第三章 赤いサソリ(後編)


×××


「ラルフ、エミリー、ついてきてるか?」

「大丈夫だよ。弾もまだ残ってる」

 クリスの言葉に対してエミリーがそう通信に応じた後、ラルフが言った。

「そろそろレジスタンスの拠点だ。どうにかして軍を押し返したいが、どうする?」

 クリス達は道中で何度か軍と戦闘しつつ、レジスタンスのオルゴ最大拠点に向かって進んでいた。

 現在の軍は、どんな命令を受けて行動しているのか分からないような殺戮集団となっていた。

 このアウルム国には激しい貧富の格差が存在し、わずか数パーセントの国に近しい者だけが、国内の富を独占していた。軍人もその富裕層に属している。そして、富裕層は貧困層に対して強烈な差別意識と、自分達に対する特権意識を持っている。

 クリスは、その両方に身を置いた経験があるからこそ、この国のそういった事情は肌感覚として理解している。

(軍がどんな命令で動いているにせよ、一度攻撃の口実を得たらこうなるか。軍が民間人に対して攻撃を躊躇うはずがないんだ)

 クリスがそんなことを考えながら操縦をしていると、彼の背後からソフィアが遠慮がちに声を上げた。

「ク、クリスさん、レジスタンスの拠点、もうすぐです」

「ありがとうソフィア。ラルフ、エミリー、お前達二人はこのまま拠点の方に向かって、後方支援に回ってくれ。俺達がウォーカーを持っていて、いざとなったら戦闘に参加することは言ってある」

「それは分かったけど、兄さんはどうするの?」

 クリスは一度後ろを振り返りソフィアの顔を見た。対するソフィアは、クリスが何か言うよりも先に無言のまま頷く。その表情には僅かに怯えの色があったものの、一方で強い覚悟が決められていた。

 それを受けたクリスは、次の行動を決断し宣言する。

「俺はこのまま防衛ラインの最前線に合流して、軍の迎撃をやる。性能さでなら〈アルゴス〉が軍の〈コクレア〉に対して優位に立てるし、防御能力は信用出来る」

 クリスのこの発言に対して、ラルフが声を上げた。

「いいのか? 戦況は間違いなく不利だ。お前だけ一番危険な場所に行くことになるんだぞ。俺達だって――」

「――これで良いんだ。住民の避難も手伝わないといけないし、後方だって人手は不足してるはずだ。なら適材適所への分担は必要だろ? 俺は前衛で敵を押し戻すのに協力するし、お前達二人は後方支援に協力する。行くぞ」

 この声と同時に、三機はそれぞれの役割のために行動を開始した。

 クリスはフットペダルを踏み込み〈アルゴス〉の脚部ローラーをフルスロットルで疾走させる。速度計は時速七十八キロまで加速したことを表示。恐らくはこれが、整地における〈アルゴス〉の最高速度なのだろう。

