【3】VS編 第4話 対『デカブツ』戦。



 ドスン…、ドスン…、


「おいおいおい…」


【あぅわわ…】


 ドスン、、ドスン、、


 聞こえて、きた。

 大きな足音が。

 俺達に近付いてくる。


 スキル【暗闘・刹那】の効果なのか。俺の耳は今や、かなり良くなっている。だから足音の詳細も正確に掴めるようになった。だから、この足音が初めて聞く類だと分かる。そしてこの足音の主はかなりの体重である事も推測出来る。


 アホな事に、


 俺達は今も、ゴブリン5体と戦闘した場所から移動してない状態だ。あれほど派手に立ち回ったというのに。


 つまりここはまだ…あの一本道な訳で。


【我ながら迂闊でした…私が気づくべきだったのに…】

 

「いや気にするな。いや…気にしたら駄目だ。もしそうだとしてもだ。気にし過ぎたら駄目なんだ。思考が鈍くなる…つっといてなんだけども……これは、また…」


 ド…ス ドス…


 未知の敵と…しかも連戦…『さすがにそれはどうだろう』と思い、逃げようとしたのだが……それは無駄だった。


 何故なら反対側からも、したからだ。同じような足音が。つまり、…、


【あ…】


「また、挟み撃ちかよ…」


 まあ、 自業自得なんだけど。

 

「これはもう、やるしか…【ま、マママママスター!だだ大丈夫です!マスターはつよツヨつよ強虫ですからっ!】だから落ち着け!つかなんだそれ…『強い』と『弱虫』が混ざってないか?」【あぅわわ…すみません…私ときたらこんな非常時に…】


「いやまあいいよ。かえってまた落ち着けたし…」


 嘘だ。


【マスター……】


(ああ…くそっ…そうか。筒抜けだったな…)


 今度の相手も複数体。

 しかもまたもの挟み撃ち。

 しかも今度の敵は…多分デカイ。

 相変わらずだ。不利な状況。


(全く…なんでこんな…呪われてんのか俺は)


 …とはいえ、嘘を本当にしなければ。

 探せ。好材料を。俺。


(そうだ。悪要因だけ考えてもしょうがない。)


【マ、マスター。愚考進言しますが、敵は一体ずつ。そう考えてみれば…】


「………ああ、そうだな。確かにそうだ…」


 そう、今回はそれぞれの方向に一体ずつしかいない。


 敵は大物みたいだか、今回は一体ずつに集中出来る。なので一体目を『ダブルトリック─』で確実に倒し切る事さえ出来たなら?


 残す戦闘も一対一。


 冷静に対処すれば死にはしない…はずだ。二体目を『真正面からでは勝てない』と判断した時は……もう、潔く逃げたらいい。


(この足音…かなりの体重のはずだ) 


 そうだ。きっと瞬足ではない。今の俺ならスキルを利用し逃げ切る事も可能なはず。


(まあ…巣に帰り報告されたら…間違いなく追手をかけられるだろうがな…その時は…まあ、凄く嫌だが…この洞窟の外に避難すればいい。………………外…か…いや…)


 アソコに舞い戻るのは凄く嫌だ。

 

(が…こうなってはな…しょうがない)


 方針が決まったならば?


 即行動だ。


 戦闘という苛烈に揉まれ、俺は即断の利を理解しつつある。もちろん無駄に逸って決断する事で、陥る危険だってあるだろう。だが、今は挟み撃たれている。しかも未知の敵に。つまり非常時中の非常時だ。迅速さこそが肝だろう。


 俺はすぐさま走り出した。忍び足で。


 【暗闘・刹那】のスキルレベルが上がったせいか、よりスムーズに、より疾く、より忍んで移動出来るようになった。


 さあ、先程のゴブリン5体との戦闘と同じシチュエーション。暗がりで気配を殺す。曲がり角で待ち伏せる。


「見え………た。って…おい…こりゃぁ…」


 現れた敵の姿…


【あ……大きい…】


 ゴブリン……デカイやつ。


【いいえ、あれは、ゴブリンの進化系…】


 見た目は巨漢の人間…に近いフォルムだ。


 そいつは足音に相応しく想像通りの…デカブツだった。だが2mまではいかない。178ある俺の身長よりもさらに10cm近く上背があるが…。それより特筆すべきは横幅だ。俺の2倍は確かにある。


(…いや、おいまさか…それ以上か?)


