第二章 少女の力(前編)
第二章 少女の力
人類史とは闘争の歴史であり、有史以来現代に至るまで、対立と争いは絶えることなく繰り返されてきた。それはきっと、未来永劫繰り返される、人間の本質なのだろう。
台頭する強国への追従と反抗。それに伴って加速する軍備増強と、増大する社会不安。
領土や人種、民族、宗教、イデオロギー等の様々な対立に起因する紛争は常であり、その終わる事なき戦いは、結果として多くの科学技術を歪な形で劇的に進化させた。
特に陸戦兵器においてその進化は目覚ましかった。その究極が、ウォーカーと総称される人型二足歩行重機の誕生と言える。
ウォーカーの極めて高い汎用性は、人類の闘争の歴史に革命的な変化をもたらした。
永遠の闘争と力のための技術進化は、いずれ取り返しのつかない『世界戦争』という悲劇に到達すると危惧する者もいたが、多くの人は机上の空論と笑い飛ばした。
『中央大陸』と呼ばれる巨大な大陸に、『アウルム国』という半島国家が存在する。
アウルム国の中央大陸に接続する北端の国境は、中央大陸連邦とヴォルク共和国に接している。この二つの勢力は、現在の世界におけるパワーバランスを司っている三大勢力の内の二つだ。
そんなアウルム国の首都『シウダ』からはそれなりに離れた場所に、貧困層の人間が多く暮らす町『オルゴ』が存在する。
ラルフが運転するクリス達を乗せたトレーラー車がオルゴにある古びた廃工場の前に到着したのは、既に日が落ち始めた夕方のことだった。
助手席から降りたクリスは、一度周囲を見渡して状況を確認する。
「大丈夫そうだぜ、ラルフ。追っ手はいないみたいだ」
クリスは廃工場のシャッターを開き、トレーラー車はそこに入っていく。この廃工場こそが、クリス、ラルフ、エミリーの三人が暮らす『家』である。
クリスはトレーラー車に被せた幌を外し、強奪してきたウォーカー〈アルゴス〉に乗り込む。
「よし、大丈夫そうだ。今から動かすから離れていろよー!」
コックピットの正面装甲を開き、そう叫んだクリスは機体を起き上がらせる。クリス達が潜入した軍の格納庫ほどではないが、五メートルを超えるウォーカーが直立できる程度には、この廃工場も広い。
クリス達がこの町にやって来た時から放棄されていたこの場所を、孤児だった彼等は住処に選んだ。電気や水道等のライフラインが使用可能だったこと、残されていた工作機械が修理可能だったこと、建物が丈夫な作りだったこと等は、クリス達にとって幸いだった。
廃工場の中には既に〈コクレア〉二機と、作業用の五メートル級ウォーカー〈トロル〉一機が存在し、『伏せ』の姿勢で置かれていた。クリスは〈アルゴス〉をそれらの隣に移動させ、同じような姿勢にして待機させた。
エンジンを停止させ機体から降りると、クリスの妹、エミリーがやってきた。
「お疲れさま、兄さん」
「ありがとな、エミリー。ソフィアの様子、大丈夫そうか?」
「うん、今は私の布団のところで寝かせてる。怪我とかも大したことはなさそうだよ」
「そうか、良かったって言うべきなのかな? ……いや、ごめん。やっかい事の種を持ち込んだのは、正直悪かったと思ってる」
脱走した人間を匿っているとなれば、軍から発見されるリスクはさらに高まる。
エミリーもそのことは理解している。その上で怒った様子を見せることもなく応じる。
「良かったんじゃないかな? あのソフィアって子は逃げようとしてたんでしょ?」
「状況から考えるとそうだと思う。確か放送でも逃亡って言ってたな」
「だったら、少なくとも私たちの敵じゃないと思うよ。それに、ウォーカーの強奪をやった時点でとんでもないリスクを抱えている訳だし、今更気にするほどでもないんじゃないかな。流石にあの服のままってわけにもいかないから、とりあえず私のを着せておいた。発信器とかも無さそうだし、隠れてる限り当分は見つからないんじゃないかな」
〈アルゴス〉から降りたクリスは、ソフィアの様子を見に行く。
