修学旅行前日――(5)


ナイトメアとの作業が終わると、僕は、もう少しいるという旨をナイトメアに伝えて、一人になった風呂場で、しばしの間目を閉じる。

 明日に楽しい行事が控えているだろうからか、それとも穢れの後遺症なのか――今日のナイトメアとの作業はとても疲れた。

 関係をこじらせようとする感情と、できるならそうなりたくないという気持ちが入り混じって、胃がちょっと気持ち悪い。これはもしかしたら少しのぼせてしまったかもしれない。風呂に上がってから夜風に当たって、寝よう。

 風呂を上がって、暗い廊下を歩く。暗いせいもあるからか、思ったよりもうんと寒かった。この様子だと、外に行ってしまっては目が覚めてしまうかもしれない、と思ったが、明日は主に移動だけになるはずだ。ならば、明日の移動中に寝た方がいいかもしれない。――寝心地は悪いだろうが。

 玄関に近付くにつれて、暗い廊下に家の前の街灯の光が差す。徐々に徐々に光が差すので、目にはとてもやさしい。

 玄関でスリッパをはいて玄関を開けると、涼しい空気がゆっくりと肌の露出したところに当たって、目を細めてしまう。少し濡れた、乾ききっていない髪がなびいて、小さく水滴を飛ばす。くすぐったい。

 少しずつ目を開けると、そこには新がいた。一体こんなところで何をしているんだろう。もう十時になるというのに。


「何してんだ?」


「あ、アキト……」


 ばつが悪そうな顔をしてこちらを見ている。僕が怒ると思っているのだろうか。

 だとしたら、安心させてあげたいので、頭をなでてやる。


「――」


 気持ちよさそうな顔をしながら、そのなでなでを受ける新は見ていても気持ちがいいものである。

 しばしの間なで続けると、次はだんだんと嫌そうな顔になってきたので、手を離すと、さらに嫌そうな顔をされてしまった。


「どうすればよかったの……」


 そうこぼしてしまったら、新に怪訝な表情を向けられた。――本人の前で言うセリフじゃなかった。

 新を見ると、同じように新もこちらを見ていたので、ふと思いついた質問を投げかけてみる。


「こんな時間に何してたんだ?」


「――暑かった……」


「じゃあ、もう一個質問あるんだけど、聞いてもいい?」


「――」


 されたのは無言の肯定。では、甘えて。


「修学旅行って、そんなに心配される行事かな……」


「ん――……」


 新はしばしの間悩んだ後に、こう言った。


「不安っちゃ、不安……」


「――ほんと?」


「うん」


 自信満々に言われて少し切ない。


「今日も、ナイトメアに――おせっかいされてた……」


「何で知ってんの……」


 僕がこう返すと自信ありげに新は言う。


「私、どんな神様か知ってるでしょ……!」


 そうだ、新はこういう神様だった。

 神様は、実は名前に由来する能力を持つ。ナイトメアなら悪夢みたいに、それぞれが違う能力を持つ。そしてそれは、皮肉にも、過去のトラウマのようなものと関連のあるような名前、能力になっている。

 それにのっとって話をするのならば、新は名の通り、新しい神様――通称『新神』と書いてにがみと呼ぶらしい。その呼び方に皮肉があるのかは分からないが――である。


 ――白紙を渡されたら、君はどう彩る、その紙を――。


 いつかの未来で、そう言われたのを思い出す。

 そうだ、僕は新の未来を見た。辛く、荒れ果てた、救いようのない未来。それがいずれ来ることを、僕はともかく――新も知っているその出来事は、僕の受験シーズンに襲い掛かる出来事だ。――この物語は、まだ終わる気配がない。

 白紙をどう彩るかはその時にならなければわからない。できれば真っ黒は避けたいものだ。


「アキト、ちょっと危ない未来が見える……」


 不安そうな顔でこちらを見る。その目は、こちらにその状況を伝えたがっているが――それが伝えられない代物であると、僕も新も理解をしている。

 だからこそ、その歯がゆさが分かるからこそ、何とも物悲しくなる。こうして言葉を届けられる距離にいるのに、それを、それらを伝えられないもどかしさ。

 風が強くなる。これ以上ここにいたら、目が覚めるどころでは済まず、風邪をひいてしまうかもしれない。


「それじゃあ僕はそろそろ寝るよ。新も風邪引かないように適当に戻ってきなよ」


「分か、った」


 そう言葉を残して、夜風に当たる彼女の姿は、とても儚くて、幻想的だった。

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