第六章 蜂起する戦士(後編)

(距離も遮蔽物もあるのに、『心眼』がある俺達ならともかく、敵がこっちに向かって迷いなくやってくるのは、一体どういうことなんだ?)

「……来ます、敵機接近、二時の方向!」

 クリスはソフィアの言葉を受けて頭を切り替える。今やるべきは考える事ではない。目の前に迫る現実的な脅威への対処を、最優先で行うべきなのだ。

 クリスは、敵のウォーカーの姿をメインモニター上に捉えた。

「〈スコーピオン〉、しかも肩にあるサソリのエンブレム、『アンタレス』の機体か!」

 敵の〈スコーピオン〉の一機が、装備するマシンガンによる銃撃を開始した。クリスもこれを回避しつつ、二十ミリマシンガンで応戦する。

 クリスの勘と、『心眼』を用いるソフィアの指示、この二つを組み合わせた〈アルゴス〉からの射撃が〈スコーピオン〉を襲う。

 しかし、これが有効打になっている気配はない。

「当てられても装甲が貫けない。新型だけあって丈夫なのか?」

「四時の方向、近接装備!」

 ソフィアの言葉を受けて、クリスはすぐさまこれに反応する。

 二機目の〈スコーピオン〉が超硬質ブレードで切りかかって来た。クリスは二十ミリマシンガンの下部に存在する銃剣を展開することで、これを受け止めた。

 先ほどまで撃ち合っていた方には、左腕部に増設された十二.七ミリ機銃で牽制することで近付けさせない。

「接近戦、もう一度来ます!」

「こいつ等、厄介な連携を!」

 まるで、クリスの思考を読んでいるかのようだった。

 二機の連携は完璧であり、驚異的な先読みのセンスは『心眼』の助けを得ているクリスを上回っていた。うかつに攻め込むことは出来ない。

「三機目! 後方七時の方角、距離四百、来ます!」

「もう一機、狙撃か!?」

 ソフィアの言った方角、ちょうど遮蔽物の存在しないその方向に射撃装備を構えるウォーカーの小さな姿が見えた。

 距離を詰めるには遠すぎる。

 こちらが射撃装備で狙いを定めている余裕もない。

「間に合えッ!」

 クリスは回避動作をとった。

 巨大な銃声が鳴り響く。

 三機目の〈スコーピオン〉が装備する射撃装備、三十ミリアサルトライフルから弾丸が放たれた。

 〈アルゴス〉のサブモニター上には、三機の〈スコーピオン〉の位置を示す光点が表示されている。そして、ソフィアが射撃を察知したことによって、攻撃予測線が表示されている。クリスはそれを参照し、三機目のウォーカーからの攻撃を回避できるところまで緊急的に回避行動をとる。

 クリスは今までの戦いで『心眼』による予測を信頼していた。

 ――だが。

「ッ!?」

 〈アルゴス〉のコックピット内に強い衝撃が走る。

 三機目の〈スコーピオン〉が放った三十ミリアサルトライフルの弾丸が、〈アルゴス〉の左肩に命中した。

 クリスは反射的に後退し遮蔽物の陰に隠れる。

 〈アルゴス〉は今回の出撃前に増加装甲を装備している。今の射撃は距離がそれなりに離れていたこともあり、機体の動作に不具合が生じるようなダメージにはならなかった。

 だが、今の被弾は〈アルゴス〉の物理的な損傷以上の意味を持っていた。

「こっちの動きが読まれているのか!? しかも、『心眼』の予測を上回って……」

 今の被弾だけではない。

 三機の〈スコーピオン〉との戦闘以前の高所からの狙撃。今対峙している三機の〈スコーピオン〉。明らかにウォーカーが持つ索敵能力を凌駕する攻撃。そして、〈アルゴス〉の『心眼』を凌駕する行動……。

 『心眼』。

 精神波の感知能力を引き上げ、そこから得た情報を数値化して反映することで、電子戦の影響下での索敵や、戦闘時の高次元な先読みを可能とする装置。

 もしこれが、或いはこれに類する装置が〈スコーピオン〉に搭載されているとしたら。

 それは確かに〈アルゴス〉の優位性を打ち消すことが出来る。

 『アウルム国解放戦線』が各地で苦戦し続けている理由の一つとしても十分に納得が出来る。

 そして、そのクリスの思考は当然ソフィアにも読み取れている。

「……断言は出来ません。でも、相手のウォーカーに精神波に対して何らかの干渉が出来る装置が付けられている可能性は、十分にあります。もしそれなら当然、私達の動きを先読みする事は、簡単に出来ると思います。……しかも、今の私達を上回る精度で」

