死んだように生きているクズが、真人間になろうともがいているだけの話
竜堂 酔仙
死んだように生きているクズ物書きが、真人間になろうともがいているだけの話
また、目を醒ます。
目に映るのはいつもと変わらない、ヤニでちょっと黒ずんだ、白く明るい天井。視線を下げればお隣の外壁がキラキラと光を反射している。
寒い。思わず布団にくるまる。
オレはまた一つ、人としての「当然」を損ねてしまったらしい。
シャワーを浴び、何も食べずにカバンを抱く。
玄関の鍵を閉め、銀行に向かった。
滞納していた電気料・ガス代・家賃他を振り込み、財布の中身を見る。
昨日が給料日で、手渡しされた現金が残り2万。
そろそろ髪を切らないとバイトに支障が出るし、煙草も切れかけ。トイレットペーパーなんかも切らしてる。もちろん食べなきゃ生きていけない。
どう見積もっても赤字。
赤字どころかマイナスだ。切り崩す貯金もなければ給料の当てもない。
カネを借りられるような友達だって皆無。
実質的な人生詰みを迎えたこの状況。
気が滅入る。
午前中に振り込みをするんじゃなかった。
適当に作った親子丼を平らげてから、机に向かう。
机の上には、裏紙と万年筆。
なんとなく、万年筆を眺めてしまう。
これこそは、オレの夢の結晶。
作家を夢見た男の、精一杯の希望の欠片。憧れの結露。
手が震える。
人並みのことさえ出来ていないお前に、そんな大それた夢が叶えられるのか。
バカみたいな夢にすがり続けるお前に、人の心を動かす物語が紡げるのか。
芸術なんて所詮金持ちの道楽。絵画もイラストも音楽も小説も、金を持っていて心に余裕がある人間が、身を食いつぶして紡ぎ上げていく、無駄の真骨頂でしかない。
お前は取るに足らない人間だと、己の心が黒い何かで押し潰してくる。
だとしても。
オレは小説家になりたい。
物語でメシを食えるようになりたい。
オレの物語で、オレの紡ぐ世界・光景・心情・
事務仕事で
もちろん時代が変わっていることも分かってる。今の会社員は決まったことをこなすのでは生きていけなくて、芸術家のようなオンリーワンを構築する必要があるってことは耳にタコができるほど聞いた。
小説家にならなくたって、オレはオレの作りたいナニカに出会えるだろう。
それでもオレにとって、小説家というのは特別な称号なんだ。
小説によって己を組み上げ、小説に背中を押されて表現を志した。
表現をメシの種にするなら、どうしても小説が書きたい。
ならオレのやることは決まっているじゃないか。
書け。
己の武器を磨け。
お前の表現は、お前の感情からしか生まれない。
今感じているその気持ちをできるだけ鮮烈にぶち当てろ。
密度を上げろ。
薄めるな。
そして、己の気持ちに素直たれ。
誰よりも純粋であり続けるんだ。
当然世間との摩擦はでかくなる。
世を
その感情を持ち続けろ。
誰よりも己に強くあれ。
お前みたいな凡俗の徒がネットにたゆたう誰かに打ち勝つには、己の感情を煮詰めるしかない。
煮詰めて煮詰めて煮詰めて、どろどろになった感情を使って書けば、一人の天才の一句に届くかもしれない。
絶望するにはまだ早い。
試せることはまだまだある。
どうすれば小説家になれるかなんてとうに探した。
やれることには今足をかけている。
夢に届くには、夢に突き進むしかない。
絶望なんていつでも出来る。
今この瞬間の努力は今にしか積み上げられないんだから、何が何でも文字を書け。
疲れたなんざただの言い訳。己を積み上げた先にしか偉人への道はない。
先がどうなるかなんて読めないのであれば、生きる術は今を積み上げることにしかないと知れ。
死んだように生きているクズが、真人間になろうともがいているだけの話 竜堂 酔仙 @gentian-dra
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