修学旅行前日――(4)
風呂を上がり、明日の準備をしたら、いよいよ修学旅行へと向かうのだ、と、風呂の中で漠然と考えても、明日は違う風呂に入っているという実感がわかないというのが本音だ。
湯気立ちこもる風呂のお湯を全身で感じながら、明日からの修学旅行へと――実感はわかないものの――思いをはせる。
「風呂の中でくらい静かにできないものかのう」
ふと、風呂の外から声が聞こえたので、そのまま会話する。
「いいじゃないか、少しぐらい浮かれてうるさくなったって。僕だって年相応の中学生なんだから」
「年相応の中学生は自分のことをそう言わんものだと思うぞ」
確かに言葉の通りだが、ならばそれこそ年相応にふるまおうか。
「全部読めとるからな~」
「くそっ」
「実行せんかっただけ褒めてやる。――それでやりだしたら、わしは笑う自信がある」
「僕も笑うだろうけどね。心が読めればの話だけど」
「わしがそばにおれば読めるだろうに……」
「――」
そういうナイトメアの言い分も確かだ。
中学二年生の冬。
ナイトメアと僕は季節に似つかわしくない場所へと、よく知らない場所へと時間を巻き戻した、巻き戻された、違う物語。今思えば、あれから一年が経とうとしているのか。
「まあ、あの時のことを思い出せば、したくないことも分かるが」
忌々しい冬の記憶。世界線の別の物語。けじめの物語
寒さも消し飛ぶ物語だったが、また違う意味での寒さが体を襲ったのを覚えている。
「あんなにほろ苦い――いや、苦々しい思いを思い出してまで、楽をしたいとは思わないよ」
幸いにも、このご時世、平和なのでそもそもの機会がない。
「それで――心の読めない僕にはわからないことだけれど、どうしてナイトメアはそこにいるんだい?」
「言わんでもわかろうに。――穢れを落とすためじゃ」
穢れ。身に積もった、神様の請け負った負の情。
「それを落とさねば――秋斗は好かれやすいからの。落としておかな、不安でたまらん」
未だ声だけしか聞こえていないが、優しい子だと思う。
そもそも好きで、負の情を請け負うと――その場の勢い半分ではあったものの――それにしっかりとアフターケアをしてくれているのだから。
僕が請け負っている穢れは、ナイトメアのものだけだが、ほかの神様も少なからず排出はしている。それが悪いとか、そういうわけではなく、むしろ、それこそが自然の摂理なのだからしょうがない。ただ、それが、この町の神様が、信仰の対象がこの家に集まっているというだけなのだから。
穢れは、悪夢となって、対象を苦しめる。だからだろう、ナイトメア、その言葉にのっとって言うのであれば、ナイトメアは体現者なのだ。しかし、夢は夢であって、僕自身どうってことないのだが、そのことに関しては、ナイトメアが譲らなかったので、僕はその厚意に甘えている。
そうしてナイトメアは風呂に入ってくるが、僕もナイトメアも、――よくも悪くも――兄妹のような間柄、関係に落ち着いていると思っているので、特に興奮もしないし、このシチュエーションの背景が背景なだけに、テンションも下がる。
が、いわばもう、作業のようなものなので、テンションもくそもないが。
「それじゃ――始めるかの」
背中に手を当て、ナイトメアは目を閉じる。瞬間、僕の体が少しほど軽くなった気がする。――余談だが、だんだん穢れ落としの頻度が上がってきているので、体の軽さもほぼ変わることがないことが多くなってきた。いや、それがいいことは分かっているのだが、勘違いされてしまうかもしれないけれど、スカッという爽快感がないので、風呂から出て、ただ座っているというだけに思えて、萎えてきているのが本音だ。まあ、今回ばかりはタイミングが悪かったとしか言えない。修学旅行。一大イベントがあるのだから。しかも修学旅行先も修学旅行先だから、穢れも――不謹慎ながら――たまってしまうだろう。ため込んであふれる分は、しっかりと穢れを落としておかなけば。
「――今日、寄り道して帰ってきたのぅ?」
「そりゃ、あれだけ母さんが怒るんだから、寄り道してきたに決まってるだろ?」
「そうじゃなくて――また、穢れがたまっておるぞ? この感じだと――二か所ぐらいはしごしてきたのぅ?」
――そこまで見透かされているのか。付き合いが長くなると、その分恐ろしく感じてしまう。
「――余計と心配になってきたぞ。本当に大丈夫か、おぬし? 最近疲れておらんか?」
「疲れてないって。それに、今、それを落としている最中だろ」
半ば強引に話にけりをつけ、僕は後ろに少しだけ傾けた首を正面に戻すと下を向いて、目を閉じた。
もしかしたら、疲れているのかもしれない。穢れの、疲労の話をされて、気がめいったのかもしれない。風呂を上がったら、すぐ寝よう。
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