 決して座り心地が良いとは言えないサブシートに座るソフィアが、激しい揺れに耐えながら言った。

「て、敵機体、前方六百メートル、数は五、味方機は三、今戦っています!」

「〈アルゴス〉の識別信号は?」

「レジスタンスの物に設定してあります。だ、大丈夫なはずです!」

「よし、行くぞ!」

 敵との距離が急速に縮んでいく。

 クリスは二十ミリマシンガンを装備し、残弾を確認。

 モニター上にスコープサイトが表示される。

 敵である軍の〈コクレア〉の姿が見えた。

 射程…………、有効範囲。

「これで!」

 トリガーボタンを引く。

 連続的な破裂音と共に弾丸が放たれた。

 五機の〈コクレア〉は即座に散開し、攻撃を回避した。

 クリスはトリガーボタンから指を離し、二十ミリマシンガンによる攻撃を中断。

 一番近くにいる軍の〈コクレア〉に向けて一気に間合いを詰め、超硬質アックスを装備して振りかぶる。

「まずは一機目!」

 相手の反撃を許さず、鋼鉄の刃は〈コクレア〉のコックピットを切り裂いた。

 一機撃破。

 『心眼』が他の敵からの攻撃の意思を捕らえる。

「に、二時の方角、射撃装備!」

 クリスはモニターを確認するよりも先に、言われた方角へ二十ミリマシンガンを向けてトリガーボタンを引いた。

 放たれた弾丸は、反撃を予想していなかった〈コクレア〉の装甲を食い破り貫通する。そして、マシンガンの中に含まれる焼夷弾が駆動用燃料に引火。

 直後、二機目の〈コクレア〉が爆散した。

「き、来ます! 十時の方角に三機、一機が突出、他二機が攻撃準備!」

 ソフィアの知覚した敵の動きは、明確に連携していることを示していた。

 クリスは一度、後方にレジスタンスのウォーカー部隊がいることを確認する。

「ソフィア、通信送れるか? 連携して押し返したい」

「……周波数は設定しました、大丈夫です。回線、開きます」

「ありがとうソフィア。――聞こえるか? レジスタンスのウォーカー部隊。こちらは味方だ。敵部隊をここで押し返したい。援護を!」

 クリスは、接近してくるウォーカーに二十ミリマシンガンを撃つ。だが、敵ウォーカーはシールドを装備しており、それに阻まれて射撃は有効打にならなかった。

 敵ウォーカーとの距離が縮まる。

 クリスは二十ミリマシンガンによる迎撃を中断。装備を超硬質アックスに持ち替えるが、敵ウォーカーの接近は予想以上に早かった。

 急接近する敵ウォーカーは、攻撃用装備を構えていない。しかし、正面に構えるシールドの強度は鈍器として十分に機能する。

「――こいつ、なかなか!」

 シールドを構えた〈コクレア〉の体当たりが、クリス達の乗る〈アルゴス〉に命中する。

 〈アルゴス〉が横転し、衝撃がコックピット内部に伝播しクリス達を襲う。

「ソフィア、大丈夫か?」

「わ、私の事は気にしないでください。今なら!」

 クリスは即座に機体を起き上がらせる。そして、シールドを構える敵の〈コクレア〉の姿を捕らえ、攻勢に転じる。

「クリスさん、後方の敵機が射撃体勢です!」

「そういうことかよ、コイツ等の連携は。――聞こえるか? 展開中のレジスタンス各機! 俺の合図と同時に、敵後方の射撃部隊を狙え!」

 クリスは、シールドを構える敵ウォーカーの姿を見据えながら叫ぶ。

 レジスタンスにその声が届いているのか、彼らがクリスの言葉に従ってくれるのか、疑問や不安を挙げればきりがない。

 だが、クリスは信じることにした。

「敵の突進、もう一度来ます!」

 クリスはソフィアの言葉を合図に、フットペダルを踏み込む。

「二度も通用するかよ! そう簡単に!」

 クリスは紙一重のところで突進を回避して、相手の背後へと回り込む。

 そして装備する超硬質アックスで、無防備な敵ウォーカーの背後を切りつける。

 金属音が響き、衝撃が伝わる。

 シールドを装備した〈コクレア〉は、よろめき足を止めるにとどまった。

「浅かったか? クソ、仕留め損ねた」

「後方、来ます!」

 クリスはその仕留め損ねた敵のウォーカーを、無理矢理引き寄せて盾代わりに使う。

 その直後、後方で待機していた敵のウォーカー部隊が、〈アルゴス〉に向けて一斉に射撃した。

 ソフィアの助けを受けて攻撃のタイミングと方角を完全に予測出来ていたクリスは、引き寄せた〈アルゴス〉を盾にしてそれを防ぎきる。

 サブモニターに表示されていた、最も近い場所の光点が消滅した。

 盾代わりに使ったウォーカーの装甲を敵からの射撃が食い破り、パイロットを絶命させたのだろう。

 そして、この瞬間こそがクリスの待ち望んでいた状況だった。

「今だ! 撃て!」

 敵ウォーカー部隊は射撃装備を撃ったことによって、自分たちの正確な場所を曝すことになった。

 クリスの指示を聞いたレジスタンスのウォーカー部隊も当然そのことに気付き、クリスの意図するところを理解する。

 彼等の射撃装備の全てが、後方の敵ウォーカー部隊に向けて放たれる。

 クリスはそれに合わせ、盾代わりにしたウォーカーを放り投げ後退する。

 その数秒後、盾代わりにしていたウォーカーの燃料に、機銃の中に含まれている焼夷弾が引火し爆散した。

 両陣営が装備する射撃装備による銃撃戦が行われた。

