第3話

 Szene1 鋼鉄の処女








 拷問官アロイスの召喚された国は、ランドという名前だった。ここは大陸の中でも小国であり、温暖な気候を利用した農地として栄えた国である。先の戦争で、ほとんどの小国は大国に従属することとなり、このランド国も例外なくスターテンという軍事国家に庇護されることになった。しかし、庇護というのは名ばかりで、その実、搾取され続けるプランテーションという位置づけになっている。


 アロイスがいた世界でも、有色人種の奴隷を使ったプランテーションが流行した。どの世界においても、人の業は深い――アロイスは感慨深い思いだった。


 そんなランド国は、現在スターテン国からの独立を狙って反乱を起こしているところだった。国王は隠しているが、ランドはスターテンに押され気味である。そんなことは聞かなくてもわかる。何の準備もなく、農業国が軍事国に喧嘩を売るなんて、ただの自殺行為である。裏に何かあるに違いない。


「なるほど、ランド人はスターテン人よりも優秀であるのにもかかわらず、虐げられてきたのだな。それは反乱を起こして当然といえよう」


 アロイスは頷いた。


 アロイスの居室は、城の中庭に放置された納屋だった。窓さえない煉瓦造りの頑丈そうな外壁の建物だ。元は倉庫に使っていたものらしい。がらんとした広い空間に、机と椅子が置かれているだけだった。


 今、アロイスは椅子に座って、付き人として紹介された青年シドを見上げていた。


「どのような戦況なんだ。戦争中にしては、国全体に覇気がないではないか」


 アロイスが尋ねると、シドが緊張した面持ちで答えた。


「士気が低いんです。元々、ランドは敗戦国で、スターテンの植民地のような扱いをされていたんです。ただ、戦前からランドは貧しかったので、植民地になったからといって、大して変わりませんでした。ランドに税を納めるか、スターテンに納めるかの違いです。むしろ、以前よりも人権が守られているようにも感じます。豊作の年でも一定以上の金はもらえませんが、不作の年でも、ある程度の金は補償されます。裕福になれない代わりに、飢えて死ぬこともないのです。我々農民はそれで十分なのです」


「生かさず殺さずか」


 社会主義の概念は、世界が変わっても自然に発生するものなのかと感慨深い。しかし、それではただの飼い慣らされた犬でしかない。まさしく、我々が悪とした【民族主義のために自由な諸民族を奴隷化するのに利用する経済的武器】の一端である。


「ですから、下手に逆らって、今よりも状況が悪くなることを恐れているから士気が低いんです」


「馬鹿者!」


 アロイスが机を殴った。堅く握りすぎた拳からは血がにじむ。シドは驚いて飛び上がった。


「貴様それでも誇り高きランド人か!」


 アロイスが立ち上がって、血の滲んだ拳でシドを殴る。シドは痛みよりも、なぜ自分が殴られたのかという驚きで目を丸くした。


「貴様の父も母も、貴様自身も敵国に見下されているのだぞ。悔しくないのか」


「そんなこと言われても、ただの農民に何が……」


「そんなだから馬鹿者と言われるんだ。貴様の体には、農民であるまえに、優秀なランド人の血が通っているのだ。それを忘れてどうする」


「俺たちが……優秀?」


「その通りだ。血は水よりも濃いのだ。我々ランド人の血は、スターテン人の汚れた血とは違う。結託せずにいられるのか」


 シドは自分の手を見て、息を荒げた。そんなこと、今まで考えたことがない。彼が普段考えることと言えば、家族のことと農作物のこと、それに恋人のことだけだった。


「ランドの……血」


「そうだ」


 アロイスがシドの肩に手を置く。


「貴様は優秀なランド人だ」


 肩に食い込む手が熱い。その熱が、体中を巡るように感じた。いてもたってもいられず、シドは雄叫びを上げて部屋の中を走り回った。広い部屋だ、いくらでも走りまわれる。


 ちょうど中庭にいた数名の兵士が、納屋からの雄叫びを聞いて、何事かと様子を見に来た。シドがアロイスが語ったことを熱を持って伝えた。誰もが最初は大人しく聞いていたが、最後には彼らも同じように雄叫びを上げた。


「血は水よりも濃い……良い言葉ですね。あなたが考えたのですか?」


 アロイスは曖昧に笑った。


「さあ、取り戻そう。我々の誇りと尊厳を。今日から貴様の父は国家、母は雄大なるランドの地である」


 納屋というのがよかった。ある程度の人数は入れるし、騒いでも文句を言われない。毎日、人数を集めて演説を繰り返した。日に日にその数は増え、いつの間にか、納屋の中に入らないくらい人が詰めかけるようになっていた。


「ところで、聞きたいのだが、この国ではどんな拷問器具を使っている?」


 シドが首をかしげた。


「拷問、とはなんでしょうか」


 なんということだ。この世界には拷問がないというのか。兵士たちも拷問をしたこともされたこともないという。


 アロイスはめまいがした。誰も拷問を思いつかなかったと言うことか。ともなれば、拷問器具が何もない。私のお気に入りの【梨】も、【仮面】も、拷問台もだ。


 作らねばならない。なんとしても。その夜から、アロイスは設計図を描き始めた。

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