第六章 蜂起する戦士(中編)


×××


 『アウルム国解放戦線』が首都への進攻を開始し、大規模な市街地戦闘が開始されてから既に三日目となっていた。

「一〇三部隊戦線維持困難! 第二防衛線まで後退します!」「三七ウォーカー部隊壊滅的損耗! 六八部隊と合流し部隊を再編!」「二六混成部隊接敵、これより戦闘を開始します」

 無線からは悲鳴混じりの戦況報告が激しいノイズと共に絶え間なく聞こえていた。

 『アウルム国解放戦線』の作戦には大幅な遅延が発生していた。

 戦力差で劣る『アウルム国解放戦線側』が、彼我の戦力差を正確に認識できていなかった事に起因する戦略的判断の失敗と言えるだろう。

 しかし、そのような状況下でも果敢に進攻を継続し続ける者達は存在した。

「クリスさん、前方二時の方向に敵ウォーカー部隊発見、射程圏内です!」

「そこかッ!」

 クリスとソフィアの操る白いウォーカー〈アルゴス〉が、瓦礫の街と化した首都シウダの一角を、唸り声を上げながら疾走する。

 クリスは前方の物陰から僅かに見えたアウルム国正規軍仕様の〈コクレア〉に照準を合わせ、躊躇なくトリガーボタンを引く。

 装備する二十ミリマシンガンから弾丸が放たれ、敵のウォーカーを撃ち抜いた。

「撃破です。同じ場所に後、二機!」

 クリスは目視で敵ウォーカーの破壊を確認し残りの二機に狙いを定める。

 権勢も兼ねて、〈アルゴス〉の左腕に装備された十二.七ミリ機銃を撃ち込む。これは増加装甲の取り付けと同時にクリスが注文した追加装備だ。

 二機のウォーカーがシールドを構え防御姿勢を取った。

「掴まってろよ、ソフィア!」

「はい!」

 クリスは即座に装備を切り替える。

 右手の二十ミリマシンガンは銃身下部の銃剣を展開、左手に超硬質アックスを持ち跳躍する。

 攻撃が来ると予測していた敵ウォーカーのパイロット達は、この予想外の挙動に反応出来なかった。

 〈アルゴス〉は敵二機のウォーカーの背後へと着地。それと同時に、両手に装備する近接戦闘装備を敵のウォーカーの背後に向けて振り下ろした。

 激しい金属音が操縦席の中にいるクリス達にも伝わり、敵の装甲を貫通する衝撃が操縦桿越しに伝播する。

「……反応消失、次です!」

 首都での本格的な戦闘が開始されてから、今日で三日目になる。

 『アウルム国解放戦線』のウォーカー部隊は、各地で思うような戦果を挙げられずに損害が拡大し続けていた。そんな中、クリスとソフィアの乗る〈アルゴス〉はただひたすらに敵のウォーカーを破壊し続け、制圧地域を拡大し続けた。

 クリス達が戦いを優位に進めることが出来た最大の理由は、搭載されたPW『心眼』の力にあると言えるだろう。

 各種通信妨害によって両陣営の索敵装置と通信機器は正常に機能しない。しかし、彼等はそんな状況にもかかわらず〈アルゴス〉は搭載された『心眼』の能力によっていち早く敵の位置を割り出し、的確な先制攻撃を仕掛けることが可能だ。

 そんな〈アルゴス〉の性能を理解していた『アウルム国解放戦線』の作戦本部は、クリス達に最前線での単独遊撃任務を任せていた。これは進攻する各部隊の戦況を俯瞰的に把握し、状況に応じて各部隊への支援を行うという、極めて困難な負担の大きい役割だった。

「ソフィア、一昨日からずっと力を使っているんだろ? 本当に大丈夫なのか? それにこんな線上の只中じゃ、人だって沢山……」

 クリスは「人だってたくさん死んでいるのに」とまではハッキリと言うことに抵抗があり、最後の言葉は濁してしまった。

 そもそも「死んでいる」などという他人事の領域ではない。

 クリスはソフィアの力を借り、敵である軍のウォーカーを破壊、即ちそこに乗っている兵士を殺しているのだ。ソフィアが、本来であればそんなことの為に力を使うのが不本意であることぐらい、クリスにだって分かっている。

「……もちろん、無茶はしています。でもそれは、クリスさんも、他の皆さんだって同じことです。そうですよね?」

「それは、まあ、確かにそうだな。俺だけじゃなく、誰もがこの作戦を無茶だと分かった上で、それでもどこかに、理由とか、希望とか、そんな者を探して参加しているはずだ」

「私だってそうです。私だってただ、今の私にできることを、精一杯に頑張っているだけですよ。それに、期待を裏切りたくないのはクリスさんだけじゃありません。私だって、皆さんの期待には応えたいんです」

「分かったよ、ソフィア。なら悪いけど、もう少し無茶に付き合ってもらう。今から孤立した味方部隊の救援に行く。位置関係の把握、出来るか?」

「はい、やってみます!」

 サブモニターにいくつかの光点が表示され始めた。

 クリスは、モニター越しに見える外の風景と、渡されていた紙の地図、更に光点の位置を頭の中のイメージで組み合わせて位置関係を把握する。そして、一直線の最短距離で救援に向かった。

 『アウルム国解放戦線』の部隊は、敵のウォーカー部隊二個小隊に追い詰められながらも、建物を遮蔽物として利用しながら応戦していた。

 身を隠して射撃装備で応戦する彼等だったが、数、機体性能、何よりも練度で劣る民間人上がりの『アウルム国解放戦線』では限界があった。ついには隙を突かれ、側面からの接近を許してしまう。

