003:現実。


「ハァ……ハァ……ハァ……」


 俺は人通りの多い大通りをただひたすら走っていた。

 スウェット姿のまま部屋を飛び出したのだ。

 すでに時刻は0時を回っているが、それでもここは人が多い。

 だからあまりに必死で走る俺にすれ違う人々が振り返る。

 異常者を見る目であからさまに避ける人もいる。


 だがどうでもいい。

 今、俺は俺のことで頭がいっぱいだ。

 他人のことなんてどうでもいい。


 とりあえず、この胸のざわめきを鎮めたかった。

 だから止まることなく走り続けた。


 そして、ひたすら無我夢中で走り続けた俺は、いつの間にか駅前のコンビニの前まで来ていた。

 自宅のマンションからここまではそれなりに距離があるのだが……夢中になると人はなんでもできるのだと思い知った。


「現実……だよな……」


 コンビニの明かり、道行く人々、電車の音、何気ない会話の声や雑音。

 そんな普段なら気にも止めない些細なものが、今の俺には何よりもありがたかった。

 空中でふわふわと浮かび、激しく揺さぶられたような心が少しだけ落ち着きを取り戻した。


 ベタだけど頬もツネってみた。


「……イタい」


 当然痛かった。

 頬をツネれば痛い。

 当たり前のことだ。

 だけど今の俺にとっては、何もかもが当たり前ではない。


 なぜなら───


「テレポ……」


 途中で言葉をやめた。

 なぜか妙に怖かった。

 正直俺はビビってる。

 これが現実だと受け入れる覚悟が……俺にはなかった。

 未だにこれは夢なんじゃないかと、どこかで思っていたんだと思う。


 とりあえずコンビニに入る。

 無意識にスマホと財布は持っていたから問題ない。

 無意識って怖いな。


 カップラーメンしか食べてないから小腹が空いた。

 俺はお茶のペットボトルを1本取り、レジへと持っていく。

 店員は外国人だった。

 それもまたリアルだ。


「シールでよろしいですか?」


「いえ、袋でお願いします。あとカレーマン1つ。タバコの7番も」


「かしこまりました〜」


 レジの液晶画面に『20歳以上ですか?』と表示されたので『はい』の方をタッチした。

 そしてカレーマンとお茶の入った袋とタバコを受け取り、俺はコンビニを出た。


 人と話してまた少し落ち着いた。

  

「あ、ライター……」


 と思ったけど、ポケットに入ってた。

 習慣の賜物だ。

 

「……帰るか」


 なんか急に落ち着いた。

 世界はこんなにも平常運転で回っているのに、俺だけがめちゃくちゃ慌てているのは馬鹿みたいだ。

 この広い世界からすれば、俺の日常がちょっとおかしくなったところでなんの支障もない。


 とぼとぼと帰路につく。


 タバコを1本取りだし、くわえ、火をつける。

 目をつぶってでもできる一連の流れだ。


 すー、はー。


 ニコチンが回る。


 俺はスマホを取り出し、ロックを解除して画面を見る。


 そして映る───そのアイコン。


「やっぱあるな……」


 ───『スキルガチャ』


 俺の平凡な日常を一瞬でぶち壊したアプリ。


 少しだけ立ち止まる。


「試して見るか……」


 試す価値はある。

 いつかはやらなきゃならない。

 とりあえず〈テレポート〉だ。

 辺りを見渡し、人がいないか確認する。

 さすがに見られるのはまずい。

 もうここは大通りじゃないから大丈夫……と思うがやっぱり不安だ。


 いや待て。

 そもそもどうやって使うんだよ。

 確か……あの時はベッドを見て〈テレポート〉って言ったら……。


 ブルっと体が震えた。


 得体の知れない恐怖がそこにはあった。


「でも……試してみなきゃだよな……」


 〈テレポート〉って、俺の知るテレポートなのだろうか。

 瞬間移動……ってことでいいのだろうか。

 だったら、どのくらいの距離まで瞬間移動できるんだ?

 移動先は目に見えていないといけないのだろうか。


 例えばそう、俺の自宅のベッドを思い浮かべて───


「───〈テレポート〉」


 って言えば………………。


 ───視界が一瞬で切り替わる。

 

 俺は気づけば自宅のベッドの上に立っていた。


 サンダルを履いたまま。


「できた……ベッド汚れちまうな……ははっ、気をつけないと……」


 …………。


 …………。


 …………。


「やっぱ現実じゃねぇかッ!!」


 後日、隣人からうるさいと苦情があった。


 

 

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