【2】ない編 第2話 …うけつけない。



「……んんん??い、いやいやこれ…え? …も一回… 」



=============


レベル 1

ランク ??

名 前 unknown

種 族 ダンジョン人間

迷宮銘 内蔵ダンジョン(仮)


 構造深度  50


 魂魄濃度  10

 支配領力  5


 攻略進度  50

 統合魔性  30


 安定指数  50

 迷宮対価  150


部族スキル

 【■■】


迷宮スキル 

 『迷宮本能』

  〈吸収する本能〉

   →【素材吸収Lv12】【補完倉庫Lv1】

  〈成長する本能〉

   →【状態修復Lv5】【異常克服Lv1】

  〈記録する本能〉

   →【戦闘の記録Lv1】


取得スキル  

  nothing


装備スキル

  nothing  


================



「いやいや、え?これ。…え〜〜…これは…」


 ……怖いぞ。

 もはや違う意味で怖い。


「…何だこれ…いいのか?こんなステータスで?」

 

 なんか…想像してたのと全く違うんデスケド。

 えっと…HPは?MPとかさ。

 攻撃力とか防御力とか素早さとか魔力とか?


 記載されてる項目は…『レベル』以外はどれも見慣れないモノばかり。


「いやとにかく!どうした事だコレっ!ドッキリじゃない事は分かったけど想像ビュン越えしてったぞっ?」


 他の人達もこんなステータスなのか?絶対違うよな?こんなニッチっぽいステの奴らがゴロゴロいたら気持ち悪いぞ。


 『構造深度』『魂魄濃度』とか『攻略進度』とか『統合魔性』とか『迷宮対価』とか…


「あと『安定指数』?これ、なんだかとても不穏なんだけどっ。俺って安定してるのしてないの?」


 ホントに謎だ。


「はあ…全く訳わからん…。つか、俺の名前が『unknown』てなってるけど。これってバグか?………………ん?…………アレ?……………ってアレ?俺の名前…て」


 俺の…名前…


 俺の…


 俺の名前…………なんだっけ?


「いや記憶喪失とか冗談だろ…?いやさすがに…だって!昨日の事だってちゃんと覚えてるのに…っ!」


【マスター……?】


 そうだよ…昨日は……残業帰りに、午前から親友と飲みに行って…しこたま飲んで…ラーメン食べて…歩いて帰って…朝になって…めっちゃ疲れてて…△△のヤツ今頃はちゃんと家に辿り着いてるのかな…もう寝てるのかな…なんだそれ羨ましいな…とか思ってて…


「…ほらちゃんと覚えてる。………………………いや、ちょっと待て」




 これ…この『△△』…ってなんだ?…このノイズ…なんなんだよ?


 これって…親友の名前か?…おいおい……何て名前だった?何で思い出せない?あれ?どんな顔だっけアイツ…。アレ?アイツと俺って出会いはどんなだった?いつからの付き合いだった?


「おい!」


 これ…


【マ、マスター?あ、あの…】

「うるせえっ!」

【ひ…っ】

「…くそっ」


 八つ当たりしてる時じゃねえぞ?

 これまた…緊急事態だっ。

 しっかりしろ!俺!


「そうだ…そうだよ…俺は…どんな子供だった?あ、ああ あ…くそっ!思い…出せない…俺は!」


 どんな性格で!どんな趣味があって!俺は!どんな成長を経て!どんな反抗期で!どんな挫折を味わって!どんな風に学んで…くそお!くそっ!思い……っ出せない!なんでだ!思い出せないよ!思い出せないっ!!クソお!何でだっ!」


【マス…「なあ!何でだよっ!」すみません!】


 そうだよ…家族がいて、学校だって行って、大人になるためにそれなりの教養を身につけて、仕事にだって就いて、そうだよ…『いい大人』ってやつになっちまって…いつの間にか、『渇き』を失くして代わりに『乾き』を覚えて…社会を知った気になって…そんなつまんない積み重ねでも…それでも…って、この、人生ってもんにしがみついて来て俺は!色々な事を身に着けて!俺なりに大事にしてきて!俺と!俺の周りを!…そんな自分だったから!ちっぽけな誇りだったけど…っ!そうやって自分を支えて来たからっ!そんな普通な事なら、ちゃんと覚えてる!なのにっ!なのに…っ!


 俺という存在を型どる、肝心な記憶…その全てが


  …無い。


 ……『奪われた』?

