微笑みを数える日(D)
水瀬 由良
微笑みを数える日(D)
殺風景なコンクリート造りの小さな部屋。
真ん中に机。机には椅子が2脚、座る人間が向かい合うように置かれている。入り口近くには筆記用具が置かれている一人用の机がある。
部屋には窓はあるが、かなり小さい。
実にシンプルな作りだ。
ここが俺の仕事場だ。
もちろん、ずっとこの場所にいるわけではなく、外に出かけることもあるが、より重要な仕事場といえば、ここになる。
ざっと部屋を見まわす。
俺は真ん中の机の椅子に座っている。
書類に目を通す。落ち着ついてから口を動かす。
「じゃあ、ここに自分の名前を書いて、それから指印してくれるか」
「はい。分かりました」
言われた相手は名前を書いた後、指に朱肉をつけて、書類に押す。
「じゃあ、後は頼む」
書類をもって、部屋を出る。
「忍野さん! こんなに早くとれたんすか!」
部下が言う。
「ああ、別に大したことなかった」
「大したことないって、全然だったんすよ。やつ」
「ちょっとした揺さぶりで落ちたぞ」
「さすがっすね~」
いや、今回のはちょっとした見落としが原因で、それに気づきさえすれば、早かった。毎回こうだといいんだがな。
さて、今日はここからが本番だ。
少し休憩して、また、部屋に戻る。
さきほどの男はもういない。待っているところに、別の男が連れられてくる。
「今日は、高田馬場のことから話そうか」
目の前の男は表情を動かさない。
「何言っているんですか? 先ほど、他の方からは荻窪のことって聞きましたよ」
「そうだったな。すまんな。年をとると、どこから聞けばいいか分からなくなってな」
……ここは外れか。
俺は手元の資料を見る。
「じゃあ、荻窪の件な」
「はいはい。どこから話せばいいんですか」
……男が話すことを書類にしていく。
ときおり、男が微笑む。
その数を数える。
「大体、こんなところか」
「そうですね。もういいでしょう? このことは」
「ああ、そうだな。荻窪のことはもう言ってもらったみたいだな」
「はい。全部話しましたから。これで終わりですね」
男が微笑む。
俺は心の中で舌打ちする。
(……まだか)
「それじゃあ、一旦終わりだ。またな」
「またな、とか嫌なこと言わないで下さいよ」
「それは仕方ないな。他の件が残っているからな」
俺は部屋を後にする。
「お疲れさまでした」
「ああ」
やっぱり疲れる。
「やつ、荻窪で少なくとももう一件はやってる。荻窪周辺をもう一度洗え」
「マジっすか」
「ああ、間違いない。さっき、確認した」
「そうっすか。忍野さんが言うなら間違いないですね。分かりました。やってきます」
「頼む。……世話かけるな」
「何言ってんすか。俺にできることなら何でもやりますから、忍野さんにばっか頼ってたらだめなのに、結局頼ってるし」
そう言って、入っていった。
……これで確定7人目か。
やつめ、何人やりやがったんだ。
最初は1人だった。
おそらく、やつにしては珍しくミスしたんだろう。被害者が見つかってから、ほどなく捜査線上に名前があがり、ほどなく死体遺棄の容疑で逮捕。
俺が取り調べることになったが、当初から違和感があった。
おかしい。
普通、取り調べを受けるときはもう少し神妙になる。それがやつは最初から無表情より少し柔和な表情、笑みとは少し違う。あえて言えば、自然体が一番近い。緊張もしていない。
取り調べるうちに、その自然体が崩れる瞬間に気がついた。
事件の聴取というのは、その実行行為だけを聞くのではない。その日何があったのか、どうやってその場所に行ったのか、被害者とはどのように会って、どうしてその人を選んだのか、そういった細かいことを聞いていく。
やつは自然に、ごく普通に答えていた。あまりに淀みがなく、それが気持ち悪かった。
凶器のことに話が及び、経過を聞いていく。
やつの自然体が崩れる。
刺した、切ったというたびに、やつの口角がわずかに上がった。
殺人行為、その核心に触れるとやつは微笑んだ。
間違いない。
やつは少なくともその行為に触れた時、微笑むのだ。
……取り調べをしている間、俺は時折雑談を挟むことにしている。ひょんなことから事件のことにつながることもあるからだ。
雑談でも時折やつは微笑んだ。
違和感の正体はそれだった。何の話でもないのに、変なところで微笑む。
人というのは、隠そうとしても出てしまう癖がある。
典型的なものは嘘をつくときに、上を向いたり、指をならしたりといったものが挙げられる。
そういう癖を見るのが、昔から得意だった。
その俺にとって、今の職業はまさに天職と言えるだろう。
いろいろな癖を見てきた。
天気の話になると、髪の毛を触るやつ、海の話になると鼻を鳴らすやつ、こちらが黙っていると、目のマッサージを始めるやつ、たわいもない癖だが、時にはこれが思わぬ糸口になることだってある。
奴の場合は、より顕著だった。
死に触れた時、血を感じる時、やつは微笑む。
それ以外の話には一切の反応を示さず、自然体のままだった。
奴が関係のない話で微笑んだのは、これで6回目だ。今までの5回、全て自供している。
やつは微笑む。なんの微笑みかは分からないが、触れた瞬間が忘れられないのだろう。少し揺さぶれば、嬉々として話してくれる。むしろ、今まで話せなかったのがやっと話せるようになったというように。
どうやって、血が出たのか、どこを刺したのか、何が凶器だったのか、どうやって悲鳴があげられたのか。そして、どうやって死んでいったのか。
一つ一つ、実に丁寧に話してくれる。
そう。もちろん、微笑みながら。
一体、何人、犠牲にしやがったんだ……
絶対に逃がさない。
「忍野さん、二件目の件で逮捕状取れました!」
……まだまだ、延長だな。
微笑みを後何回数えることになるか。
また、明日だ。
微笑みを数える日(D) 水瀬 由良 @styraco
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