第一章 強奪(後編)

 相手の〈コクレア〉が超硬質アックスを装備し、クリス達の方に向かってきた。

 施設や兵器の装甲を切り裂き破壊することを目的に作られた、手斧を模した形状の合金製の刃が煌めく。

「やるしかないか……。噂通りであってくれよ!」

 脚部ローラーの急加速によって、超硬質アックスが振り下ろされるよりも先に一気に間合いを詰める。それと同時に〈アルゴス〉の腕を腰だめに構える。

「――今だ、くらえッ!」

 クリスの操る〈アルゴス〉が敵の〈コクレア〉に肉迫し、超硬質アックスが振り下ろされるよりも先に正拳突きを放った。

 相手の〈コクレア〉が怯み一瞬動きが止まる隙を逃さず、超硬質アックスを無理矢理奪い取って振り下ろす。

 合金製の刃が〈コクレア〉の脳天、即ち頭部の複合光学センサーの真上から叩きつけられる音が、〈アルゴス〉のコックピット内部まで伝播した。

 勝敗はその一撃で決着した。

 叩きつけられた超硬質アックスは、複合光学センサーを完全に破壊した。

 〈コクレア〉の両脚部はその衝撃を殺しきることが出来ずに関節部分が破損。直立姿勢を維持できずに横転した。

(……嘘だろ!? この機体、見た目以上にとんでもない性能だ。馬力も強度も、〈コクレア〉とは比較にならない高さだし、反応速度だって敏感すぎる位だ。とても量産を前提にした性能とは思えないけど、軍はいったい何を考えてこんな機体を作ったんだ?)

 だがクリスには、〈アルゴス〉の謎について考えるような余裕は無い。

 いくつかの問題があり、一つは脱出の方法だ。

 施設の外に出るための格納庫のシャッターは総て閉ざされていて、開けるためにはどこかにある開閉スイッチを操作する必要がある。

 そしてもう一つ。

 それが、現在最大の問題だった。

「まあ、この格納庫には動かせるウォーカーもあるわけだし、さっきの放送があってからそれなりに時間が経ってるわけだから、そうなるよな」

 待機状態だった格納庫内の〈コクレア〉が起動し始めた。

 背後のサブシートに座らせたソフィアは先ほどから浅い息を繰り返しており、決して良くない状態だという事はクリスにも分かった。

(一対複数の戦闘になったら間違いなく不利だし、こんな状態のソフィアを乗せた状態じゃ無茶な戦闘は出来ない。万事休すか?)

 どの機体も武器を装備しており、戦闘態勢に入ろうとしている。

 ――だが、チャンスは訪れた。

 格納庫の外に続くシャッターが開き始めたのだ。

「やってくれたか、ラルフ! 最高のタイミングだ!」

 兵士達の側には明らかな混乱があったが、クリスは一切躊躇わない。

 即座に反転し、格納庫内の起動し始めた〈コクレア〉達に対して背を向ける。そして、開き始めた格納庫のシャッターに向けて、脚部ローラーを用いて全力疾走を開始。

 一目散に格納庫の外へ脱出する。

(よし、後はこの演習場を抜けて、合流場所に行くだけだ! ――っ!?)

 周囲を見渡したクリスの目に映ったのは、装備を構えて演習場からこちらに向かってくる三機の〈コクレア〉だった。

 先頭の一機は超硬質アックスを装備しており、その後ろに続く二機は二十ミリマシンガンを構えていた。

(……応戦するしかない。この機体、何か武器はないのか? 固定装備は、……機銃どころか牽引用アンカーすら無し、後は、……両腰のウェポンホルダーに装備あり、……『コンバットダガー』、これか。近接装備だけで三機、いけるか?)

 背後のサブシートに座らせたソフィアは、相変わらず苦しそうに浅い息を繰り返している。詳しいことは分からないが、良くない状態だということだけはクリスにも分かる。

 機体両腰のウェポンホルダーから二振りのコンバットダガーを抜刀。三機の〈コクレア〉を迎撃するために機体を前進させる。

(後ろの二機のマシンガンさえ避けられれば、馬力と頑丈さと反応速度で接近戦なら優位に立てる。やれるはずだ。やるしか、ないんだ!)

 クリスは、敵ウォーカーの攻撃タイミングを見極めることに、全神経を集中させる。

 次の瞬間、不意にクリスの思考に、強烈なイメージが流れ込んできた。

 ――こちらに対して狙いを定めて引き金を引く〈コクレア〉、明らかなクリス達に対する侮り、油断、慢心、そして相手を人間だと考えていないような殺意。

(……何だ!? 今のイメージ、敵の心が見えたのか? でも、どうしてそんなことが? ……いや、やるしかない。どっちにしたって大ピンチなんだ。なら俺は、このイメージを信じる!)

