今この時、或いはここではないどこか

 ゆっくりと目を覚ます。

 見慣れない風景に一瞬、戸惑う。

 窓の外に広がる風景は穏やかな青空で、さっきまでとのあまりのギャップに戸惑ってしまう。

 ――さっきまでとのギャップってなんだ?

「もー、やっぱり寝てたんだ、快人かいと。自分の準備が先に終わったからって、ずるいー!」

 混乱する俺の思考をよそに、美優みゆうの不満げな声が聞こえてくる。

「ご、ごめんごめん! そっちはもう準備終わった?」

 考え事はここで一旦置いておこう。ひとまずご立腹の美優のご機嫌をとらないと。

「そ、丁度おわったところだから……どうする、式までお楽しみにする? それとも、もう今のうちに見ちゃう?」

 彼女の悪戯な声色に、

「もちろん、今見る!」

 俺は迷わず即答して、カーテンを勢いよく引き開けた。

 ゆっくりと美優が振り返る。純白のウエディングドレスに身を包んだ彼女の姿は――

「……キレイだ、世界で一番」

 思わず息をのむ。結婚式までのあと少しさえ待ちきれず、こうして姿を目にした甲斐があった。

 試着の時も一緒にいて、何度か見たはずのその姿に、美優に対する愛しさがまた一段とこみあげる。

「……もう、ばか。何を言ってるんだか」

 苦笑しながらそう告げる彼女も、まんざらではなさそうだ。

「……なんだか、もう夢みたいだな、こんなに幸せでいいのかって、不安になるくらいだ」

 こみあげる感情を抑えきれず、つぶやいた言葉を美優は耳ざとく聞きつけたらしい。

「……本当にそうだったらどうする? この世界が私が見ている夢に過ぎなくて、目を覚ましたら全部消えちゃったりしたら」

 意地悪く尋ねる彼女に、俺は自信をもって答える。

「関係ないね。ここには俺がいて美優がいる。だからこの世界が夢幻だとしても、あるいは胡蝶の夢に過ぎないとしても、それはこの世界を全力で生きるのに十分すぎる理由だ」

 そう告げてから、猛烈な既視感に襲われる。

 あれ、なんだっけ。

 前にもこんなこと言ったことがあるような……いや、そんなわけがないか……

 考えながら美優を見ると、彼女は目を点にしてこちらを見ていた。

「……そっか、そうだよね」

 自分に言い聞かせるように彼女はつぶやくと、顔をあげて満面の笑顔とともに言った。


「あなたならきっと、そう言ってくれると思っていたよ」


                                了

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