第9話
四本目の針を金槌で押し込む頃には、もはや男は何も反応しなくなっていた。拷問中に、しばしばあることだった。人は痛み限界を超えると、脳がすべてを遮断してしまう。この男もそのようだった。
「つまらない」
つぶやいて視線を向けると、残りの二人が震え上がった。
「こ、こいつの方が体が強いですよ」
残された片方の細身の男が、尋ねてもいないのにもう片方を顎で示して言う。確かに、示された男は風貌は凶悪そうだった。スキンヘッドに盛り上がった筋肉。サンドバッグとして殴ったら、さぞ殴り心地が良いことだろう。
「メートヒエン。君は少々おしゃべりが過ぎるようだ。君にこそぴったりな器具があったのだがね。今は手元にないのだ」アロイスはふと、周りを見回す。そして「まあ、これでいいだろう」と言って、トゲのついた実を細身の男の口の中に押し込んだ。
「いいか、これを決して口から出してはならぬ」
言うと、甲冑の兜をかぶせた。兜というのは、当然、頭をしっかりと守るものなのでぴったりとフィットする。つまり、口の中に入れた実を、頬を押して固定してくれるのだ。早くも、彼はうめき声を上げた。
スキンヘッドの男は何も言わず彼を見ていた。
「君もこれをかぶりたいかい?」
尋ねると、スキンヘッドの男は力強く首を振った。彼は体の割には臆病なようだ。アロイスの計画にはぴったりだった。
「さて、こんなところでは、たいした拷問も出来ないのだがね。実に申し訳ない。せっかくこちらに来て初めての拷問だ。神髄を見せてさせあげたいところであるが、こんな簡易なもので勘弁してほしい」
再び、腰の鞄に手を突っ込む。細身の男はそれだけで失禁した。
「これはね、親指潰し器という。なかなかポップで良い名前だと思うのだが、どうだろう」
アロイスは耳に手を添えて男に向けた。「うん、そうだろうそうだろう。目的が名前になっていて、しかも効果的。素晴らしい」
親指潰し器は、向かい合った金属製の板を、ネジで間隔を広げたり狭めたり出来るものである。もちろん、ただの板ではなく、内側に鋲がついているので、ネジを締めると徐々に鋲付きの板が迫ってきて、指が押しつぶされるというものだ。簡便にして効果の高い、とても素晴らしい器具だった。
「私はね、この器具が好きなんだ。手軽だし、いつでもポケットに入れておくくらいのものだ。パイプを忘れた時だって、これだけは忘れてない。そうだ、パイプもこちらにはないようなので、作らなければならないな。あれほど優雅な嗜みごとはない。こちらにも煙草ぐらいはあるだろう?」
言いながら、彼の指を挟もうとするが、手が暴れてうまくセットできなかった。
「暴れるんじゃあない。貴様は牛か」
金槌で殴ってみると、男の意識が飛んだ。そのすきに、指をセットする。慌てていたものだから、左手の親指と右手の人差し指を入れてしまった。片手ずつやらないと楽しみが減ってしまう。しかしまあ良いだろう。どっちも指には変わらない。
アロイスは鼻歌を歌い始めた。祖国の軍歌である。
歌いながら、ネジをくるくると回す。
板が迫る。
ぎゅっと圧力がかかったとき、男の意識が戻った。可哀想に、終わるまで意識を飛ばしていれば痛みも感じなかったかもしれないのに。
「いてええええええええええええええええ」
男は喉が潰れるのではないかと思うほど叫び、激しく暴れた。しかし、しっかりと咬み込まれた指は、決して離れることはなかった。
この親指潰し器は、一番最初に成功した器具だった。いくつか描いた設計図のうち、これが一番シンプルだったからだ。鍛冶屋に頼んだのだが、最後までそれがどういうものなのか理解できないようだったので「クルミを割るようなものだ」と説明した。これでは、頭蓋骨潰し器も理解できないだろうなと思った。
まるで、朝食にフレッシュフルーツジュースを作るときのように、口笛を吹きながら指を潰してゆく。何本か潰したところで、男がよだれ交じりに震えながら小さい声で言った。