 クリスは咄嗟に〈アルゴス〉を右方向に跳躍させ、敵の〈コクレア〉が放った二十ミリマシンガンの弾丸を回避する。

 演習場は廃棄された無人の町をそのまま利用した物であり、そこかしこに廃墟が存在している。

 〈アルゴス〉を跳躍させたクリスは、その先にあった廃墟の壁を蹴り、二十ミリマシンガンを装備した〈コクレア〉の方へと向けて上空からの奇襲を仕掛ける。

 振り下ろされた〈アルゴス〉のコンバットダガーが、〈コクレア〉の腕を容易く切り落とし、その攻撃能力を失わせる。

 奇襲を受けた敵〈コクレア〉三機の陣形が崩れた。

 クリスはすかさず追撃する。

 素早く間合いを詰め、今腕を切り落とした敵の〈コクレア〉のコックピットハッチに向けて、コンバットダガーを突き立てる。

「俺達が生き残るためだ、やるしかないんだ!」

 コンバットダガーの鋭利な刃が、〈コクレア〉の正面装甲を貫通する。

 クリスは〈コクレア〉から放たれていた殺意が消滅したことを感じ取った。

 それと同時に背後に座らせたソフィアが、苦しげにあえぐ息に混じり小さな悲鳴を上げるのが聞こえてくる。

(どうしたんだ、さっきからのこの奇妙な感覚、それにソフィアの状態。まさか感じ取っているのか? 敵の兵士の意識を。それで、その感覚が俺まで伝わってきているのか?)

 もう一機の二十ミリマシンガンを装備した〈コクレア〉に向けて、今仕留めた〈コクレア〉を盾代わりに使って一気に間合いを詰める。

「抵抗するな、そのまま!」

 クリスは盾代わりに使った機体ごと勢いよく蹴りつける。廃墟の壁に叩きつけられた二機目の〈コクレア〉は完全に動きを止めた。

 しかし今のクリスに安堵するような余裕は与えられていない。

 後方から迫る殺意に反応し、百八十度の反転で振り向きながら、左手に装備したコンバットダガーを振る。

 その刃の軌跡は、最後の〈コクレア〉が振り下ろした超硬質アックスの斬撃と交差する。

「死んでたまるかよ! こんなところで!」

 クリスはフットペダルを踏み込み〈アルゴス〉を前進させる。

 相手の〈コクレア〉は脚部ローラーを用いて後ろに下がり、同時に胴体に搭載されている七.七ミリ内蔵機銃を撃った。

 二十ミリマシンガンよりもどこか軽く、そして速い間隔の破裂音が響き渡るが、その攻撃は〈アルゴス〉には当たらなかった。

「これでッ!」 

 クリスには、相手の攻撃の意志が、機銃による攻撃を行うタイミングが、完璧なイメージとして脳内に流れ込んできていたのだ。

 クリスはそのイメージを信じた。

 七.七ミリ内蔵機銃による攻撃を相手の〈コクレア〉が開始するその直前、クリスは〈アルゴス〉を屈ませて攻撃を回避する。

 そして低い体勢のまま一気に間合いを詰め、コンバットダガーを勢いよく切り上げる。

 その刃は〈コクレア〉の正面装甲を容易く切り裂いた。

 流れ込んでいたイメージが消え、それと同時に〈コクレア〉が倒れた。

「どうにか、終わったのか?」

 クリスは肩で息をしながら、改めて周囲を見渡した。

 今まで戦っていた場所は、廃棄都市を利用した演習場となっていた。多くの遮蔽物と複雑な地形のため、軍の側にしてみれば待ち伏せには最適の場所である。

(敵が隠れているならやっかいだ。それに、ここから見つからないように合流場所まで逃げ切るなんて可能なのか?)

 ふとコックピットの中を見渡したクリスは、複合光学センサーから収集した外の様子を映し出しているメインモニターとは別に、サブモニターの存在に気が付いた。レーダーサイトのようなその画面には、いくつかの光点が表示されている。

(……そういえば、この画面さっきまでは三つのまとまった光点が表示されていたような気がする。でも、今はそれが消えている。……まさか、何らかの方法で見つけだした敵の位置を表示しているのか?)

 合流時間が迫る中、地形も分からない敵の勢力下で、追撃と待ち伏せをやり過ごしながら進もうとすれば、その可能性に欠けるより他になかった。

 クリスはフットペダルを踏み込み〈アルゴス〉の脚部ローラーを起動。サブモニターに表示される光点の位置関係を意識しながら演習場の中を進んだ。

 〈アルゴス〉に乗ったクリスが合流地点に到着したのは、約束の時間の数分前だった。

 クリス達が脱出のために用意した車はトレーラー車であり、これにウォーカーを乗せて幌をかぶせて隠し、怪しまれないようにして脱出するというのがクリス達の作戦だった。

 クリスはエミリー、ラルフと協力して〈アルゴス〉をトレーラーの荷台に乗せ、幌を被せて隠蔽する。

「……エミリー、ラルフ、一つ言っておきたいことがあるんだ」

 クリスはそう言いながら、サブシートに座らせていたソフィアを二人に見せる。

 息はある。

 だが、既に意識を失っていて速く安静にさせた方がいいことは間違いない。

「俺も、正直詳しい事情は全く分からないんだ。それを聞くためにも、早く戻って俺達のところで休ませてやりたいんだ。頼む」

 言葉を失っていたエミリーとラルフだが、切り替えは速かった。

 エミリーはトレーラーの後部座席にソフィアを座らせるようにクリスとラルフに言うと、その隣について看病を始める。

 ラルフはクリスの肩を叩きながら言った。

「なるほど、間違いなく訳ありだろうな、彼女もこの機体も。しかし、今はとにかく感謝だ。車は俺が運転する。後のことは、帰ってから考えよう」

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