墓荒らしの獲物
くる ひなた
墓荒らしの獲物
分厚い雲に覆われた夜空の下、一心不乱に土を掘る少女がいる。
彼女が頭からすっぽり被ったフード付きの黒いマントは、かつては父の仕事着だった。
父は、偉大なる太古の王の墓さえ暴いた名の知れた発掘家だ。
そんな父に憧れ、兄姉達の反対を押し切って跡を継いだ少女は、今宵もまたせっせとスコップで地面を掘り返していた。
ところで、発掘家といえば冒険家や考古学者かと思われそうだが、実はそんな高尚なものではない。
少女も、彼女の父も、主に盗掘を生業とする――早い話が墓荒らしであった。
大昔の権力者の埋蔵物を探し出し、それを掘り起こしては金品を拝借する、盗人だ。
――カツンッ……
その時、スコップの先が何か硬いものにぶつかって止まった。
夜目の利く少女には、土の中から何か白いものが顔を出したのが見えた。
少女は慌ててスコップを放り投げ、周辺の土を素手を使って慎重にどけていく。
やがて、白いものの正体が明らかになった。
(――ガイコツだ!)
土の中から出てきたのは、人間の頭の骨だった。
髪も皮膚も肉の欠片も何も付着していない、それはそれはさっぱりとした頭蓋骨だ。
少女は懐からハンカチを取り出すと、頭蓋骨にこびりついていた土を丁寧に拭ってやった。
ちょうどその時、ずっと隠れていた月が雲の隙間からちらりと顔を覗かせる。
少女が抱えた頭蓋骨は、そのかすかな月光を受けて輝いた。
(キレイ……)
少女は思わずほうと感嘆のため息をつき、それを空に向かって両手で掲げてみる。
骨といえば白いイメージがあるだろう。
しかし実際は、動物の骨はそれほど綺麗な色をしているわけではない。
土の下で年月を経て骨になったものはだいたい黄ばんでいるし、火葬であれば高温にさらされてやはり変色してしまっている。
しかし、少女が掘り当てた頭蓋骨は、透き通るように真っ白い色をしていたのだ。
少女はそれをスコップの柄の先に引っ掛けると、再び上機嫌で穴を掘り始めた。
骨が出れば、一緒に貴金属などが埋められていることが多々あるからだ。
少女は期待に胸を膨らませた。
しかしながら、自分の身長の深さほどまで掘ったところで、彼女は手を止める。
東の山際が、わずかに白み始めたことに気がついたからだ。
まもなく夜が明ける。
世間が墓荒らしに寛容なのは、日が沈んでいる間だけだ。
日が昇った後に現行犯で捕まると、問答無用で死罪である。
近くでけたたましくニワトリが鳴き出す声が聞こえ、少女は慌てて穴から飛び出した。
そして、今夜の唯一の戦利品である頭蓋骨を小脇に抱えて、だっとその場を駆け出したのだった。
「あーんたバカだねぇ。そんなもん、二束三文にもなりゃしないよ」
呆れたようにそう言ったのは、少女の一番上の姉だった。
姉妹の中で一番の美人で、ここいらで一等大きな娼館で毎日男から大金をもぎ取っている。
婀っぽくて傲慢で嫌味ったらしいが、とにかく気前がいいので少女はこの姉が好きだった。
今だって少女を馬鹿にしながらも、白い米で作った握り飯を一つ恵んでくれている。
だからお礼のつもりで、せっかくいいものを見せてやったっていうのに、鼻で笑って寄越すとは無礼千万。
「髑髏なんて、誰でも皮の下に持ってるもんじゃないか。珍しくもありゃしない」
そう。少女が長姉に自慢げに見せたのは、昨夜掘り当てた頭蓋骨だったのだ。
しきりに馬鹿だ馬鹿だと言って呆れる長姉の美しい顔を睨みつけ、少女は「馬鹿は大姉の方だ」と思った。
父の仕事を継がなかった長姉は、盗掘した頭蓋骨が呪術屋に売れることを知らないのだ。
古いものほど重宝され、粉にして怪しい薬に利用されたり、誰かを呪うのに使われたりする。
大体は碌なことに使われないのだが、売れた後の扱いについては興味がないので、少女もそれ以上詳しくは知らない。
ただ、昨夜掘り出した頭蓋骨を、結局彼女は売らなかった。
だって、ただの骨ではないのだ。
こんなに白くて透き通っているものなんて、初めて見た。
きっと水晶か何かでできた貴重なものに違いない。
