第8話 語られぬ物語

 Asrionアズリオンに乗ったシュランメルトは、アルマ帝国の首都リゲルにあるカメリア宮殿に向かっていた。


「皇帝に頼み、一切合切の臣下を集めてもらう。無論、皇帝も共にいる状態で、な。宮殿中に知らしめるぞ」

「頼もしいねー、シュランメルト」


 二人は決意を固め、カメリア宮殿に乗り込んだのである。

 それを、紫の影が追いかけていた。


     *


「話がある。全ての臣下を集めてもらおう」


 到着早々、アルマ帝国現皇帝であるアーレン・アルマ・ウェーバーに命じるように頼み込んだシュランメルトは、集まれる者全員が集まった後に公式の声明を発表していた。


「一同、よく集まった。ここにいる皆もよく知っているであろう、ネーゼ・アルマ・ウェーバー、並びにララ・アルマ・バーンスタインと式を挙げた、シュランメルト・バッハシュタインだ。本日は、この場の全員に告げておきたい事がある。まずはこれを見てくれ」


 話と同時に、全員の手元に一枚の紙が凄まじい速さで配られていく。

 いつの間にか来ていたノートレイアが、配り主であった。


 遅れて、集団にどよめきが起こり始める。


「書いてある通り、おれは妻への恋愛観を束縛するつもりはない。そして敢えて言わせてもらおう。『今回の式は、お互いの感情を無視したものである』と」


 どよめきは広がり、騒音と化した。

 シュランメルトはそれを止めず、成り行きに任せる。


「ゆえに、おれは『おれ以外の想い人がいる場合、そちらを優先してくれて構わん』と言った。その話の経緯において、出てきた事がある」


 シュランメルトは息を吸うと、全員に聞こえる声で告げた。




「『獣人を皇室には入れない』という慣習だ。それをただちに撤廃せよ!」




 再びどよめきが起こる。

 しかしシュランメルトは、今度は止めた。


「静まれ! 聞けばこの慣習、貴様らのあがめる神の教えに反するそうだな。『民はいかなるものであっても平等である』だ。“いかなるもの”とある以上、まさか『皇室においてはその限りでない』などという言い訳をするつもりはあるまいな?」

「な、何の権利で……!」


 反論したのは、慣習を支持する重臣の一人だ。

 だがシュランメルトは彼を一瞥いちべつすると、低く告げる。


「“何の権利”だと? 『アルマ帝国第一皇女と第四皇女の夫』だが?」

「お前は……いや、貴方様は、アルマ帝国の生まれでは……!」

「その通りだ。しかし、仮にもアルマ帝国の女性を妻として迎えた以上、完全な無関係とは言えんぞ。もっともおれがアルマ帝国の守護神の御子みこだとしても、この慣習はただちに葬らせたがな」

「ぐっ……!」


 重臣が言葉に詰まる。

 シュランメルトは、畳み掛けるように告げた。


おれは人間だ。だが、守護神の息子でもある。すなわち、人であり神である、そう呼べる存在だ。だからこそ、“教え”には敏感なのだ。いかなる意図を以て生んだ慣習かは知らんが、教えにも人としての仁義や道理にも反する以上、手段を問わず叩き潰す!」


 決意を伴った一言に、重臣が、その場の誰もが押し黙る。

 シュランメルトは振り向くと、アーレンに尋ねた。


「異論は無いな? アーレン」

「は、はっ……」


 おずおずとではあるが、賛同の意を示すアーレン。

 それを見たシュランメルトは、もう一度一同に告げた。


「今よりその慣習を認めぬものとする! 破りしものは神よりの裁きがくだると知れ!」


 と、別の重臣が手を挙げた。


「何だ? まさか逆らうとでも?」

「いえ……。しかし、どうしてそこまで動かれるのか。その理由を、聞かせては……くださいませぬ、か?」

「そういう事か」


 シュランメルトは、ハッキリと言い切った。


「仮にもおれの妻が悲しい事を抱えているのであれば、解決するのは夫の役目だろう」


 それだけ言うと、今度こそカメリア宮殿を後にしたのであった。

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