第四章 反撃(前編)

 クリスは階段を下り、作戦会議の場所に指定された地下室に向かった。

 元々あった地下室を、さらに無理矢理延長することで作り出した地下通路を下ること数十メートル。狭く暗い下り階段が突然開けた。

 十数人の大人達が詰めかけているが、それでも問題のない広さが確保されており、天井から吊るされた裸電球が明かりを灯している。

 集められた誰もが殺気立っており、まだその感情をギリギリ押さえ込んではいるものの、最早一触即発と言った感じだった。突然の軍の攻撃があった後とあれば、それも無理からぬことだろう。

 地下室の一番奥には長机があり、それを挟んで二人の男がいた。一人は椅子に座り、どこか落ち着きの無いような表情を見せている。その隣に立つもう一人の男が、地下室内を見渡して言った。

「よし、時間だ。全員揃ったな? では、今回の軍との戦闘に関する各組織の持つ情報の共有と、今後の活動方針に関する緊急会議を開始する」

 彼はオルゴで活動するレジスタンスの代表、サイラスである。アウルム国では、圧制を敷く現政権打倒を掲げる運動が、秘密裏に行われていた。

 今回の緊急会議は各組織代表が、挙手し順に報告を行うことで進行された。

「第三拠点の防衛に参加。脱出支援を行った」「王国軍のウォーカー部隊と遭遇。〈コクレア〉三機と歩兵による小隊を編成していました」「非武装の民間人に対しても、攻撃を行っていた軍の行動は、我々の想定を逸脱している」「軍はレジスタンスの拠点を、かなり正確に把握していると推測出来る。この場所が安全であるという保障もありません」「現在オルゴ全域の住民を、近隣の町へと避難させていますが、完了には時間が必要です」「現在の所、死傷者の数は把握できていません」「軍の攻撃の目的は不明」

 クリスは次々と行われる報告を、部屋の一番後ろに立って見ていた。

(……通信でも言ってたし、噂でも聞いてたけど、オルゴの三大重要拠点のうち、二つはもう陥落済みで、残っているのはここだけか。住民に対しても、ほとんど無差別に攻撃が行われているみたいだし、思ったよりも酷いことになってるな。それにしたって、今回の軍、いったい何が目的なんだ? 〈アルゴス〉やソフィアの奪還が主目的じゃないのは確かだ。だとすれば……)

 クリスは視線を、会議進行を行うサイラスの隣に移した。

 無言のままサイラスの隣で会議を正面から見ながら座るその男は、レジスタンスにとって、いや、このアウルム国にとって重要な意味を持つ人物だった。

 彼の名前はファウラ・ザナン。

 現首相グラテア・ザナンの弟にして、アウルム国副首相である。彼は現在、政治犯として指名手配を受けており、国が血眼になって探している。

 彼は現在こうしてレジスタンスに匿われており、計画のための重要人物となっていた。

 その計画の概要とは、現首相グラテア・ザナンを暗殺によって排除し、首相死亡時の緊急措置による権限の移譲を利用することで『合法的に』ファウラ・ザナンを国の権力の頂点に据えることで、大規模な変革を行うというものだった。

 ファウラは現政権が仕掛けたクーデターの中心的人物だった。リーダーであるグラテアの弟ということもあり副首相となったが、意見の対立はしばしば起こっていた。当初は暴走を押さえるブレーキ役として機能しており、政府内の穏健派からの支持によって一定の権力を持っていた。だが、自身の立場を脅かされることを恐れたグラテア首相の大規模粛正によって、副首相であるファウラも政治犯に仕立て上げられ命を狙われることになった。