廃工場の隅の方は居住スペースとして区切っており、ソフィアはそこのエミリーの使っている布団に寝かされていた。
今は静かな寝息をたてており、とりあえず命に別状はなさそうだ。
背の高さから判断する限り、年はクリス達と同じくらいだろうか。腕や足に見える痛ましい枷の痕と、無数の注射痕はどう考えてもソフィアが『まともな環境』で暮らしていなかった事を物語っている。
エミリーがソフィアの布団をかけ直しながら言った。
「オルゴには確かにいろんな子がいるよ。私達がまだマシに見えるぐらいの、酷い生活をしてる子だって沢山いる。だけど、こういうタイプの子は今まで見たことがない」
「病院、それか刑務所からそのまんま抜け出してきたみたいな、そんな感じ、だろ?」
それはクリスがソフィアに対して抱いた第一印象だった。そしてエミリーもクリスの言葉に「うん」と言って頷いた。
クリス達兄妹とラルフの三人は、両親と死別し孤児となっていた。とはいえ、この国にそういった子供達に対する救済施設など存在せず、彼等はどうにかして生きるための糧を得る必要があった。
そのために彼等が選んだ方法が、クズ拾いと機会修理である。両親が軍の技術者だったラルフはそれなりの知識があったし、彼自身機械いじりは昔から隙だった。ラルフとエミリーも持ち前の体力と、特にクリスはウォーカーの操縦技能を活かして、どうにか生きるための糧を得ていた。
「エミリー、あの噂覚えてるか? 何年か前に、山間部の村が地図から消えたってやつ。そこで国が何かしてるんじゃないかって噂」
「人体実験のための人攫いでしょ? 正直、あってもおかしくはないと思うよ。それに、この子がその人攫いの被害者だったとしても、私は驚かない」
「まあどっちにしろ、目を覚ましたら色々聞いてみる必要があるな」
エミリーは「そうだね」と言って頷いた。ソフィアの話を聞くことができれば多くのことが分かるはずだというのが、この兄妹の共通認識だった。
「クリス、ちょっとこっち来てくれるか?」
ウォーカーの置かれている場所からクリスに対してそう声をかけたのはラルフだった。
「今行く! じゃあエミリー、ソフィアのことは任せたぜ」
クリスは背後からエミリーの「りょーかい、任された」という言葉を受けながら、ラルフのいる方に向かう。
ラルフは〈アルゴス〉の機体状態を確認していた。
〈アルゴス〉の各種メンテナンスハッチが開かれ、いくつものチェック用ツールと繋がれている。ウェポンホルダーや頭部複合光学センサーのバイザー、一部装甲なども取り外されており、本格的な作業をしていることは一目で分かった。
「来たぞラルフ。何かあったのか」
ラルフは〈アルゴス〉のコックピットに入って作業をしていた。クリスの言葉に対しては、モニターから目を離さないまま答える。
「色々と気になるウォーカーでな。とりあえず発信器とかが付いていないことは確認出来た。……しかし、とんでもない性能だぞ、この機体」
「識別名称は〈アルゴス〉って言うみたいだぜ」
「ああ、それは俺もさっき知った。色々調べてはみたが、正直『分からない』っていうのが感想だな。複合光学センサーの形状とか、パーツの配置とか、その辺から考えると、中央大陸連邦系列の機体にも見えるな。ほら、これとか」
ラルフはコックピットから身を乗り出し、〈アルゴス〉の複合光学センサーを指差した。
今はバイザーが取り外されており、〈アルゴス〉の『目』を確認することが出来る。
ラルフの指摘で改めて〈アルゴス〉の複合光学センサーを見たクリスは、思わず驚きの声を上げた。
「バイザーの中、複眼になってたのか。動かしてるときは全然分からなかった」
バイザーに覆われていた部分にあったのは、横一列に並ぶ合計八個のレンズだった。人間をそのまま大きくしたような形状のウォーカーというマシーンだが、頭部の目、即ち外部の情報を収集するために存在する複合光学センサーに関しては、人間の顔の形状を大きく逸脱することも珍しくない。
