シャングリラン

エリー.ファー

シャングリラン

 おなかいっぱい、クリームを食べたい。

 それが私の夢だった。

 家にはいつも肉があって、それが食べきれないほどあったのだ。

 何もかも肉に代用できるのではないか、と思うほど、私の家の中は肉だらけで、私にとっては最も身近な存在だった。

 もっと言っていいのであれば。

 同じ人間よりも、肉というものに自分が近いようなきさえしていた。

 肉から遠ざかっていく人生など考えもつかないし、私にはそれが一番まともにも思えた。

 私は肉と結婚したいなどと、子供の頃には言っていたらしい。

 自分で言うのもなんだけれど、中々に子供らしく、そして可愛らしい発言だと思う。

 裕福な家庭ではなかったから、そういう面でも自分の家の中にあった一番高価なもの。

 つまりは、肉だが。

 私はただただ大切に抱えたのである。心の奥底に、そして物理的な意味でも。

 だから、私にとっての特別はクリームのような甘いもので、それを口にするのは大きな夢だった。

 

 そんなある日のことだった。

「どうも、初めまして。」

 転校生がやって来た。

 男の子で、少しばかりイケメンで、勉強もできてスポーツもできる。

 女の子からも当然、人気があって、しかも、男の子からの評価も高かった。

 転校生は。

「僕の家、生クリームしかないんだ。」 

 そんな発言をするものだから、一気に友達を失くし、一人でお昼ご飯を食べるのも見慣れた光景となった。

 私は。

 私はむしろ。

 こんな友達を。

 こんな瞬間を。

 こんな状況を。

 待っていたのだ。

「ねえ、転校生くん。」

「なあに、古株さん。」

「転校生は転校生らしく、古株の私を生クリームまみれの家に招待すればいいのよ。」

「僕、君の家、知ってるよ。」

「あら、そう。」

「使い終わったシップまみれなんでしょ。」

「肉よ。生肉。」

「シップじゃないんだ。」

「ないわ、シップな訳ないでしょ。冷静に考えて。生肉よ、生肉。」

「同じ食べ物だね。」

「そうね。で、どうなの。私を家に誘ってくれるの。それとも、私と生肉に喧嘩でも売るつもり。」

 その瞬間。

 転校生の拳が私の鼻先まで飛び、そして、すんでの所で止まった。

「生クリームの悪口は許さないよ。」

 本気の目をしていた。

 私はまばたきを数度してから、開いた口を抑えた。

 言ってない。

 私。

 生クリームの悪口言ってない。

 言ってないのだ。

 何を、どう解釈して顔面を殴るほどの事案だと思ったのか。

「あの、転校生くん。その。」

「生クリーム。」

「え。」

「僕のことは生クリーム王子と呼ぶように。何度も言わせないでくれるかな。」

 言ってない。

 何度も、私、言われてない。

 あと。

 生クリーム王子、クソださい。

「僕はいつか生クリーム大臣になるんだ。」

「そう。」

「お父さんとお母さんに、そう教育されたんだ。」

「そう。」

「そのためだったら、僕は。君さえも殺さないといけない。分かるだろ。」

 いや。

 分からない。

 生肉まみれの家に住んでいるという私の濃いキャラをここまでかすませることができる者は中々いない。

 私は。

 初めて。

 自分よりもヤバい奴に会い、自分の家のことをもう少し愛せそうな気がした。

「でも、僕、思うんだ。」

「何。」

「生クリームと生肉は相性がいいかもしれない。」

「いや、それはさすがに。」

 その瞬間。

 転校生の拳が私の顔面目掛けて飛んでくる。

 直ぐにそれを竜虎の構えで受け流し、さらに花鳥栄泉によって返し、首元に拳を四つ叩き込んだ。

 倒れ込む転校生に背を向ける私。

「女の顔に傷を付けようとするとはね。腐ったレバーみたいなことをするなんて、生クリーム大臣も落ちたものね。」

 私は鼻で笑う。

 とりあえず。

 このクラス内のキャラの濃さナンバーワンは渡さない。

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