「それは、かなり不味いな」

 クリスはメインモニターに映し出される外の様子と、サブモニターの光点が示す敵の位置を交互に見比べる。

 敵はこちらの出方を伺っているようだった。

 仮に敵が『心眼』に類する装置を搭載しているなら、遮蔽物に身を隠すという行為には大した意味がないだろう。

 敵の布陣、最前衛に近接装備機のウォーカーを配置し、その後ろには遊撃にマシンガン、最後衛に長距離射撃装備という陣形に変化はない。

(どうする? 数の不利は間違いないし、多分不意打ちも通用しない。考えろ、時間は無いぞ、敵はいつまでも待ってくれない、一か八かで仕掛けてみるか? 〈アルゴス〉の足回りの性能なら、いくら中央大陸連邦の新型ウォーカー〈スコーピオン〉相手でも互角以上の能力がある筈だ。増加装甲のおかげで多少の被弾には耐えられる。絶対に不可能だとか、そういう類の話じゃないんだ。後はタイミングを――)

 焦る。

 迷う。

 躊躇う。

 心臓が早鐘のように打ち、操縦桿を握る手に汗がにじむ。

 ――不意に、超硬質ブレードを装備した再前衛の〈スコーピオン〉が動いた。

 クリスの思考が一瞬止まり、そしてどうしようもない不安と疑問が噴き出す。

 どうすればいい? どう動けばいい? 何が正しい? 正解はあるのか? 逃げるか? 迎え撃つのか? 射撃か? 近接装備か? どれを使う? どれを使ってはいけない? 敵の意図は何だ? 死ぬのか? 殺されるのか? こんなところで? 俺が? ……ソフィアが?

「クリスさん!」

 ソフィアが叫んだ。

 次の瞬間、クリスの思考の中へと無数の情報が、濁流のように流れ込んできた。

 敵対している三機の次に行おうとしている行動、三機それぞれの攻撃タイミング、三機のパイロットの精神状態、それらの全ての情報が、クリスの脳へと流れ込んできた。

 それと同時にサブモニター上の表示がより詳細で精密なものに変化する。その情報、敵の行動予測位置や攻撃予測位置も時間経過とともに常に詳細が変化し続けた。

 そして、それらは時間にすれば一秒にも満たない、僅か一瞬の出来事だ。

「ソフィア――」

 彼女がより深く、より詳細まで敵パイロットの精神波を読み解き、それが反映された結果だということは疑いようがない。そして、ソフィア自身が何らかの巨大な力、精神波と呼ばれる思念エネルギーの膨大な放出と受信を行った結果が、クリスの思考領域に干渉して影響を及ぼしたのだということは、他ならぬクリス自身が直ぐに理解出来た。

 理屈ではない。

 元よりクリスは、『精神波』という概念そのものに対して、何らかの専門的知識を持っているわけではない。

 それでも、今自分に起こったことがどんな現象なのか、何を意味しているのか、それを直感的に、或いは本能的に理解出来た。

 そして、この現象を引き起こすためにソフィアが危険を顧みず無茶をしているのだということも、当然理分かる。

「クリスさん、謝らないでください。これは私の意地です。だから、……絶対に勝ってください」

 クリスの背後から聞こえてくる息遣いは荒く、声音には絞り出すような隠しようのない苦痛が滲んでいる。

 クリスはソフィアを気遣う言葉をかけようとしたが、それを飲み込んだ。

 ソフィアの覚悟は理解出来た。

 ならば、今クリスがやるべき事は、クリスにしか出来ないことだ。

 それは怯える事でも、悩む事でも、恐れる事でも、葛藤する事でもない。

 迫りくる敵、超硬質ブレードを構えた〈スコーピオン〉の姿を見据え、フットペダルを踏み込むことで〈アルゴス〉を前進させる。

「――勝てる、これならッ!」

 クリスは〈アルゴス〉の右手に装備する二十ミリマシンガンの銃身下部に装着された銃剣を展開、左手には超硬質アックスを装備し、物陰から姿を曝す。そして怯むことなく、先頭にいる超硬質ブレードを装備した〈スコーピオン〉へと一気に間合いを詰める。

 相手のウォーカーが斬撃を繰り出す。

 その瞬間、強烈な攻撃の意志がクリスの脳内に流れ込むと同時に、今まで揺らぎ続けていた未来の像が鮮明に定まる。

 クリスは絶対的な確信と共に敵の振り下ろす超硬質ブレードを回避する。

 それと同時に装備する超硬質アックスを振り抜き、すれ違いざまに相手の左腕を切り落としつつ、更に加速して前進する。

 クリスはそのままマシンガンを装備する〈スコーピオン〉に接近する。相手の攻撃タイミング、攻撃位置、その全ての情報が脳内に流れ込んでくる。そして、その予測を迷うことなく信じて射撃を回避する。

