【2】ない編 第3話 …やり直せない。
血塗れのインナー。
血塗れのボクサーパンツ。
血塗れの棍棒。
中途半端に物騒なラインナップ。
ビリビリになった靴下はもう脱ぎ捨てた。
今俺は、さっき脱出した洞窟内にまた、舞い戻ってきている。そして探索の最中だ。何を探索しているのかと言うと…。
(単独でうろついてるゴブリンがいないか…ってな)
まあ、怖いし、嫌なんだが。もし単独でいるのを見かけたら?…その時は倒す。倒したら『経験値』ってゆー例のアレを得られるらしいし。
そう、俺のステータスにはレベルというアレな項目があった。ならば、レベルアップというアレも出来るはずだ。
俺は、強くなるつもりでいる。
(自分で言ってて少し恥ずかしいけど…)
今の地球がどういった状況にあるのか…結局の所、俺にも内蔵ダンジョンにも殆どの事が分かっていない。
だが弱いままだとあの三人組のような悪党共や魔物に出くわした時にはまた、食い物にされてしまう。
もう一度殺されるとか御免だし、蘇生はもう無理らしいしな。
つまり情報として、今の状況について分かってることなんてこれくらいなんだよ。
そう、分かってしまった。最悪な情報ばかりが。だからこそ強くなる事が急務だと思った訳だが。
この『ゴブリン討伐レベリング』において大事なのは『単独でいる』…の部分だ。間違っても集団に遭遇しないようにしなければならない。
(集団相手だと…うん、まず間違いなく殺されてしまうだろうからな)
なので用心深く歩いている。ただな…靴を履いていないのがイタイ。足音が容易に消せるのはいい事なんだが…ああもう、足裏、めっちゃ痛い。
「は〜〈溜息〉痛ってぇ…」
【マスターガンバですっ!皮膚が擦り切れても大丈夫!その程度のケガなら迷宮スキルの【状態修復】ですぐに完治しますし、ついでにスキルのレベルも上がって一石二鳥です!】
「あん?……は〜…〈溜息〉他人事だと思ってこのダンジョンは………」
なんてぼやきつつ歩いていると…お…なんか珍しそうな鉱石が。
「あれも
【マスターナイスですっ【素材吸収】のスキルレベルも頑張って上げていきましょう!】
このように。
いつの間にか身につけていたこの“迷宮スキル”ってやつも只今絶賛稼働中だ。
中でもこの【素材吸収】というスキルはどういう訳か、最初からスキルレベルが12もあった。
なのでとりあえず「重要なスキルなのかな…」と思い、今は役立ちそうなものが目に付いたらとりあえず
①まず、俺が『吸収したい』と意識を向ける。
②すると対象であるあの淡く光を放つ茶色い結晶体が細かな粒子へと崩れ去る。
③そしてそのまま痕跡なく、消失してしまった。
④どうやらこれで…さっきの鉱石は俺の身体の中…つまりは『内蔵ダンジョン』へと吸収されてしまったらしい。
(…っていやいや、石を吸収する人間てなんだ?…っていうか、俺ってもう人間じゃないんだよな…。なんだソレ…ってああもうこの台詞…なんかもう口癖みたくなってるな…)
【マスタードンマイですっ!おかげで私も、育ってます!】
「お前な〜……、は〜…〈溜息〉ま、いっか…」
『俺の中に棲む』というこの、声の主…『内蔵ダンジョン』なる者の話ではだ。俺はもう既に人間を辞めていて、『ダンジョン人間』という種族に進化してるらしい。
うん。突拍子がなさ過ぎる。
とても信じられない話だ。
だが、こんな…“吸収”なんて現象をこう何度も目の当たりにしてると受け入れるしかなくなった。
(ついでに記憶も失くしちまってるし…)
だからとても納得出来る話でもないのだが。
(でもまあ…記憶を代償に命だけは助かった…って言うんだから……やっぱ感謝すべきなのか…)
と、これもまた受け入れるしかなくなった。
…
ああ、そうそう、この【素材吸収】というスキルなのだが。
これは、ダンジョンと同化しダンジョンの力を秘めたるダンジョン人間になった俺だからこそ使えるという、“迷宮スキル”。…という分類らしい。つまりは、超超レアな…いわゆるユニークスキルというやつになるんだそうだ。
(ステータス上では確か…)
『迷宮本能』という、本来ダンジョンが持つ基本的な機能があって、その中の〈吸収する本能〉という部門に入るスキル。
(……という具合に記載されてたな。確か『迷宮本能』というのは……)
人類に3大欲求があるように、ダンジョンには〈吸収する本能〉と〈成長する本能〉と〈記録する本能〉という、いわゆる3大本能と呼べるものがあるんだそうだ。(※ちなみに【状態修復】や【異常克服】というスキルは〈成長する本能〉に分類され、【戦闘の記録】というスキルは〈記録する本能〉に分類される。)
本来ならこれら『迷宮本能』に並んで『迷宮能力』という…ダンジョンならではの三大能力…ってのもあったらしい。
この『迷宮能力』というのは、ダンジョンに分類されるモノなら始めから身に着けていて当然な…より実戦的で、より便利な機能であった…らしいのだが。
それはまだ封印されているとのことだった。なんでも、半分は人間の身であるからか、俺という存在がそれを使うにはまだまだ脆弱過ぎるのだとか。
(その封印を解くにはレベリングが必要らしいんだけど…うーん…本能に、能力に、それを使う器…か。つまりそれって…)
ダンジョンというものはもしかしたら、(
これは、ダンジョンと同化した俺だからこそ知ることが出来た衝撃の事実…ってやつになるのかもしれない。
(いやどうでもいいわ。とにかく今は、使えるものは使う。それだけだ)
ちなみに【素材吸収】というこのスキルの能力は…
●俺と同化したというダンジョン…『内蔵ダンジョン』を構築する素材となりそうなものを吸収する事が出来る。
ただし、自我のある生命体は基本、吸収出来ない。
ただし、相手が死んでいたり、生きていても吸収される事を望めばその限りではない。
●そうやって吸収を繰り返しているとステータス項目である『構造深度』が上がっていく。
しかし同じ物を沢山吸収しても一定量を超えたら『構造深度』は上がらなくなる。量より質…というより種類を揃えること…どうやらバリエーション、もしくはバランスというものが大事であるらしい。「肉ばっか食べてないで野菜もね」…という感じだろうか?
