第四章 反撃(中編)


×××


 クリスが急かしたこともあってか、作戦開始の指示は予想していたよりも早く来た。

 ソフィアと共に〈アルゴス〉に乗り込んだクリスは、光学センサーが捉えた情景を写すモニター越しに一度周囲を見渡した後、通信機に向けて叫んだ。

「よし、行くぞ。全機進軍開始、俺に続け!」

 クリス達の三機のウォーカーに加えて、レジスタンスの中から立候補してきた数機のウォーカーと車両は、軍のオルゴ基地を目指し進軍を開始した。

 彼等の役割は、レジスタンスの幹部とオルゴの住民達の避難完了までの、攪乱と時間稼ぎだ。

 クリスはウォーカー部隊の全員に向けて通信を送る。

「向こうに近付けば通信を盗聴されるリスクも高まるから、今のうちに作戦の再確認をする。俺の機体には、遠くから敵の位置を探し出す、……センサー、みたいなのが付いてる。詳しいことは長くなるから省略するけど、兎に角俺の指示で攻撃と撤退を繰り返してくれ。位置関係の伝達には、出るときに配った地図に書いた座標を使うから、万が一盗聴にあってもこっちの動きがバレる事はないと思う。以上」

 クリスは一度マイクを切った。

 彼の声や表情には、いつもよりも緊張感があった。もちろん、音声だけの通信でそれを感じ取ることは難しいし、今回初めて会ったばかりの仲間のレジスタンスに至っては、クリスの普段との違いを感じ取る事など出来ない。

 しかし、一人の例外が存在する。

「……クリスさん」

 彼の背後のサブシートに座るソフィアは、彼女自身が持つ精神波の感知能力によって、今のクリスの精神状態の変化を的確に察知していた。

「……もしかして、……不安、ですか?」。

「ソフィアなら分かっちゃうもんな。まあ、正直言ってかなり不安だよ。全体を見ながら指示を出して動いたりとか、そんなのやったことねーよ。そもそも全員が素直に従ってくれるかも分からないし」

 一団の先頭に立って〈アルゴス〉を操り、状況を見極めながら指示を出して作戦を遂行する。口で言うだけならば簡単だが、それを実行し成功させるためには、並外れた技術といくつもの才能が要求される。彼は自分自身にそんな才能があると思えるような自信家ではなかった。

 沈黙するクリスに対して、ソフィアが言葉をかけた。

「……なら、わ、私を、……信じてください。……私が、皆さんを、クリスさんを導きます。だからクリスさんは、私のことを信じてください。……こ、これでは、駄目、ですか? ……私はウォーカーの操縦なんて出来ないし、戦いのことも詳しくありません。……それでも皆さんの、……クリスさんの力になりたいんです!」

「――ありがとうな、ソフィア。それで十分だ。迷ったり悩んだりしてる場合じゃないな。覚悟を決めてやるしかない」


×××


 軍のオルゴ基地は騒然となっていた。

 レジスタンスとの戦闘で一時退却を余儀なくされた彼等は、再度制圧作戦を行うために、弾薬の補給と機体の応急修理、そして部隊の再編を行っていた。

 オルゴでのレジスタンス制圧に失敗すれば、レジスタンスによる武装蜂起の機運が国全体に広がりかねない。それを阻止するためにも、オルゴの完全制圧とレジスタンスの壊滅は必要不可欠だった。

 その一方で、レジスタンス側が再び早期に行動を起こす可能性を考慮し、それに対処しようと考えれば、他の基地からの増援を待つというのはあまりにも悠長だ。オルゴ基地の戦力を再編成してレジスタンスに対処するのが現実的な選択だった。