 なんだ?そんな感じがする。

 何故かそれがしっくりくる。


「なあ…、なあ…何でだよ…」


【マスター……】


「家族の、友達の、好きだった女の!名前!顔!思い出!なんにも残ってねえの、これ、なんでたよ!」


【マス…「なんでだ!」っあく…っ】


 小中高大…そして就職。

 学んだ内容、知識だけ、ちゃんと覚えてる。

 …でも、

 学校名が思い出せない。

 会社名が思い出せない。

 家族、旧友、恩師、先輩、上司、同期、後輩…係わった全ての人の記憶…まるでない。


「くそ!なんで!」


 俺を証立てるモノが!

 証し立ててくれてたモノだけが!

 その一切が抜き取られた!


「なん……っ」


 こんなのが記憶喪失?

 こんな…自分をかたどってくれたモノだけを忘れるとか……こんな苦しいものなのか?記憶喪失って…。


 …こんな歪な心…持て余すって!

 …こんなの……こんな、非道な事…っ。


【マスター……あの……】


 こんな…むごい仕打ち…


「……なあ…お前か……?」


【え…】


「お前…俺になんかしたのか!?」


【あ、あの…っ】


「だからお前がやったのか……って!聞いてんだよっ!!」


 ダンッッ


【ひ…っ】


 怒りに任せて壁を叩いちまった…クソ…やたら硬えなこの壁…つか、そんな事よりも。

 


 ( 今は…コイツだ。 )



「…なあ…お前のせいでこうなってるのか?」


【そんな!…あ…いえ…分か…】


「随分な事…してくれたよな。お前…」


【違いますっ!マスター!私…私は…っ】


「ああ!?そうか!お前じゃないんだな!?」


【それが、あの…】


「何だよ!じゃあ誰だよ!何で俺だよ!どうして!こんな…唐突に…一方的に!何でだ!教えてくれよ!こんなふうにしたやつ!誰だよ!連れて来いよ!そいつも俺みたく……!ぶっ壊してやるからよお!」


【マスター!…マスター…マスター…すみません…すみません…その質問には…お答えできません…すみません…答えたくても…答えられないのです…っ分からないのですっ!】


「だから!何でだよっ!!」








【私も…私も!記憶が無いのです!】







「…………はあ?テキトーな事言ってんじゃ…」


【マスター!】


 っ…なんだよ…


【マスター…私を信じられなくても…今は構いません……いえ…っ!私の事を信じる信じないの前に!どうか…どうか状況の確認を!安全の、確保を!身体を持たぬ私では出来ないのです!…っどうか話はそれからで…っ】


「く……」


 当然、如何にも怪しいこの、自称『内蔵ダンジョン』、もしくは『頭の中の声』…が言う事を信じた訳じゃない。だが、


 言われてみて気付くまでもなく、今の状況…あからさまに、変だ。


 さっきまでは今は夜なんだと思っていたけど…この場所…洞窟…か?薄暗いが、視界は効く。それもおかしい。だって光源らしきものが見当たらないのだ。つか、洞窟…って、何処のだそれ。洞窟とか普通山奥とか…どう迷走したらそんなとこに辿り着く?

 

 …分からない。

 とにかく全部が分からない。


「……くそ…なんだってんだ…話は…後でちゃんとするからな…」


【はい…】


 俺はそれら非現実な諸々に急かされるようにして、ヒタヒタと靴下のみの状態が鳴らす足音しか聞こえない中、どちらが洞窟の出口で、どちらが奥になるのかわからないまま、歩き出した。


 靴下にはすぐに穴が空き、ビリビリに破れてしまった。それでもと歩いて行くのだが…この洞窟…結構な道幅が取られているのに、やたらと分かれ道が多い。これは相当な規模の洞窟であるのかもしれない…。


 そんな不安にかられながら歩くこと、数十分。


「──ゲキキ…──」


 と下品な声が聞こえてきて…俺は嫌な予感しかしないながらも、勇気を出してその声の正体を探ろうと進んでいき…

 

 そして、見た。


 …案の定だった。

 …ここは…とんでもない場所だった。

 …ここは、やはりの危険地帯。


 いたのだ。

 曲がり角からそっと覗き込んだ先に。

 あの小さなおっさんが。

 あの、凶暴な事この上ないおっさんが、しかも、何人もいた…

 

(いや待てソレ。おかしいだろ。)


 背が低いとかは別にして…あの特異な容姿…しかも腰蓑一枚の人間が、こんな人数で揃うものか?


【いいえ、マスター。…アレは、人間ではありません】


 は?でもアレ、二足歩行で…え、じゃあ新種の猿か?