●かといって余分に吸収する事が出来ないというわけではない。『構造深度』を度外視しさらにと吸収する事も出来る。
そういった『余剰分』はいつの間にかスキルレベルが上がって派生したらしい迷宮スキル、【補完倉庫】という別の亜空間にストックされていくらしいし、ストックしたものはいつでも取り出し可能になるらしい。ただし、その収納量には限界がある。…まあ地味なんだけど。これって便利な機能だよな。
●いつの間にかスキルレベルが上がっていたおかげで、どれが吸収出来て出来ないのか本能的に分かるようになっているようだ。これも地味だけど便利な機能だよな。
●さらにさらにと、いつの間にかスキルレベルが上がっていたおかげで、ある程度の範囲内なら意識しただけで吸収出来るようになっていた。これまた相変わらず地味。だけどとっても便利な機能だ。
(だって、本来ならいちいち素材になりそうな物を見つけては吸収出来るかどうか確かめるために直に触って、なおかつ「吸収」とか口に出して言わなければならなかった…らしいからな)
とにかく、
装備は裸同然。
武器は棍棒のみ。
情報なんかは圧倒的に足らない。
そこに来ての、これら諸々。
俺専用スキル。
ダンジョン人間専用ユニークスキル。
その名も『迷宮スキル』。
(どうやら頼りになりそう?…な可能性?…を秘めている?…ようないないような?…そんな感じを…こう…そこはかとなく?……うん……感じなくもない…ような?…うむ。気がしたりするのだよ…)
ああもうともかく!
この迷宮スキルを引っさげ俺は!
この変わり果てた地球に挑むことにしたのだったー!
………いや…まあ………
今はこうして、一応前向き?に頑張っている?…わけなんだが。
──実は『あの後』、大変だったのさ。
俺は突然突きつけられた異界化した地球の景色と、記憶喪失という、この二重構造の現実を前にして押しつぶされそうになった。
そしてそのまま呆気なくも心を折られ、とりあえずと洞窟の中へと再び退散してしまった。………………そして完全に引き篭もる態勢へ移行。引き篭もる部屋などないというのに。
(うんコレ、普通は逆だよなw)
『元引き篭もりなど、弱者を自認する主人公が異世界に転移(もしくは転生)した途端、今度こそはと生き生きしだして人生をやり直す!』
……というのは、携帯小説なら割と定番のシチュエーションなんだけど。アレを見事に逆行してやりましたわ。俺(笑)。
こんな異世界みたく変わり果てた地球をいざ認識してしまえば、実際にはそんな風に思えなかったわ。見事に怯んで、凹んで、沈んで、こう思った。
「やり直しとか絶対、無理。」
ってな。多分だけど『俺』ってヤツは…そりゃあ自分の人生に満足なんかしてなかったんだと思うよ?だけどそれでも多分だけど、俺は大事には思っていたんじゃないだろうか?自分の人生を。
家族とか。親友とかだけじゃなくて、関わってた人や仕事や思い出…あと俺自身の事だって、
(きっと…大事に思ってた。)
何となくそう感じた。
でもそれだけだったな。
俺は自分が思ってた以上に弱かった。
「やり直すとか…こんな所で…誰もいなくて…自分が誰かも分からねぇ…そんな状況で…そんなこと…出来ねぇよ…やり直せねぇよ…イメージすら湧かねえよ」
そう言ったが最後、あとは塞ぎ込む事しか出来なくなってしまった。自然な形でそうなった。いや、元引きこもりとか元いじめられっ子とか、そんなキャラ付けなんて実際は関係ないなーと実感。そんな諸々の称号が俺にあったとしてもだ。きっとそれらはただの記号に成り下がったはず。
『あれら物語の主人公達というのは、俺とは違って社会に馴染めなかっただけの、潜在的には強者であった可能性が非常に高い…』
なんて愚にもつかない結論に落ち着いた俺。ホントしょーもない。記憶はないけど…俺ってホントのホントに、ただのおっさんだったんだなと実感。
俺なんかが異世界行った所で自分が弱者である事実を変える事は出来なかっただろう。それをこれでもかと痛感させられた。だからの今更な引き籠もり状態だった。
………………そこでアイツに救われた。
自称、『内臓ダンジョン』に。
(まさかダンジョンに諭され持ち直すとはな…)
さすがの俺も予想だにしてなかったわ。
あの時、アイツはこう言ったんだ───
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