そう思った少女は最初、宝石商をしている次兄に鑑定を頼んだ。
しかし、次兄はそれを見るなり、包帯が巻かれた腕を組んで「捨ててこい」と一蹴した。
少女がもっとよく見ろと責付くと、次兄は深々とため息をついて「いい子だから、捨ててこい」と言い直し、丸い紙包みを三つばかり握らせてくれた。
中身は大きな飴玉だったので、少女はその時だけは「分かった」とばかりに頷いたが、結局頭蓋骨はまだ持ったままでいる。
少女は握り飯をくれた長姉に、さっき次兄にもらった飴玉を一つ差し出した。
「ねえ、あんた。墓荒らしなんてもうやめな。金なら姉ちゃん達が稼いであげるから、あんたは家で大人しくしてなよ」
天女の衣のように薄くて綺麗な布から豊満な乳房を覗かせた長姉は、飴玉を受け取りながらそう言った。
しかし、少女はそれには大きく首を横に振り、頭蓋骨を片手に立ち上がる。
「……っ、このバカ! 分からず屋のチビ!!」
慌てて少女を捕まえようとした長姉の手は空を切り、彼女は代わりに自分の下腹を押さえて叫んだ。
「――ちゃんと、頭巾を被りなよっ!!」
少女は五人兄弟の末っ子である。兄が二人、姉も二人いた。
少女は父が大好きだが、兄達も姉達も彼が大嫌いなのだという。
だから彼らは、末の妹が父の仕事を継いでいるのが、嫌で嫌でたまらないらしい。
少女は理解できなかった。
だって父は、今まで誰も手をつけられなかった偉大な王の墓を発掘した英雄なのだ。それなのに、どうして兄姉達が彼を尊敬しないのか、少女は不思議で仕方がない。
もっと理解できないのは、彼らが口を揃えて長兄を讃えることだ。
大ナタを振り下ろして罪人の首を切り落とすのが生業の長兄は、実の父の首まで切り落とした親不孝者だというのに。
少女は兄姉のことは父の次くらいには好きだが、この長兄のことだけは許せなかった。
だって、彼は少女から父を奪ったのだから。
それを本人に伝えると、長兄は必ず悲しそうな顔をして少女を抱き締めるのだ。
筋肉まみれの太い腕にぎゅうぎゅう締め付けられるのは、とにかく痛くて苦しい。
だから、少女はその度にまた長兄を恨めしく思うのだった。
夜になると、少女は目星をつけた場所をまた掘り始めた。
実績も経験も、ついでにおつむもちょっとばかり足りない彼女が、毎晩どうやって掘る場所を決めているのかというと、全ては勘である。
ゆえに、見当違いな場所を一晩中掘り続けていることも多く、発掘家として生計を立てるにはほど遠い。
実際、彼女はまだ独り立ちもできずに生家に住んでいて、その家の現在の持ち主は長兄である。
そして、昼間は家にこもっている少女の食事の世話をしてくれるのは、もっぱら長兄の恋人だった。
あくどい顔をした強欲回船問屋の一人娘でありながら、父親に似ず慎ましい美人で、恋人の妹にも優しい。
しかし、少女は彼女をひどく邪険にしていた。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いのだ。
そんな少女の態度を見兼ねて、「世話になっているのだから、ちゃんと敬い感謝なさい」と説教を垂れるのが次姉だ。
次姉は、長姉のいる娼館も贔屓にしている売れっ子の髪結いで、既婚者だが男の客から頻繁に声がかかるほど見目もいい。
しかし控えめな性格で、放っておけば伸び放題になる妹の髪を整え、女の子らしい衣服を買い与えるのが生き甲斐のような欲の無い人間だった。
それなのに、少女が古ぼけて地味な父の仕事着ばかり好んで身に付けるものだから、次姉は嘆いてばかりだ。
少女が毎晩持ち歩くスコップも、仕事着と同じく父の形見である。
小柄な少女の手には少々余るが、他の物を使おうとは思わなかった。
その柄に、彼女は昨夜掘り当てたあの美しい頭蓋骨を引っ掛ける。
まるで、誂えたみたいにぴったり嵌ってなかなか素敵。
不思議と硬い地面を掘るのが楽になったような気がした。
――カツンッ……
スコップが突然、昨夜と似たような音を立てて止まった。
そうして土から出てきたのはやはり人の骨で、今宵は頸椎と鎖骨の部分だった。