「俺たちゃあ……ただの兵士だ。こんなことしたって、軍事作戦や機密情報ななんて引き出せない……」
「心外だな。私がそんなこともわからないぼんくらに見えるかね。そうじゃないんだ。君たちを拷問にかけることに意味なんてないんだよ。ただ、無意味に君たちは嬲られているんだ。たとい、君が重要なことを喋ろうと喋るまいとね、君たちはここで正しく人間扱いをされず、正しく人間以外の何かに成り果てる運命のなのだよ」
坦坦と話すアロイスを、男は無感情に見上げていた。それから、笑うような、泣くような顔をして、すべての指が潰れるまで叫び続けていた。
最初に壊した威勢のいい男は、まだ回復していないようだった。あまり手間をかけたくなかったので、近くの兵士から拝借してきた剣で、彼の耳と鼻と眼球をくりぬいた。それを口に詰めて、乱雑に縫い合わせる。そして、服を脱がせて大国の犬、という意味の言葉を刻んだ。もちろん、祖国の軍旗に記されたあの紋章を入れることも忘れなかった。この頃には、とっくに彼は息絶えていた。
細身の男には、頭の皮を剥いで、潰れた指と引っこ抜いた舌とをくっつけた。前衛アートのようである。
スキンヘッドの男は糞尿を漏らし、ガタガタと震えていた。
「君は命乞いをしないのか」
尋ねるが、彼はひざまずいたまま動かない。彼にも祈る神があるのだろう。手を合わせたまま、アロイスにはわからないことばをつぶやいていた。
「まあいい。君には何かするつもりはないよ。よかったな、五体満足で祖国へ帰れる」
言ってみるが、彼は信じていないようだった。
「私は別に、サイコパスではないのだよ。ただ、これが私の使命だからやっているのだ。それにほら、証拠に君には特別に褒美をやろう」
言って、アロイスは近くの馬を一頭引いてきた。
「この馬を、君にやろう。この二人を詰んで国に帰るが良い」
「ほ、本当に……?」
「ようやく口を開いたか。本当だとも。君には宿題を課すけれどね」
スキンヘッドの男は首がもげるのではないかと不安になるほど頷いた。
「それは、そちらが投降しないと、今後こういった死体が増えることになる。名誉の戦死などではなく、この世に生まれ落ちたことこそ呪うほどの苦痛を与えてやる、とスターテン軍に伝えてほしい。これは脅しではない」
アロイスが顔を近づける。鼻息があたる。
「必ず、やる」
スキンヘッドの男は、震えながら仲間の二人を馬に横たえた。どちらも血まみれで、うまく固定するのが難しいようだった。彼の拘束は完全に解いたが、アロイスは身の危険は感じていなかった。彼にはもう何もする勇気はないだろう。
「ああ、ちょっと待ちたまえ」
スキンヘッドの男が馬に乗る前に、アロイスはそれを制止した。男はびくりと体を震わせた。
鞄から袋を取り出すと、紙巻き煙草を取り出して火をつけた。
「これでも吸って、落ち着きたまえ」
スキンヘッドの男は、それが毒だとでも思ったようで、はじめは拒否していたが、アロイスの顔を見ると、意を決して一気に吸い込んだ。当然、激しくむせ、涙目になったが、一本吸い終えるまでアロイスはじっと見ていた。それは、あの店から買い取った生阿片を紙巻きにした物だった。
吸い終えた後のスキンヘッドの男は、先程までの恐怖の顔をしていなかった。震えも止まり、アロイスにもう一本要求した。アロイスは失笑してもう数本くれてやった。
「これがほしかったら、有用な情報を持って来い」耳打ちするが、聞こえているのだろうか。「では、また会う日まで。あ、そうそう、その死体を作ったのはハウプトマンという男だと説明しておいてくれたまえ」
アロイスは偉大なる指導者に捧げるポーズで彼らを見送った。
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