 ただし、『それだけ』ならば予想されていた範囲のことだ。オルゴ基地を騒然とさせた最大の理由は、増援の存在だった。

 格納庫の中には、出撃準備を整えた見慣れないウォーカーが何機もいた。そのウォーカー達には、赤色のサソリのエンブレムが塗装されていた。

 オルゴ基地のブリーフィングルームには、負傷を免れた戦闘可能な兵士達が集められていた。

 彼らの前にはオルゴ基地の指揮権を預かる上級将校と、およそ正規軍には見えない格好の男達が並んでいた。

 将校の訓辞に続いて、男達野中のリーダー格と思われる人物が発言した。

「俺が傭兵集団『アンタレス』のリーダー、アザムだ。将校殿からの話にもあった通り、対レジスタンスの掃討作戦は俺達の指揮でやらせてもらう。直ちに部隊を再編成し、レジスタンス拠点への攻撃、機動力を活かした逃走ルートの封鎖、そして攻撃部隊の迎撃を行う必要がある。部隊編成は追って指示、作戦詳細はその際の部隊長から指示する。俺達のやり方は決して上品じゃないが、勝利を望むならば従うことだ」

 オルゴ基地は、戦況打開のために傭兵集団『アンタレス』を雇い、彼等に指揮権を与えて作戦を遂行する事にしたのだ。

 元々はレジスタンスの暴動を鎮圧する『汚れ仕事専門の一部隊』の予定だった。しかし今の段階になってしまっては、オルゴ基地の全兵力を『アンタレスのやり方』に統一することが最善だという判断が下された。

 ブリーフィングが終了した。

 各員が持ち場に戻る中、アザムは一人、技術部長官室を訪れていた。

「呼ばれたので来たが、一体何の用だ?」

 ドアを開けるなり、語気を荒げてそう言うアザムに対して、技術部長官のマラドは表情を変えることなく返答する。

「依頼主として、作戦遂行の為の追加情報を渡そうと思いましてね」

 眼鏡の奥に、どこか爬虫類を連想させるような光を宿すマラドは、机の上に置いていた書類をアザムに向けて無造作に突き出した。

 それを受け取ったアザムは、内容について軽く目を通す。

「機体性能の詳細か。……何故こいつを最初に渡さなかった? まさか俺のことを試しているつもりなのか?」

 アザムはそう言いながら詰め寄るが、マラドは全くそれを意にも介さずに返答する。

「私も用心深い方でしてね。私と君の間は多生の縁のある知り合いですが、それでも、君が我々を裏切り、入手した情報を他の勢力に対して売り飛ばさないとも言えない。しかし、こうして状況の一部になってしまえば、下手な行動は出来なくなる。この状況で軍を裏切ることは、傭兵集団としての君達の信用に関わります。状況で考えれば裏切りのリスクはきわめて低いというわけです。そう判断したからこそ、重要な情報を渡すと決めたのですよ。……不服ですか?」

 アザムの表情が変化した。

 彼が浮かべたのは『笑み』であり、それはどこまでも好戦的だった。

「まさか。雇い主が無能でないと確信できれば、少しは仕事にやる気が出るってモンだ」

 アザムにとって戦争とはビジネスであり、殺戮は娯楽であり、闘争とは生き甲斐だった。

 だからこそ、彼はこの戦乱絶えぬ時代に傭兵という生き方を選び、自ら進んでその手を血に染め続けてきた。

 そんな彼に対峙するマラドは、このアウルム国においてPW計画を押し進めてきた中心人物である。

 彼は国力増大という『大義名分』を振りかざして軍に働きかけ、現大統領からの直々の命令という言葉を引き出すことで軍内部の権力を掌握した。そして研究を進めるために国内のいくつもの地域を地図から消し去りながら、研究用の『素材』を集め続けてきた。

 全てはPW計画の成果を完成させ、自身の理論の正しさを証明するために。

 病的に白く細い指で眼鏡を上げ直したマラドは、その眼光でアザムのことを捉え、彼に向けて言葉を投げかける。

「改めて言いますが、私が君に依頼したいのは、その書類に記した試作型ウォーカー〈アルゴス〉の奪還です。特殊な装置を搭載した機体故、もしそれを使いこなしているとすれば相当にやっかいな相手でしょう。パイロットは殺してかまわないし、多少ダメージを与えてもかまいません。ですが、運用情報を蓄積したコアユニットだけは何としても無傷で入手したい。頼めますか?」

「特殊なシステム、か。……中々面白そうじゃねーか。俺からも改めて言わせてもらう。いいぜ、その依頼、俺が引き受けよう」


×××


 クリス達の率いるレジスタンスウォーカー部隊は、アウルム国軍オルゴ基地を目指して、進軍を続けていた。

 普段であれば人の立ち入ることのない荒れ放題の雑木林であり、ろくな整備などされていない場所だ。しかしそこを進む彼等は、ウォーカーというマシーンの持つ走破性を発揮し難なく実行する。