しかし、残念ながらこの夜も金目の物は何も出てこなかった。
次の夜も、そのまた次の夜も、同じようなことが続いた。
出てくるのは人骨ばかりで、一度に二、三個寄り集まって埋まっていることもあった。
どれも、最初に掘り出した頭蓋骨と同じく白くて美しい人骨で、どれ一つとして同じ部位のものはない。
少女は毎日それを次兄に見せてはお菓子を握らされ、その足で長姉の部屋に転がり混んで握り飯をもらい、時々次姉にも見せに行って髪を整えられた。
もちろん家にも帰っているが、早朝出かけて夜遅く帰ってくる長兄とは活動時間がずれているので、顔を合わせることはほとんどない。
(キレイ……)
少女は掘り起こした骨達を綺麗に洗ってから、自室のベッドの上に並べていた。
昼間は、そのベッドで骨達と一緒に眠るのだ。
まったく別々の場所から出土した骨達だが、どうやらそれらは同一人物のものであったのか、日を追うごとにまるでパズルみたいに一人の人間の骨格が組み上がってきた。
しかし、生前は随分大柄な人物だったのか、少女のベッドでは足の骨がはみ出してしまう。
それを哀れに感じた少女は、頸椎から下の骨格を上の方へとずり上がらせると、置く場所のなくなった頭蓋骨は自分が胸に抱いて眠った。
少女が骨ばかり掘り当て始めてから、一月が過ぎようとしていた。
この夜も、勘を頼りに地面を掘っていた少女だが、少しばかり苦戦していた。
いつもより随分深くまで掘ったが、何も出てこないのだ。
そうこうしている内に、東の空が白み始めた。
今宵は久々にボウズだろうか。
しかし、諦めかけたその時、カツンと馴染んだ音と手応えに出会う。
少女は慌ててスコップから手掘りに切り換え、そっと慎重に土を除けた。
(――あった!)
かくして、この日もちゃんと骨は見つかった。
もちろん、今まで見つけたものと同じく、白く透き通った宝石のように美しい骨だ。
この一月、掘れども掘れども出会うのは骨ばかりで、金になるものは一つも見つからなかったが、少女は少しも残念だと思わなかった。せっせと集めた骨達に、彼女はいつの間にか愛着を抱いてしまっていたのだ。
この時、ベッドに並べた人体骨格は、ほぼ完成していた。
憎い長兄に頭を下げて古本屋で買ってきてもらった人体解剖図鑑とこれまで集めた骨を照らし合わせれば、足りないのはただ一つ。右の踵骨だけだった。
二足歩行する人間の踵骨は特に発達していて、体重を支える重要な骨である。
今、ようやくそれを掘り当てることに成功したのだ。
ついに骨格コレクションが完成する。少女は生まれて初めて高揚感に震えた。
嬉しくて嬉しくて、やったねと心の中で叫んでから、いまや父の形見のスコップと同じくらい愛着を感じている頭蓋骨に頬擦りする。
その、ぽっかりと陥没した一対の眼窩の奥には虚無しかない。
だというのに、ふと微笑み返されたように感じたのは、少女の錯覚であったろうか。
それほど、彼女は浮かれていた。
見つけたばかりの最後の骨をハンカチで拭い、大事に懐にしまう。
そして、ようやく穴から這い出そうとした時だった。
「――!!」
東の山肌をするりと滑り落ちてきた陽光が、突如無防備だった少女に襲いかかった。
日が昇り始めたのだ。
少女は目を焼く光から逃れようと両目を瞑り、手探りでフードを被った。
しかし、悪いことは重なるものだ。
「――この墓荒らしめが! 日は昇ったぞっ!!」
そう、野太い声で叫んで猛然と駆けてくるのは、墓守か、それとも捕史か。
どちらにせよ、このまま捕まってしまっては、少女は即刻死罪だ。
最悪、あの長兄に首を切り落とされる羽目になる。
それだけは、絶対に嫌だった。
穴から飛び出た少女は何とかスコップを引っ掴み、碌に前も見えないまま必死に走って逃げた。
ところが、向かい風でフードが脱げて頭部が朝日に晒されてしまう。
「――このガキ! 神妙にいたせ!」
彼女はすぐに捕まって、強い力でその場に引き倒される。
スコップは地面に投げ出され、柄に引っ掛けていた頭蓋骨がカラカラと土の上を転がった。