 『アウルム国解放戦線』のパイロット達が、コックピット内に鳴り響く接近警報によって死を覚悟した、その直後だった。

「間に合え!」

 クリスは叫び、操縦桿の全てのトリガーボタンを同時に引く。

 右手に装備する二十ミリマシンガン、持ち替えて左手に装備した十五ミリサブマシンガン、そして左右の腕と両腰の計四か所に追加で装備された十二.七ミリ機銃、合計六つの銃口が一斉に火を噴いた。

 正確に照準を合わせることなく放たれた弾丸だったが、その力任せな攻撃は軍の〈コクレア〉三機が攻撃を仕掛けるよりも早く、確かに届いた。三機は咄嗟の判断で攻撃を中止し、クリスの攻撃に対する回避行動を取ろうとする。

 しかし、それは僅かに遅かった。

 一機の〈コクレア〉が装甲を貫通され、動力用の燃料に引火したことによって爆散した。

 クリスは一時退却を決め込んだ残り二機の〈コクレア〉のことを注視しながら、『アウルム国解放戦線』のウォーカーの所へと合流に向かう。

「距離千二百、私達のことを狙っています、……こっちを見下ろしている? ……高い場所です、どこか建物の上!」

「ビルの上か? それにしたって、こんな状況で狙い撃てるのかよ!?」

「来ます!」

 クリスは反射的に〈アルゴス〉を真横に向けて跳躍させる。

 その直後、まさに数秒前まで〈アルゴス〉のいた場所へと大口径の砲弾が飛来。アスファルトを砕くと同時に炸裂した。

 クリスは外部出力スピーカーをオンにすると、音量を最大にして先ほど助けた『アウルム国解放戦線』のウォーカーに向けて叫んだ。

「聞こえているか!? とにかく動け! 的にされるぞ!」

 相手からの傍受を避けて連絡する手段ももちろん存在する。だが、今すぐにでも攻撃が来るかもしれないこの状況では、そんな悠長なことをしている余裕は無かった。

 クリスは移動を開始。

 動きを先読みされないように、廃墟と化した市街地をジグザグに走行する。

「聞いてくれたか!」

 バックモニターを確認したクリスは、思わずそう口に出していた。

 『アウルム国解放戦線』のウォーカー達が、同じようなジグザグ移動で後からついてきていたのだ。

 ――これなら状況を打開出来るかもしれない。

 クリスがそう考えていると、ソフィアが叫んだ。

「二発目来ます!」

 直後、遠くのビルの屋上で閃光が走った。

 ソフィアの言葉通り、敵が二射目を撃ってきたのだ。僅かに遅れて炸裂音が鳴り、風切り音の後に衝撃が走り火柱が上がる。

 命中したのは全く見当違いの場所だったが、手の届かない場所からの攻撃はとてつもないプレッシャーがあった。

「あの威力だと、装甲を強化している俺達の〈アルゴス〉はともかく、『アウルム国解放戦線』の他のウォーカーじゃまず持たない。こっちの射撃も届かないし、厄介だな」

「敵の、攻撃の意志は消えていません。それに、少し離れていますが他の敵がこっちに来ています。このままだと、かなり危ないです。……どうしますか? クリスさん」

「どうするって言ったって、どうにかするしかないだろ!」

 三射目も逸れた。

 クリスは遮蔽物となる建物が存在する場所を見つけ出し、そこに身を潜めてサブモニターを確認する。

 射撃を行っていた敵の位置を示す光点が移動を開始した。

 攻撃の意志はまだあるらしく、場所を変えて再び狙い撃とうとしているようだった。

 『アウルム国解放戦線』のウォーカー達も、クリスのところに集まるが落ち着きは無い。

 この場所がいつまでも安全でないということは、彼等もよく理解している。

 クリスは、彼等『アウルム国解放戦線』のウォーカーの中の一機の背中へと、〈アルゴス〉の掌を触れさせた。ウォーカーの背面部には通信用のコネクターが存在し、ウォーカーの掌で触れることによって有線通信による電子情報の受け渡しが可能となっているのだ。

 この装置により、事前に共通の暗号キーを決めておけば、部隊内での情報のやり取りを傍受の心配なく行うことが可能となる。

 今クリスは、『心眼』によってサブモニターに映し出されている光点を、接触している『アウルム国解放戦線』のウォーカーのモニター上に共有している。

 続いて、音声の外部スピーカーを切ると、『アウルム国解放戦線』のパイロットに向けてマイク越しに話しかける。

「詳細説明は省略させてもらいます。我々の後方にいる敵砲撃支援部隊の座標と移動予測地点を送りますので、そちらの部隊での対処をお願いできますか?」

「――なるほど。しかし、これを見る限り、敵の増援が何機も、すぐそこまで迫っている。これの相手をし、尚且つ射程外からの攻撃を回避しながら間合いを詰め、対象を撃破することは容易ではない。それは君にも分かるだろ?」

 彼の言う通り、敵の増援はすぐそこまで迫っている。

 その速度は想定よりも速く、身を隠しているクリス達の方に向けて一直線に迫っている。

 最早一刻の猶予もないことは明白だ。

「――敵の増援は俺が引き受けます。そして、この地区を制圧して足掛かりを作るためには、ああいう厄介な遠距離攻撃手段の敵を殲滅する必要がある。この任務は彼方達の隊に任せます」

「――了解した。厄介な射撃機は俺達の部隊で叩く。……すまないが、後を任せるぞ」

 クリスはその通信に対して「了解しました」とだけ応じると、即座に踵を返す。

 そして、接近する敵の増援迎撃の為に、サブモニターに表示される新たな光点の方に向けて、正面から間合いを詰め始めた。

 対する敵の存在を示す三つの光点も、クリス達の方へと真っ直ぐに迫っていた。

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