 目測、狂う。


(どのパーツも、デカ過ぎる…、これじゃ、判断出来ない)


 そんな見た目を考慮してもあの足音は大き過ぎた。


 それから考えたら…見た目異常なデカブツ。しかもその見た目以上に実が詰まったデカブツ…マジかよ……つか、これは… )


【あ……】


 問題だ。発生した。


 誤算だ。発覚した。


【マ、マスター…っこれは…】


(ああ…これは、、、まずいぞ…)


 とりあえずの前提が決まった。決まってしまった。


 前提…『このデカブツゴブリンは一撃で倒さなければならない。』


 出来ないなら逃げるしかない。


( …何故ならコイツは…おそらくだが…俺達なんか屁にもならない…)


 そんな、、遥かなる格上。


 そんな怪物を一撃で倒すなら?

 頭部を狙うしかない。

 何故なら他の部位は頑丈そうな筋肉で鎧われているから。


 他の部位を攻撃しても無駄。

 俺の手持ちの武器では威力が足らない。

 ヤツの命にまでは届かない。


 対してコイツが手に持つ武器は…

 既に先が折れているとはいえ…


(なんつー剣だ……超重量級?そんなレベルじゃねえぞ…もはや)


 俺が持つどの武器よりも、

  遥かにぶ厚い。遥かに硬い。遥かに重い。

 折れていてもなお遥かにリーチで勝る。


(大剣。いや…これは…)


 あれは…もはや、


【魔物が…なぜ…なんて武器を…】


 ──巨剣──

 

 そう呼んで差し支えない。


 そんな超超超重量を問題なく振るえると…するならば。


 俺には想像もつかない。


 そんな非現実的怪力の持ち主であるのは確実。


 明らかに格上と判断したのはそれが理由。


 そして一撃で倒す必要があると判断した理由は…中途半端な攻撃を加えたりしたらあの大剣で手痛いどころか致命の反撃を食らうに違いないという事。

 そして、やむなく一撃必殺を狙うなら?頭部への『ダブルトリックアタック』だ。これしかないだろう。


 …だが…


 この身長差であの頭部を狙うには?


 俺が今持っている二本の棍棒を届かせるには?


 力と体重を十全に乗せて打ち抜くには?


 ──俺は、『跳躍』しなくてばならない。


 さっき倒した5体のゴブリン達は、俺よりも遥かに低身長だった。なので跳躍する必要などあるはずもなく、だから真横からの不意打ちだって可能だった。無駄な動作もなくいきなり『ダブルトリックアタック』を叩き込む事が出来たのだ。


 だがこのデカブツゴブリンの頭部を…高い位置にあるあの頭部を、大袈裟で隙だらけで無駄の多い…跳躍というモーションを挟んで打ち抜く。…これはおそらく至難の業だ…いや、多分だが無理な話。


 側面から跳躍して接近などすればきっと気付かれてしまう。そうなれば不意打ちとして判定されない。

 そうなるとスキル補正は損なわれる。威力は減衰。ヒットしたとしてもトドメとまではまずいかない。傷を付けるに留まってしまう。

 そうなれば手負いの反撃が待っている。あの馬鹿デカイ鉄塊で両断され、ジ・エンド。


(跳躍しても気付かれにくいのは…やはり背後か。そこにしか勝機がない。背後に忍び寄っての、跳躍&『ダブルトリックアタック』か。…いや、ここはもう、逃走だな…)


【そうです!無理をしないでここは…逃げましょう!マスター!】


(いや、無理だな…逃げるにせよだ…背後に回る必要があるだろ…こんなクソな現実を口にしたくはないが…)


 接触はまぬがれない。


【あう…】


 それしか手が残されていないことを再確認。 


(だがどうする?どうやって?どうすれば背後に回れる?くそおっ!)


 


さっきも言ったが、ここは一本道だ。迂回して背後に回る…そんな道がそもそもとしてない。八方塞がり…俺は…心底焦っていた。覚えのある気配が別に、迫っていたからだ。それは、




 ───死の気配。



(嫌だ…嫌…だ…死にたく──)



 ───デキル。



 あ…あ…え?



(……なんだ…内蔵ダンジョン…言ったの…お前か?今のは…)



【え、え、ナンデスカ?】



(いや、だから『デキル』とかなんとか…)



【いえ…わた、しは何も…】



 ───デキルハズダ。



(ほら…今…なんだ、聞こえない…のか?)



【マスター……?あの、だから…私は何も…】



(……そ…うか)



 ──でも、『出来る』だって?俺が…あんな怪物…


 ──ヤレ。ヤッテミロ…


 ──いや、でもこんな賭け…


 ──シヌノカ──シニタイカ。


 ──あ?んなわけ…


 ──ソウダナ。 


 ──出来なくて、も、


 ──ヤッテミロ。


 ──ああ、あああ、くそ!ああ!やってや……、ぐう!できるかよっ!!できねーーーよ!