 しかし、この銃撃戦の勝敗は最初から決していた。

 最初にクリス達の乗る〈アルゴス〉を撃ってしまい場所のバレた軍のウォーカー部隊と、その位置を正確に知った上で一斉攻撃を仕掛けたレジスタンス。

 アルゴス〉がレジスタンスのところまで下がる頃には、軍の側は総崩れとなり後退を始めていた。

 この場所のレジスタンスを指揮していると思われる機体がクリス達の所にやってきた。そしてコックピットハッチを開き、操縦者の男が身を乗り出しながら言った。

「助かった。どこの所属か存じないが、君のおかげで状況を立て直すことが出来た。代表して礼を言いたい」

 それに対してクリスも、コックピットを開けて顔を見せながら答える。

「軍が装備を整えて再出撃してくれば、今の頑張りも無駄になってしまうと思います。こちら側も、今のうちに部隊を再編成出来ませんか?」

 クリスの顔を見た指揮官の男は「あの声、まさかとは思ったが、まだ子供だったのか」と驚きの声を上げた。その後、クリスの方をしっかりと向きながら答えた。

「寄せ集めの部隊な上に、明確な指示系統が存在しない現状では難しいが、……やってみよう。君はどうする?」

 クリスは一度振り返り、ソフィアの方を見る。そんなクリスに対して、ソフィアは無言のまま頷いた。クリスは「分かった、ありがとう」と小さく言った。そして、改めて指揮官の男の方を向き言った。

「他の防衛戦へ協力に行きます。ここの守りは、頼みます」


×××


 ――レジスタンスの一部が、軍のウォーカー部隊を押し返し始めた。

 ――そこで謎のウォーカーを目撃した。

 そんな情報が、役場から『仕事』を終えて拠点に戻る『アンタレス』のリーダー、アザムの耳にも入ってきた。

 部下の運転するジープに乗るアザムは言った。

「そいつが恐らくは例の試作型ウォーカーだ。やっかいな敵と聞いているが、なるほど、あながち過大評価というわけでも無さそうだな」

 彼の言葉に対し、隣に座る部下の男が応じる。

「やっぱり、正規軍には任せきれないですかね?」

「そのようだ。だからこそ俺たちが呼ばれたということだ。一旦戦況を立て直す。正規軍には、俺からの権限で後退を指示しろ。この戦いは、俺たち『アンタレス』が指揮をする。それと、例の謎のウォーカーについて、詳しい情報を寄越すように言ってくれ」

 そう応じるアザムの表情には、いつになく好戦的な笑みが浮かべられていた。アザムの考えを察した部下の男が言った。

「まさか、アザムさんが?」

「面白そうな獲物だ。俺にも少しは楽しませろ。技術部から〈アルゴス〉とかいう試作機の奪還依頼を受けているが、謎のウォーカーってのがそいつに違いない」

 ジープはオルゴの町を進む。

 目的地は『アンタレス』の拠点。

 そこには、彼らの持ち込んだウォーカーが、戦いの時を待ちわびていた。


×××


 クリスを含めた多くのレジスタンスメンバーの増援を受けて、オルゴでの戦闘は膠着状態となった。レジスタンス側は、そのまま泥沼の戦闘を覚悟した。しかし、彼らの予想に反し軍は一時撤退を選択したようだった。

 これを戦況立て直しの好機と考えたレジスタンス側も一時的に戦力の後退を指示。オルゴにおける最大の拠点に、戦闘に参加した各組織の代表が集められ、情報の共有と今後の為の作戦会議が開かれることになった。

 クリスも一応は小規模組織の代表という扱いになっており、その集まりに参加することになった。

「あの、クリスさん。……少しいいですか?」

 作戦会議の行われる拠点について〈アルゴス〉から降りる準備をしようとしたクリスに、ソフィアは遠慮がちにそう声をかけた。

「ああ、大丈夫だけど、どうしたんだ?」

「敵の兵士の殺意の中に、いくつか、違和感があったんです。……何人かの兵士は、私達の〈アルゴス〉に対して、他のレジスタンスに対するものとは違う、明確な殺意があったんです。まるで私達のことを知っていて、その上で狙って殺そうとしているみたいな……」

 ソフィアの言葉を受けて、クリスは少しの間思案した。結論は、すぐに出た。

「この〈アルゴス〉は、それにソフィアのことだって、元はと言えば俺達が軍に侵入して盗んできたからな。奪還とか、破壊とか、そういう命令が出てる可能性は十分にあるだろうな。それが全員じゃなくて一部ってことは、軍の襲撃の直接の狙いが俺達って訳じゃ無さそうだ。でも逆に言うなら、この状況を利用して、この機体とソフィアのことをどうにかしようと企んでいる人間が、一部には間違いなくいるってことだろうな」

「……多分、そういうことなんだと思います。だとしたら、……やっぱり私は――」

「――それは違う」

 クリスはソフィアの方をしっかりと向く。

 そして、今にも泣き出しそうなソフィアの表情を、それでもどうにか押し殺しているソフィアの目を、しっかりと見ながら言った。

「クリスが責任を感じる必要なんてない。巻き込んだのは俺達だし、そもそも軍がソフィアのことをさらったのが悪いんだ。そういう意味じゃ、こんなこと、本当は言えた義理じゃないんだけどさ。力を貸してほしいんだ。ソフィアの力を、俺達全員が生き残るために」

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