デュアルアイ型の機体もいるが、ゴーグル型や〈コクレア〉のようなモノアイ型の機体もいる。複眼型のウォーカーを多く生産しているところでは中央大陸連邦が有名だ。
コックピットから身を乗り出したラルフは、その姿勢のままクリスとの会話を続ける。
「装甲強度とか馬力も凄いが、コンバットダガーもかなり興味深い。お前はかなり無茶な使い方をしたって言ってたが、全く刃こぼれを起こしていない。かなり特殊な合金製なんだろうな」
「そういうのって、可能なのか?」
「今の常識だと、ウォーカーの近接用装備っていうのは、多少丈夫には作りはするが、厳密に『斬る』ことは目指していないんだ。だけどこのコンバットダガーは、本物のナイフと同じように材質まで厳密に考えた上で、しっかりと『斬る』事を目的に作ってある。まあ、そういう試作装備的な物は大体分かるんだ。分からないのは主に『コイツ』だ」
ラルフは、一つのヘルメットを取り出して見せた。ヘルメットにはいくつものケーブルが取り付けられており、それはコックピット内部の後方、サブシートのさらに奥に接続されていた。
「ソフィアの被ってたヘルメット、か。何か分かったのか?」
「それについてだが、……クリス、少し来てくれ」
ラルフの言葉を受けたクリスは、コックピットの中をのぞき込んだ。
ラルフはコックピット内を指さしながら、今の段階で分かったことを説明する。
「ヘルメットのケーブルが延びているのは後ろのこの部分。開けてみると中には大量の基盤やら何やらが詰め込まれていて、ちょっと見ただけじゃ全くよく分からない。だけど、そこからさらに、サブモニターに向けて接続されている」
「……! あのサブモニター、見えないところにいる敵の位置を表示していた。何か関係があるのか?」
脱出時にサブモニターへ表示されている光点は『生きている敵の位置』を正確に表示していた。それを可能にする技術は、少なくともクリスには思い当たらない。
ラルフも神妙な顔のまま言う。
「このヘルメットを付けていたソフィアを含めて、隠れた敵を見つけだす装置だとは考えられる。ただ、かなりやっかいな機体なのは間違いない」
「ソフィアが目を覚ませば何か話を聞けるかもしれない、か。でもラルフ、強奪してきたのは良いけど俺達の立場って結構マズいことにならないか?」
「それは軍に対してか? それともレジスタンスに対してか? ……コックピットに座ってみてくれ、少しシステムの調整をやってみる」
ラルフの言葉を受けたクリスはシートに座り操縦桿を握る。モニターには〈アルゴス〉の状態が待機モードであることと、各種ステータスが表示されていた。
ラルフはサブシートに座り、持ち込んだ検査機会を繋ぐ。
「ラルフ、誰に対する立場かって言う話だけど、正直言って両方だ。盗み出してきたんだから、当然軍を正面から敵に回すことになる。それだけじゃないぞ。やっかい事を持ち込んだり、俺達が力を付ける事に反発するレジスタンスのメンバーは間違いなくいる」
「それは今更だな。俺達の周りは敵だらけだ。だけどこの〈アルゴス〉は力になる。暴力に対抗する力と、交渉の材料だ。それに、施設内の印象からしても、このウォーカーはアウルム国軍内部でも機密扱いみたいだし、公に調査は出来ないと思う」
ラルフの推測が楽観的だという事は、クリスにもよく分かっていた。同時に、自分たちが多少の楽観的な予測がなければ何も行動に移せない状況にあることも理解している。
ラルフが無茶な計画を立てても、クリスはそれを実行に移して現状を打開する。それは最初に会った時からから何も変わらない役割分担だった。
クリスは小さく「……まあ、それもそうか」と呟く。
先のことは分からない。
だが、仲間のために強くあり続ける事だけは、クリスにとっていつまでも変わらない決意だった。
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