 ファウラ・ザナンをレジスタンスが助けて匿い、前述の計画が生まれることになった。

(計画の詳細は、レジスタンスに参加している各小規模組織のリーダーにしか共有されてない。けど、それは絶対に外に漏れないことの保証にはならない。どこかで計画が軍に漏れたら、軍がこれだけなりふり構わない大規模作戦を仕掛けてきたことも説明が付く。情報を外に漏らした内通者がいる可能性だって十分にある。……まあ、どっちにしたって、俺達が黙ってても良いことがないのは確実だな。ファウラさんを匿っているのがバレた可能性は、誰も指摘しようとしない。……それもそうか。ここにいる全員が、その情報を持ってる当事者だ。下手なことを言って恨みを買えば、責任の当事者にされてしまう。……だけど、それは今に始まったことじゃない。重要拠点に配備されていたウォーカーは、元を正せばオルゴにある軍の基地を攻撃するための備えだったけど、結局そんなのは組織内の権力抗争の大義名分だった。大規模作戦の決定権を握る連中は、状況を固定化することを望んでいた。変革を求めてレジスタンスに入った、俺達末端の思いを踏みにじって。……だったら、やるしかないじゃないか。俺が、今ここで!)

 自分がどうするべきかを考え終えたクリスは手を挙げた。

 サイラスの目にそれが留まった。

「さて次だが……、ん、クリスか。お前もここまで生き延びられたんだな。報告を頼む」

 地下室がざわつき、視線がクリスの方に注がれた。

 クリスは、住んでいた場所を軍のウォーカー部隊に攻撃され、応戦し撃破。その後は市内の各防衛戦で遊撃を行ったことを報告した。

 併せて、使用したウォーカー〈アルゴス〉について、それが昨日軍の基地に進入して強奪した機体であることも伝えた。

 クリスのこの発言に対して、驚きと、そして批判の声が次々と上がった。

 その中でも、普段からクリスの行動について否定的な意見を言い続けてきた一人の男が挙手し発言した。

「我々レジスタンスが、軍による今回の奇襲を受けたことは、クリス達に大きな責任があると言わざるを得ない。そもそも、我々の計画順序を無視して、勝手に子供が動き回るような状況を作るべきではなかったのだ。事実、軍に対する不用意な行動によって攻撃の口実を与えてしまい、結果として非武装の市民を含めて多くの被害を出し、その状況は今なお続いている。私は、クリスに対して相応の責任をとらせるべきであると考える」

 彼は口調こそ丁寧だったが、そこには明らかな、露骨とすら言える攻撃の意志があった。

 クリスは、これに対して反論する。

「なら俺も言わせてもらう。軍はピンポイントにレジスタンスの拠点を攻撃してきた。隠してたはずの場所を正確にだ。どこかで情報が漏れたか、裏切り者がいたか、そいつは間違いない。その上で言うが、どうして迎撃出来ずに拠点を二つも失った? ワザワザ武器もウォーカーも揃ってるところに、軍は正面から攻めてきたんだぞ? 普段デカい口を叩いているくせに、いざとなればこのザマかよ? 革命や攻勢と口だけは勇ましいが、この数年レジスタンスは何もしてこなかった。結局は保身のための組織に過ぎなかったってことなんだろ? 国を変え、皆を救うなんて、口では偉そうに言うくせに、実際には現実を変える行動なんてこれっぽっちもやろうとはしない。違うのか!?」

「子供に何が分かる!? 我々は確実な勝利の道を模索し続けてきた。綿密な計画と、厳格な手段によってそれは実現されるべきだった。思慮に欠けた一部の過激派が問題を起こすから、幾度とない計画の変更を余儀なくされ、我々全体が停滞し続けるしかなかったという現実を、お前は理解しているのか? 貴様達の身勝手な行動が、今回の戦闘の原因を作ったことは疑いようがない。その責任をどうするつもりだ?」

 クリスは引き下がらない。

 冷静さを欠いていることは、彼自身も心のどこかで気が付いている。それでも、彼は言葉を発さずにはいられなかった。

「俺達のウォーカー強奪と軍の奇襲についての因果関係を説明出来るモノなんてどこにもないじゃないか! もしも責任を追及するのなら、適当な情報管理でバレたのを疑って、それに対する責任を追及するべきじゃないのか? 軍が、隠していたはずのこっちの施設を、ピンポイントに攻撃できた理由に、外に情報が漏れた以外の理由があるのか?」