【いえ、動物とも違います。アレは魔物…ゴブリンです。】


 そうか。アレがあのゴブリンか…。


「…ってなるかよっ!」

【きゃーー!マスター!しー!しーー!】

(うわっ…と、)


 漏れ出た声を指摘され、慌てて口を押さえて黙る。


「……ゲキ?」 

「ゲゲ…ゲキゲ?ゲキゲゲキ…」

「ゲキー?」 

「ゲっキ、ゲっキ…」

「ゲキー…」


 (勝手な)翻訳をすれば。


『今…声しなかったか?』『ん?俺は聞こえなかったぞ?気のせいだろ…』『そうかなー?』『気のせい気のせい』『そっかー…』


 …って感じで収まったみたいだから良かったものの。


 ヤバかった。あんな凶暴なおっさんに…いや、ゴブリンか。ゴブリン達に複数体で囲まれたら?今度こそ死ねる。



「ヒソ(つかゴブリンて………いやマジか。コレ。)ヒソ」




【マスター…あれを見るに…そちら側はどうやら、ゴブリンの棲家側…つまり奥に進む道になるのでは?ならば反対側へ行ってみてはどうかと提案します。とにかくこの洞窟の外を、確認しなくては。】


「ヒソ(いや、その…悪い。もはやどう戻ればいいのか全然わからん)ヒソ」


 やたらと多い分かれ道を、曲がってグネって来たからな。だって俺、割と方向音痴な方だし。目印をつけようにも俺、裸同然だし、この洞窟の壁、やたらと硬くて削れなかったし。


【ああ、それなら大丈夫です。通った道なら私がちゃんと覚えてますから。なんせ、私、ダンジョンですので。】


「ヒソ(おお、マジか。アレだ。餅は餅屋ってやつだな)ヒソ」


 聞いた瞬間、俺はこの声の主を訝しむ事も忘れ、来た道を急いで戻るのだった。

 バラバラと…足元の見えにくいアレコレを弾き飛ばしながら。靴を履いてない事すら忘れて急いだ。とにかくあのゴブリンが怖かったのだ。…やがて舞い戻ったスタート地点……そこもそのまま迷わず通過。この洞窟の出口を探して目指して歩き続けた。


 一体、どれくらい歩いたのだろう…



( ん………外……か…… )



 ………見えて…きた。そこには……




「なんだ…コレ…」



 光量に変化は殆どない。外は薄暗く、眩しくはなかった。外に出たというのに、感じられない解放感。というか、何故かさらにと圧迫感。妙な息苦しさまで感じ、反射的に目を細める。


「なん、なんだ……コレは…」


 俺は、喘ぐようにして呟いた。

 芸もなくまた、同じ言葉を。

 それしか言えなくなっていた。


 だって、こんな景色は…

 ネットですら見た事がない。

 いや、ゲームのグラフィックでなら…


(でもこんなの…。)


 これは…絶対に地球にはない、そんな風景だ。


 

(つまり…ここは…)


「これ、この状況…もしかして“異世界転移”って…やつか…?」


 声に出して、『声』に問う。


【いいえ。違います。】


 即答された。


「じゃあ、何なんだよここは……一体何処なんだ…」


【それは……あの…】


 なんだよ…言えよっ。





















【ここは、地球です。マスター。】













「……っはあ!?嘘つけよ…」


【何故か分かります…ここは…地球……】


 そんな……コイツマジで言ってんのか?


 もし本当にここが地球なら、


「一体、何が…」


 ヘタ リ。


 自然に…膝が曲がって腰が沈んだ。座り込む。その流れで首が安定を失って俺の顔は上方を仰いだ。視線の先には“紫色の闇”をたたえる不気味な……空?


 いや……あれは違う…あれは……


「嘘だろ…」


 あんなにも…km単位の高みに在って…

 それでもあれは、『空じゃない』…って言うのか?


「まさかアレ、『天井』…なのか?」


 道理で圧迫感を感じたはずだ。

 息苦しさを感じたはずだ。

 大気に妙な質量を感じたはずだ。

 洞窟を這いずり、やっとの思いで外だと信じて出て来たここは…



( ははは…まだ、屋内だった? )



 だが、km単位の馬鹿げた高さに在る天井って何だ?そんな事…ありえるのか?この、地球上で。当然ありえない。いや、『ありえない』のは天井だけじゃなかった。


 とにかく、正体不明なのだ。


 全てが。


 それらを見つめる。

 見ている内に、動けなくなった。

 それほどに圧倒されたのだ。


 

 外の、もはや地球らしさの欠片も残っていない、だが地球であるらしい、その景色に。


 

 硬直したまま、俺はまた似たような言葉を呟くしかなかった。



「一体…何がどうなったんだ…これ…」


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