「……! ク、クリスさん、敵、接近しています!」

 ソフィアの言葉と共に、サブモニターへと新たな光点が表示される。クリスは光点の位置と現在の自分の居場所、そして出撃時に全員に配った地図の三つを素早く見比べる。

「ありがとうソフィア。……こっちか、――こちらクリス、第二部隊、十一時の方向から敵戦力接近。ウォーカー二、装甲車三、対処できるか?」

 しばしの沈黙とノイズ音の後、通信機に返答が入った。

「――こちら第二部隊、了解した。我々で対処に当たる」

「――こちら第一部隊クリス、感謝する。対処後はG二十七地点にて合流、健闘を祈る」

 戦いは、クリス達レジスタンスの側が主導権を握り、優位に進めていた。

 数という点でも、またウォーカーの性能という点でも、総合的に見れば劣っているはずのクリス達が戦局を優位に進める事が出来た理由。それは、ソフィアの精神波感知能力と、それを最大限に活用した〈アルゴス〉の『心眼』の力によるものだった。

 ソフィアが軍の戦力と位置関係を素早く正確に見つけ出し、クリスがそれを元に全体へと指示を出す。これによって、的確な戦力投入による奇襲を繰り返し、軍の戦力を削っていった。

 しかし、そんな状況が長く続く事は無かった。

「――こちら第四部隊ラルフ、I十九地点に敵ウォーカー部隊に増援! すまないクリス、至急応援を!」

「こちら第一部隊クリス、了解したラルフ。今から援護に向かう、何とか持ちこたえてくれよ。ソフィア、敵の様子はどうだ?」

「……ふ、増えています。敵基地からの増援がいくつも! 分散して私達の拠点の方に向かっています!」

「脱出完了の合図はまだ来ていない。何としても時間を稼ぐ! 第一部隊行くぞ!」

 クリスは自身が率いる第一部隊と共に第四部隊の交戦地点に向かった。

 彼が戦況を目視で確認するよりも先に、ソフィアが声を上げた。

「味方は全員生存です! 敵は、……ウォーカー六機、あと少しで見えるはずです! ……敵のパイロット、二人だけ感じが少し違う? ……注意してください、敵にも増援がいます!」