「話にならんな。それこそ仮定の話ではないか。そもそもであれば、我々は今目の前に存在する現実的な問題に対処するべきだと思うがね」

 周囲は静まりかえっている。

 どんな形であれ、クリス達が今回発生した軍の攻撃に対する責任の一端を負うことになるのは、いつの間にか既定路線になっていた。

「……誰の責任かなんて知ったことかよ! 結局現実はこうなってるんだ。もし俺たちに責任があるって言うなら、その責任を取ってやる。それでこの国が変えられるなら、俺は一向に構わない!」

 現実問題として、軍が再度の侵攻を行うことは確実だった。それに対して、誰かが、何らかの手段で対抗する必要があった。

 後はそれを、誰がどのような方法で行うか、という話なのだ。

 状況報告を行う者達が、責任から逃れようとするような発言を繰り返し、クリスをかばう者が現れない理由はここにある。

「もし俺達の強奪したウォーカーが軍にとって価値のあるものなら、注意を引く囮としては十分役に立つはずだ。俺達が少数で軍の気を引いて陽動をやる。その間に一般人の避難と拠点の移動をやればいい。責任の取り方ならそれで十分だろ!?」


×××


 クリスは、レジスタンスがウォーカーの応急修理と補給をしている場所へとやってきた。

 どの機体も、大なり小なりダメージを受けている。その上、寄せ集めのレジスタンス故に、規格が異なる機体や我流のマイナーチェンジが施された機体が混在している。整備員が殺気立つのも無理のない話だった。

 ラルフ、エミリー、ソフィアの三人を見つけたクリスは集合するように呼びかけると、先ほどの会議の内容を報告した。そして最後に頭を下げながら叫んだ。

「三人とも、本当にごめん!」

 そんなクリスに対して、最初に言葉をかけたのはラルフだった。

「いや、俺が悪かったんだ。そもそも、ウォーカーの強奪を計画したのは俺だ。クリスが責任を感じる必要はない。……結果としてソフィアのことを助けられたわけだし、そもそもこれに関しては間違いなく軍の方が悪い」

 そう言って励ますラルフに続いて、エミリーが「やれやれ」といった感じの表情で言った。

「兄さんの性格なら、いつかそう言う風にやらかすのは薄々分かっていたわ。大丈夫よ、戦うって決めて兄さんにリーダーを任せたからには、覚悟はしていた事だから」

 エミリーは溜息交じりに苦笑しながらそういった。

 彼女の乗っていたピンク色の塗装が施された〈コクレア〉は、いくつものダメージが確認出来た。

 彼女が肉体的にも、精神的にも疲労していることは間違いない。それでもエミリーは、クリスに対していつもと変わらない態度で応じた。

 そして、最後にソフィアが言った。

「そ、そうです、クリスさんは悪くありません。今は、み、皆さんで力を合わせるしかないはずなんです」

 そんな三人からの言葉を受けたクリスは、改めて頭を下げながら言った。

「ありがとう。今はその言葉に甘えさせてもらう。――基地の本隊から指示が来た段階で、俺達は軍に対する陽動を始める。一応、少しだけ人員を回してくれるみたいだから、俺達以外にも少しは戦力がある」

 クリス達に何らかの責任をとらせるという思いがあった一方で、たった三機のウォーカーでは陽動としては効果を期待できないという現実的な声が上がっていた。それにより、いくつかの小規模組織のリーダーが、クリス達に対する協力を申し出ていた。

「本隊には、なるべく早く動き出すように言ってきた。相手が万全なら、数で不利な俺達に勝機は薄い。だから、相手が結集して準備が整うよりも先にこの辺りにある敵の最大拠点、〈アルゴス〉を強奪してきたオルゴ基地を叩いて状況を混乱させる。後は、俺達が敵拠点を攻撃しても別働隊がこの場所を直接攻撃してくる可能性もある。その辺は、まあ、上手くやってもらうしかないかな。……どっちにしたって、俺達の役割は敵の殲滅じゃなくて時間稼ぎだ。撤退が完了するまでの間、とにかく注意を引きつけて生き残るのが目的だ。みんな、がんばって生き抜くぞ!」

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