げる。


「おはようございます」


 メイドに対し、お嬢様も丁寧に返す。これが本心か、はたまた日常的な教育の賜物か、なんてものはメイドには関係ない話である。

 それはお嬢様にも言えること。お嬢様はメイドに一瞥もくれず、部屋を出、その扉を閉める。

 部屋に取り残されたメイドは、そのままお嬢様の後を追いかける――なんてことはせず、まだ部屋内に残り、やるべき仕事を遂行する。

 もぬけの殻となったベッドを見、その大きすぎるベッドのシーツを、小さい体でベッドメイキングしていく。

 ――お嬢様がするのではなく、メイドがするのだ。たとえ言葉遣いがきれいでも、その内心はとても汚いのかもしれない。少なくとも、メイドのような健気さは一切ないだろう。そういった点では、メイドのほうが大人びている、といえるのかもしれない。――大人の得意な、諦める心を、小さいころから教え込まれているのだから。

 ベッドメイキングをした後、床に落ちる小さなごみを、持参した箒で掃いていく。朝の日差しが差し込み、余計と舞う埃が目に見える。それらにほんの一瞬だけ嫌な顔をしながら、メイドは淡々と業務をこなしていく。

 ――ひとしきり掃除が終わり、部屋を見渡す。

 本日のこの部屋の業務はこれで終わりだ。

 そう心の中で呟いて、開いたカーテンを閉めていく。寝室は寝室以上でも以下でもない。次、お嬢様がここを訪れる時はもう夜なわけで。それまで誰もこの部屋に訪れないのだから、カーテンぐらい閉めて構わないだろう? そう、教えられてきたのだから。


 お嬢様は優雅に朝食をいただく。

 食卓には、スクランブルエッグとソーセージ、それにバターを塗ったパン、加えてブラックコーヒーがつつましく置かれている。

 お嬢様はブラックコーヒーに適量の砂糖、ミルクを注ぎ、それが黒から茶色へ変化する様をまじまじと見る。いつもと同じ色合い、スプーンでカップ内を回転させながら、パンを手に取る。カップを回すのはもう飽きた。

 パンは一面黄金色になり、それらが非常に均一に塗られていることは貴族でなくても分かる代物だ。それを一瞥した後、口に運ぶ。

 パリッとした感触の後に、ふわっとしたパン内部の食感が伝わる。いい焼き加減だ。

 パンをひとしきり食べ終えた後、残りの食材も感触を楽しみながら食べ、少し冷めたコーヒーカップを手に取り飲み干す。

 朝食を終えたら、次は着替えが待っている。もちろん、本日着衣するものはメイドがすでに用意している。

 窓から光が差し込む狭い部屋の中で、本日のお召し物に身を包む。

 これが終われば、父親とともに客室対応を行う。これが本日最も気楽にできる瞬間だろう。何といっても、屋敷の外の人を見る機会というのは限りなく少ない。それこそ、お嬢様がそういった外部の人間と触れ合えるのは月に一、二回、それも親同伴なわけだから、自分と違う、メイドとも違う格好をした人間を見ること自体が新鮮なのだ。それでいて、客人の対応のほとんどは父親がしてくれるのだから、お嬢様はだれにも邪魔されることもなく人間観察をすることができる。

――

 本日の客室対応は次で最後らしい。いつもと比べ、ずいぶんと早くお終わりそうだ。まだ昼の15時ほど。太陽が高い位置で終わることなんて一体何か月ぶりのことだろう。

 柔らかい椅子の上で、できるだけ上体を反らす。一、二時間座り続け、動くこともせずいるのはつらい。面白くないわけではないが、時間も時間、人間観察に一時間もいらない。

 さて、最後の客人は近隣の村長らしい。今まで屋敷の領主などが大半で、近隣の村も赴くことなんかなかったため、逆に新鮮だった。

 さて、今までと全く違う毛色の客人、どんな見た目なのか、どんな人なのか気になる。

 両開きの大きな扉が四回鳴る。


「入ってください」


 そうお嬢様の父が言うと、両の扉が重々しく扉が開く。

 そこにいたのは、貧相な服装に身を包んだ男性と、男の子――お嬢様が恋する男の子が立っていました。

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