 クリスは敵の姿を探す。

 操縦桿を握る手に汗が滲み、鼓動が早くなるのを自覚する。

 それでも尚、冷静さを保とうとするクリスの視覚が、敵ウォーカーの姿を捉えた。

「こちら第一部隊クリス、敵機発見! これより第四部隊の援護を行う。全機攻撃開始、味方を撃つなよ!」

 クリスの通信を合図に、第一部隊の攻撃が開始された。

 二十ミリマシンガンと七.六十二ミリ内蔵機銃による巨大な銃声が一斉に鳴り響く。

 敵の陣形が崩れた。

 奇襲により第四部隊への攻撃中断を余儀なくされた敵ウォーカー部隊は、二方向から包囲された事になる。 

「よし、これなら行けるぞ。俺が敵部隊に切り込む。第一部隊、射撃支援頼んだ!」

 クリスは〈アルゴス〉の装備を超硬質アックスに持ち替え、一番近くの敵ウォーカーに狙いを定めて一気に間合いを詰める。

 クリスが狙いを定めた敵ウォーカーは見慣れない機体だった。

 〈コクレア〉と同様の局面を多く採用した装甲だが、腕部と脚部の装甲は〈コクレア〉よりも分厚い。

 頭部の複合光学センサーは横一列にいくつものセンサーを搭載していた。

「まずは、一機!」

 クリスは第一部隊からの掩護射撃と共に、敵ウォーカーを狙うが、後退を繰り返す相手に対して、有効な攻撃が行えずにいた。

 そんな中、彼の背後からソフィアの悲鳴のような声が上がった。 

「敵増援一機来ます! 後方、八時の方向から、今です!」

 現れたのは、先ほどクリスの攻撃を回避したのと同じ、見慣れないウォーカー。

 その機体が超硬質アックスよりも一回り大きな斧状の刃を備え、更に長い柄の超硬質ハルバードを装備していた。

 そこから繰り出された一撃は、クリスが防御に使用した超硬質アックスを吹き飛ばした。

「――マズい!」

 〈アルゴス〉には内蔵固定装備が一切存在しない。

 手に持っていた武器を落とされれば、必然的に丸腰になってしまう。

 ……だが、この戦場で軍のウォーカー部隊と戦っているのは〈アルゴス〉だけではない。

「クリスはやらせない!」

 操縦席のスピーカーから、ラルフの叫びが響いた。それと同時に〈アルゴス〉の後方から、二十ミリマシンガンを装備した青い〈コクレア〉を先頭に展開したウォーカー部隊が、超硬質ハルバードを装備する敵ウォーカーに向かって一斉に射撃を開始した。

 敵ウォーカーは追撃を中止し、即座に防御姿勢をとった。 

 その瞬間をクリスは見逃さない。

 徒手空拳のままの〈アルゴス〉が、超硬質ハルバードを装備するその敵ウォーカーを蹴りつけた。

 〈アルゴス〉の全重量に加速を上乗せした一撃が、敵ウォーカーに命中する。

 敵ウォーカーは防御姿勢をとっていたが、純粋な質量を乗せた〈アルゴス〉の蹴りは、装甲厚に阻まれて敵ウォーカーを破壊できずとも、暴力的な衝撃を敵のパイロットに届けることは可能だ。

 敵ウォーカーが、超硬質ハルバードを取り落としながら倒れた。

 恐らく、敵のパイロットは気絶しているだろう。

 しかし、今のクリスはそれを追撃の好機とは見なかった。

 残りの敵ウォーカーが援護のために接近していることに気が付いていたからだ。

 敵ウォーカーの一機が倒れたウォーカーを素早く抱え起こし、それと同時に煙幕を展開した。

「ソフィア、奴らの位置は?」

「後退しています。い、今のところ攻撃の意志は感じられません。ど、どうしますか? クリスさん」

「……よし、全レジスタンスウォーカー部隊に通達。第一部隊は第四部隊との合流に成功。損耗の確認が完了次第、次の行動に移る。以上」

 そう伝えたクリスは、交戦した敵ウォーカーの落としていった超硬質ハルバードを拾い上げて装備しつつ、思わず呟いた。

「機体は頑丈だしパイロットの腕も立つ。あの見慣れない機体、いったい何だ?」

 ラルフの乗る青い塗装の施された〈コクレア〉が、装備する二十ミリマシンガンの新しい弾倉を装備しながら〈アルゴス〉の方にやってきた。

 そしてクリスの言葉に対して、ラルフの通信が応じた。

「あのウォーカーは多分〈スコーピオン〉、中央大陸系の第二世代ウォーカーだ。装甲も足まわりも、〈コクレア〉より一段上だ」

「やっかいな機体って事か。……それにあのエンブレム、やっぱり傭兵集団『アンタレス』、やっぱり出てきたか。正規軍とここまで連携してくるとは思ってなかったけど、今がチャンスなのは確かだ。出来ることなら俺の手で……」

「気持ちは分かるがクリス、先ずは落ち着け。拠点の脱出はどうなってるんだ? 今のところ、こっち側からは奇跡的に死者は出てないみたいだが、装備の損耗は激しいし、連戦で正直披露がやばい。敵の攻撃は一向に収まらないし、押さえきれなくなるのも時間の問題だ」

 ラルフのそんな言葉を受け、ソフィアが口を開いた。

「き、基地の方の脱出状況は、今、どうなっているんでしょうか?」

 クリスはその言葉に返答する。

「確かに、そろそろ予定の時間だな。――本部、本部、こちらレジスタンスウォーカー部隊。拠点の撤退状況について確認したい。返答を頼む、どうぞ」

 沈黙と同時にノイズ音が流れる。

 他のレジスタンスウォーカー部隊も、本部からの返答を固唾をのんで待った。

 永遠のような重苦しい沈黙を破り、返答の通信が入った。

「こちら本部。現在作業が難航中。だが、後十五分以内に、脱出完了の合図が送れるはずだ。それまで何とか軍を押しとどめてくれ」

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