 クリスは左手に装備する超硬質アックスを振り上げ、迷うことなくそれを投擲する。

 相手の〈スコーピオン〉は、回避も防御も間に合わなかった。そうなるタイミングを、クリスは完全に理解していた。飛来した鋼鉄の刃は〈スコーピオン〉のコックピットに正面から突き刺さる。クリスは更にそこへと向けて二十ミリマシンガンを撃ち込む。

 装甲を撃ち抜く弾丸の音が響いた後、それは動力用燃料に引火して〈スコーピオン〉を爆散させた。

 サブモニターに表示されていた光点が一つ消滅した。

 残り二つ。

 そのままアサルトライフルを装備した〈スコーピオン〉へ一気に間合いを詰める。

 クリスは刺さるような殺意が向けられているのを知覚した。

 ソフィアが『心眼』の精度を引き上げるために、更に深くまで相手の精神波を読み取ろうとしているのは間違いない。そして、そこから得られた情報のフィードバックは、『心眼』という機械化された表示のみならず、ソフィア自身の放つ膨大な精神波をクリスが直接浴びることによって、脳内に直接的なイメージとして投影される。

 その共鳴とも言うべき現象はクリス自身の精神波に対する感受性を一時的に増大させると同時に、急速に開拓された脳の思考領域の力を強大化させる。

 そしてクリスは確かに感じた。

 相手のパイロットが放つ殺意の奥にある視線、クリス達の精神波を読み取ろうとしている意志を。

「上等だ! でもな、それじゃ俺達は殺せないぞ!」

 相手の撃つ弾丸を紙一重で回避する。

 〈アルゴス〉の格闘間合いに入るまでは五秒も必要ない。

「――ここだッ!」

 自身の背後から、左腕部を切り落とされた〈スコーピオン〉が接近していたことは、既に知っていた。

 クリスは背後からの不意打ちを、振り返ることすらせずに回避する。同時に〈アルゴス〉の脚部からスパイクを展開して地面に突き刺し強引に停止。

 二十ミリマシンガンの銃剣を背後から迫っていた〈スコーピオン〉に向けて突き出す。

 クリスの行動と〈アルゴス〉の運動性能を読み切れなかった一機目の〈スコーピオン〉は、勢いを殺しきれずに向けられた刃に突き刺さる。

 クリスは相手に突き刺さった二十ミリマシンガンを手放し、脚部のスパイクを戻して再びローラーによる走行に切り替える。そして、アサルトライフルを構える三機目の〈スコーピオン〉に向けて再び接近を開始した。

 二十ミリマシンガンが突き刺さった〈スコーピオン〉が崩れ落ちるように倒れる。

 サブモニターに表示されていた光点が一つ消える。

 残り一つ。

 反撃の隙は与えない。

 間合いを詰めながら、両腕に増設された十二.七ミリ機銃の残弾を惜しみなく叩き込む。

 アサルトライフルを装備した〈スコーピオン〉がグラついた。

 至近距離で命中した弾丸が〈スコーピオン〉の装甲の一部を貫通し、漏れ出したオイルが血のように流れ出す。

 ついには至近距離までの接近を果たした〈アルゴス〉は〈スコーピオン〉を蹴りつける。

 機体の総重量に突進の勢いを乗せた一撃が、〈スコーピオン〉を正面から襲う。

 激しい衝突音と同時に〈スコーピオン〉が吹き飛ばされ、そして仰向けに倒れた。

 反撃の気配はない。

 敵の存在を示すサブモニターの光点は、その全てが消滅していた。

「――ハァッ、ハァッ、ハァッ」

 クリスは、ようやく息をすることを思い出したかのように喘ぐ。

 滝のような汗が噴き出していることを、今になって初めて自覚した。

 メインモニター上の外の景色とサブモニター上の光点、そのどちらにも敵の存在を示す反応は存在しない。

「ソフィア、ありがとう! やったぞ!」

 クリスは後ろを振り返ってソフィアの方を見る。

 無茶をして『心眼』の性能を引き出し続けたソフィアこそが、今の戦いにおける最大の功労者だと思ったからだ。

 ――だが。

 振り返ってソフィアのことを見たクリスは、血の気が引く思いがした。

 コックピット内部にいくつもの線でつながれたヘルメットのような装置を被ったソフィアは、明らかに顔色が悪く疲弊しきっている様子だった。

 虚ろな目のまま脂汗を流し、手足は僅かに痙攣している。

 そんな状態にもかかわらず、ソフィアは気丈にぎこちない笑みを浮かべる。

 そして、喘ぐようにしながら絞り出した掠れ声で言った。

「……クリスさん、……良かった、です」

 その言葉の最後の一音を絞り出すと同時に、ソフィアは糸の切れた操り人形のようになって倒れ込む。

 精神波の感知によって機能する『心眼』に関連する全ての表示は、その瞬間にブラックアウトした。

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