さっき見つけたばかりの踵骨も、少女の懐からコロンとこぼれ落ちてしまう。
そして、完全にフードを剥がれた少女の上に、生まれたての太陽が降り注いだ。
「――!……っ、……っ!!」
肌を焼かれる凄まじい痛みに、声も無いまま少女は地面の上をのたうち回った。
だって、少女には陽光から自身を守る色がなかった。
痛みに悲鳴を上げようにも、声がなかった。
かつて、暴くことは最大の禁忌とされた王の墓を、少女の父は掘り起こしてしまった。
父は自分に降り掛かる王も怒りを除けるため、家族を犠牲にすることを思いつく。
身重の妻と四人の子供達を身代わりに差し出して、自分だけ呪いから逃れようとしたのだ。
それに気づいた母と兄姉達は、父を追い掛け追いつめて、長兄が大ナタでとどめを刺した。
しかし、呪いは父の死だけでは満足せず、産み月間近の母の命をも奪った。
幸い、兄姉達が母の遺体の腹をかっ捌いて引きずり出した赤子は生きていた。
ただし、その赤子にも呪いは作用し、色と声を奪い取ってしまっていたのだ。
だから、少女の肌は血管が透けるほど白いし、髪だって老人のように真っ白。虹彩なんて透明だから血の色そのままだ。
陽に晒されれば皮膚はたちまち火傷を負い、放っておけば命に関わった。
少女が自由に動き回れるのは、日が沈んでいる夜の間だけである。
だからこそ、彼女は父と同じ発掘家が天職にも思えたのだ。
兄姉達にとっては、とばっちりを受けてもなお愚かな父を慕う末の妹が、哀れで愛おしかった。
「――うわぁ! な、なんだっ……!?」
突然、少女を捕えていた男が悲鳴を上げて手を離した。
その隙に、少女は無我夢中で駆け出そうとしたが、一歩も行かぬうちに何か硬い物に打つかって止まってしまう。
必死にもがいて前に進もうとするが、何やら細くて硬いものが胴に回って持ち上げられ、足が宙に浮いた。
『何も案ずることは無い』
カラカラと乾いた音とともに、そんな声が聞こえた。
少女は痛む目を必死に抉じ開ける。
すると――なんと、彼女を抱き上げていたのは骸骨だった。
しかも、彼女がこの一月せっせと掘り起こしていた、あの真っ白く美しい骨のようだ。
そこで少女はふと、眩しくないことに気づいた。
朝日は確かに昇ったはずなのに、辺りはまた真夜中のように真っ暗になっていた。
少女を捕えようとした男の姿もどこにも見当たらない。
何も、ない。
少女にとっては過ごしやすいそんな暗闇の中で、白い骨だけがくっきりと浮かび上がって見えた。
(なんて、キレイ)
こんな状況にも関わらず、少女はうっとりとそれを眺めた。
骸骨は、死を司る王だった。
生は時々不公平を平気でするが、死は全てのものに対して平等だ。
生きとし生けるもの、いつかは必ず死を迎える。
だから、死の王はいつだって退屈だった。
彼が何もしなくても、運命は生き物のもとに勝手に死を届け、魂を奪ってくるのだ。
その魂が再び転生の輪に乗るか乗らないかを決めるのは、彼と対なす生の王の仕事である。
ぐるぐる、ぐるぐる。
輪廻転生を眺めるだけの日々に飽き飽きしていた死の王は、ある時、自らを地上にばらまいた。
飛び散った死の王の身体は、やがて自然と土に埋もれる。
そうして、数多の生き物に踏みしめられながら、数百年、数千年、頭上で繰り広げられる悲喜こもごもを眺めて暇を潰していたのだ。
少女がそれを掘り当てたのは、まったくの偶然である。
しかし、彼女に死の王が心を寄せるのは必然だった。
だって彼は、死は、今まで誰にも慈しまれたことがなかったのだから。
地面の中から少女の柔い手に丁寧に掘り起こされ、優しく土を拭われたことが嬉しかった。
スコップの柄に載せられて、子猫のように夜闇の中を跳ねる少女と過ごしたこの一月は、死の王にとって至福の時間だった。
少女の胸に抱かれ、柔らかな肌に包まれたベッドの上の一時の、なんと甘美であったことか。
もちろん、彼女を毎夜骨が埋まっている場所に導き掘り返させたのも、死の王自身だ。
そしてこの日、ようやく全ての骨が揃い、彼は久方ぶりに元の姿に戻ったのだった。