 ──ヤラナイナラ、ドウセ、シヌ。


 ──うあああ!クソ!クソクソクソ!やれよ俺!


 ──ヤレ。


 ──ああやる!やってや!…る?やってみるしか…ない?…そうなんだよな…なあ!なぁ…なあ…!なああ!



 ──ソウダ。シヌカ。イキルノ、カ。センタクシハ、コレダケ。



 【あの…マスター…どうしたのですか…】



 ──そうだ…俺が死ねば…内蔵ダンジョンコイツも…



 ───コロスノカ。イカスノカ。トモヲ。



 ──やる…さ。生きるし、生かすさ!



 【…マ スター…?】

 

 

( ……思い切れよっっ俺! )


 

 ────出来るっ!…、って、ホラ!



 ───やるんだ…俺は───



 そして、目を閉じた。


 これはスキル【暗闘・刹那】を最大限に活かすため。


 あえて視覚を遮断した。


 他の全感覚を研ぎ澄まそうとした。


 自分の内側を覗き込むように意識を集中させるため。


 …体内というものは、普段無意識に任せている。


 …それを緻密に制御する。出来るかどうか…いや、やるだけだ。


 …この期に及んではやるだけだ。



 …今は『息を殺す』…この行為に全てのベクトルを傾ける。


 ──心音─血流─電気信号──


 それらを静寂しじまに似せようと。


 迂回して背後に回る道なんてない。


 だからこうして、限界まで気配を殺す。


 あのデカブツが通り過ぎるのを待つ。


 そう、選択したのはやはり待ち伏せ。


『ヤツが俺の目の前にっ、背中という無防備っ、晒すまでっ、通り過ぎるっ、それを、、待つっっ』


 …かなり高難度な待ち伏せだ。




 ───イヤ、デキル。




(また…声……ああ、もう惑うな俺っ!……背後から跳躍しての『ダブルトリックアタック』…いや、やはりそのまま逃げおおせる方が良いか…)




 ───デキル。



 『声』により恐怖により、集中が途切れ、考える事自体禁じ手としながら、何かを考える。

 そんな焦れる時間も、ドス…ドス…という足音は圧となって俺の足先をジンジンと痺れさせた。


 だがそんな恐怖の中でも指先をにじらす事すら、俺はしない。少しもだ。


 ──究極的な脱力だ。とにかく目指せ。



 ──不動を…貫け。




 これは決死の、…リラックス。




 ───ドスンン…… 


( ん… )


 …多分、今目を開ければ、あの巨体が目の前に、いる。俺の目の前で……立ち 止まった…?


(……なんで…なんで止まった…見つかったのか…俺は…)


 …………



 ───マダダ。


 ………………


「 ……ゴフ……? 」


 デカブツゴブリンは足を止めた。

 上半身は動いている。

 戸惑っている。


 そんな動き…。


 これは、敵の…俺の気配に気付いているのか?いや気付けるなら見えている。見えてない。空気の振動?頼りなさ過ぎる手掛かり。何故だ。何故そんなものから判断出来る。俺は……でも、わかってしまう。……見えていない。俺を。コイツは。……なら、何故止ま──


( 匂 いに でも  反応し たか )


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(【暗  闘・刹那】で も、まだ 匂 いまでは消せ…)


 匂いだかなんだかを感知したはいいが、その発生源…つまり俺が何処に在るのかが掴み切れていない…それを、、感じる…。

 『これはどういう事だ?』となんだかしきりに迷っている。…それが、、伝わってくる…。


 …それら詳細を教えてくれるは、大気の揺れ。


 今の俺の感覚はかなり…いや、 


 『かつてないほど』という言葉。


 それが陳腐に思えるほど鋭く、


 まるで刃物のように尖っている。


 そんな映像としてイメージ出来る。


 だがそれは逆に言えば


 緊張感で張り詰め切っているという事。


 秒単位で命が摺り削られた先にあるこの──脱力は。


 脱力なのに、


 こんなにも消耗が激しい──矛盾している。


 そう、矛盾だ。


 恐慌と静寂。


 緊張と弛緩。


 そんな矛盾。


 苛まれる。


 遂には魂レベルで引き裂かれそうな…。


 …そんな中、


 時間ばかりが、、


 過ぎていく。


   過ぎていく…


     過ぎていく…


       過ぎて──いく。





   ──ゆぅっっッっくりと──

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