第19話

家の向かいにあるマンションを見る。瀟洒な建物で、お金持ちが投資用に所有している、と母親が話していたのを思い出した。インターホンを鳴らし、芽内の家の部屋番号を押す。事前に連絡して訪ねることは伝えているので、エントランスのドアはすぐに開いた。

エレベータに乗りながら、ここ数ヶ月の芽内が来てからの学校生活を振り返り、怒涛の数ヶ月だったな、と苦笑する。


玄関の前に立ち、インターホンを鳴らすと中からどうぞ、という芽内の声がする。

「お邪魔します」

中に入り、その部屋の生活感のなさに唖然とした。写真やぬいぐるみ等はおろか、無駄なものは排除され最低限の生活ができるだけの空間がそこにあった。

「いらっしゃい。驚いているみたいね。今日はどうしたの?怪我してる私のお見舞いかな」

笑顔で機嫌よく聞いてくるが、その目の奥は注意深く金沢を観察している。

頭や手足には包帯が巻かれている。

近付いて、芽内の顔を両手で挟む。手を振り払われるかと思ったが、じっと金沢を見つめてくる。さらさらの茶色がかった髪をのけて、一気に包帯を取った。

「…やっぱり」

頭には何の傷も見当たらない。その様子を見て芽内が愉快そうに笑う。

「バレちゃったか」

そう言うと、手足の包帯もおもむろに外した。パラパラと床に落ちた包帯は汚れ一つ付いていない。

「芽内、いや芽内という名前も偽名か。君は依頼されてやってきた、虐め対策委員だろう」

「ふふ。虐め対策委員ね。それって都市伝説的な存在じゃなかったかな?SNSではよく噂されているけど」

「そうだな。虐めを止めさせる非公式かつ非公認の部隊と言われているよな。なぜ伝説的存在かというと、虐め対策委員は手段を選ばず、時には暴力、時には色恋を使って虐めを止めさせるからだって聞いた」

「へぇー?でも、どうしてそれが私だと思うの?私はずっと不登校だったのに」

「調べたけど、君が言う中学校に芽内暁(めない あきら)という子は存在しなかった」

眉を上げて、面白そうに尋ねる。

「別の中学校に知り合いでもいるの?」

「塾に通っているから、他校の人に聞いたんだ」

「そっかぁ。なるほどね」

「…あと、君の名前。アナグラムになっていて、並び替えると『あきらめない』になるだろう」

「あはは。それだけの根拠で、ここまで辿り着いたんだー」

そう言ってひとしきり笑うと、ガラリと雰囲気を変えた。

笑顔は変わらないが、その笑顔からは圧倒的な女性らしさが溢れ、動く所作からも自身に対する絶対的な自信を感じる。

目の前に現れた、また別の得体の知れない女の子に金沢はゴクリと喉を鳴らす。

「それで?金沢くんは、私にどうして欲しいの?何か要求があるから、こうして訪ねて正体を暴きにきたんでしょ」

「…本当に虐め対策委員なのか」

「そうだよ。今回は通報者の希望で、暴力は使わなかったけど」

「通報者?」

「うん、金沢くんが羽黒くんに虐められていますー、止めさせて下さいー、って委員会に言ってきた人がいるの。それが通報者」

誰だろう、と金沢は考える。自分への虐めを止めさせるような、友情に厚い友に心当たりがなかった。

「その通報者って…」と金沢が言い終わらないうちに

「教えられないよ。機密情報だから」と素っ気なく言われる。

その様子を見て、本当に別人だなと呆れる。得体の知れない笑顔ではあったが、芽内暁はもう少し愛想があったのに。

「羽黒くんの処遇についてでも聞きにきたの?」

「いや、そういうわけじゃない。というか、処遇に関係する影響力も持つのか!?」と驚き聞くと

「そうよ」とあっさり認める。

「少年Kにおいては、数多くの嫌がらせが見受けられます。証拠として、ぐちゃぐちゃにされた鞄を撮影済みです。また、Kの発言に対するからかいは授業妨害の面からもアプローチが可能です。もちろん、ボイスレコーダーにとってあります。最終的には、自殺教唆を行い、それを止めようとした少女Mが二階の窓から飛び降り重傷を負いました、とこんな感じで報告書を作成中」

そこまですらすらと事務的に話して、息をつくと

「まぁ、『素行に甚だ問題がある』って事を内申書に書かれて、高校進学は難しいってとこじゃない?」

と、どうでも良さそうに言った。

「それで?金沢くんの用事はなーに?」

そう言われ、目の前にいる女の子に圧倒されていた心を立て直し、当初の目的を思い出した。

「俺は、お願いがあってきたんだ」

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