『娘よ、実に大儀であった。褒美をやろう』
死の王は、重厚な声を弾ませてそう告げた。
愛着を覚えているのは、少女だけではない。
死の王もまた、彼女にすっかり絆されてしまっていた。
彼はとにかく少女を抱き上げて機嫌がいい。
しかし、髑髏から表情を読み取るなどという芸当は少女には不可能だ。
彼女は、何だか偉そうに喋る骸骨だなと思った。
次いで、舌も声帯もないはずの頭蓋骨がどうやって喋っているのか気になった。
自分はそのどちらをも備えていながら、喋ることができないというのに。
羨ましく思った少女は、目の前の頭蓋骨を両手ではさみ、その剥き出しの白い歯やごつごつとした首の骨など、遠慮なく観察した。
死の王は、くく……とくすぐったそうに笑う。
そして、もう一度『褒美をやろう』と告げると、骨の掌で少女の喉元をさらりと撫でた。
するとどうだろう。
「……っ、あ……?」
生まれて初めて少女の声帯は震え、その口から声が零れ落ちたのだ。
かつて母の子宮の中で彼女の喉に絡み付いた呪いは、死の王の力によって取り払われた。
それだけではない。
彼がさらに少女の身体の上に骨の掌を滑らせると、先ほど朝日に焼かれて負った傷さえみるみるうちに癒され、彼女の白い肌はすぐに元通りになった。
少女はそれに驚くと同時に、ぱあっと顔を輝かせる。
骸骨の正体を明かそうとも、それが土に埋まっていた理由を説こうとも、彼女はきっと理解しないだろう。
それに、少女は骸骨は自分が土から掘り出した拾得物で、自分の持ち物だと言って譲らないに違いない。
せっせと集めて完成させたおもちゃが、自分の危機に駆け付けてくれた。
ただただそれが嬉しくて、少女は骨が剥き出しの首に両腕を巻き付け、ぎゅうとしがみついた。
死の象徴ともいえる骸骨に対し、彼女の中には畏怖も嫌悪も存在しない。
それがまた、死の王の興を引いた。
『娘、望みを申してみよ』
「の、ぞみ……?」
『そなたの望みなら、なんなりと叶えてやろう』
なんなりと。
死の王の言葉をたどたどしく真似ながら、少女は自分の望みとやらを探ってみた。
とたんに脳裏に浮かんだのは、彼女を母の腹から取り出して、ここまで育ててくれた兄姉達の顔である。
少女に鬼灯を根ごと引っこ抜いてこさせた、遊女の長姉。
元締めの一人娘を利用したことがばれて、命を狙われている次兄。
浮気を疑う嫉妬深い旦那に、度々暴力をふるわれている次姉。
そして明日――恋人とその一家の首を切り落とさねばならなくなった長兄。
彼らは今、それぞれに問題を抱えて生きていた。
それがどうやったら解決するかなんて、考えても少女には分かるはずがない。
だから彼女は、誰のためでもなく自分のためだけに願うことにした。
「
『お安い御用だ』
死の王は頷くと、少女を抱き上げたまま闇を渡った。
煎じた鬼灯の根を前に震える長姉を攫い。
今まさに路地裏に追いつめられていた次兄を刃の前から摘まみ上げ。
旦那に利き腕を折られて途方に暮れる次姉を掬い上げる。
そして、最後に向かったのは牢に捕われ斬首を待つ長兄のもと。
彼は、抜け荷の利権を巡って官吏に陥れられた恋人一家を逃し、自らは出頭したのだ。
そんな長兄を驚かせたのは、牢の中に突然現れた骸骨でもなく、それに一纏めに抱え上げられて目を白黒させている弟や上の妹達でもない。
いつも恨めしげに自分を見ていたはずの末妹に、笑顔を向けられたことだった。
「大兄、ゆくぞ!」
少女はそう言って、縄に縛られた長兄の両手を真っ白い手で引っ張った。
途中、一行が寄り道したは母のもと。
転生の輪に乗って順番待ちをしていた母の魂を、死の王が無理矢理かっさらったのだ。
その際に、関係のない魂まで幾つか輪からこぼれ落ちてしまったのは……まあ、ご愛嬌。
そうして、目指すは一路、安泰の地。
父のおわす、地獄へと――。
墓荒らしの獲物 くる ひなた @gozo6ppu
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