鐵―クロガネ― ある少年のアウルム国奪還戦争

タジ

第一章 強奪(前編)

鐵―クロガネ― ある少年のアウルム国奪還戦争

著:タジ


第一章 強奪


 二人の少年が、物陰に身を隠しながら廊下を進んでいた。通信機を手にした一人が、そこに繋がっているヘッドセット越しに呼びかける。

「エミリー、そっちの様子はどうだ?」

 彼は髪を無造作に伸ばしており、顔にかからないように鉢巻きのように巻いたバンダナで上げていた。幼さの残る顔立ちと長めの髪に加え、やや小柄なことも相まって、中性的な印象を受ける。

 腰に付けたホルスターには拳銃が吊り下げられている。勿論本物だ。

 ノイズ混じりの少女の声がヘッドセット越しに帰ってきた。

「こちらエミリー、基地内の見取り図を見つけたわ。監視カメラの死角を案内するから、兄さん達はそれに従って」

「了解だ。頼んだぜ、エミリー」

 そんな通信機でのやりとりを見ていたもう一人の少年は、周囲の様子を警戒しながら緊張混じりの声で言った。

「クリス、エミリーはたどり着けたか?」

「バッチリだぜ、ラルフ。しっかりとお前の読み通りだ」

「情報を持ってきてくれたクリスのおかげだ。この様子だと、レジスタンスのメンバーは、誰もこの情報を掴んでいないと考えて良さそうだな。この基地に試作型ウォーカーが運び込まれたって話は」

 オルゴの軍事基地に試作型ウォーカーが運び込まれ本格的な稼働実験を行う、可能な限りの技術を注ぎ込んだ高性能機になっている、試作中の新型装置が搭載されている、レジスタンスを壊滅させる決定的な切り札だ……。

 クリスは昨日町で軍人達のそんな雑談を聞いていた。

 彼はそのことを妹のエミリー、そしてクリス達兄妹と共に、同じく孤児としてこの町で暮らす親友ラルフに話したのだ。そして三人は基地に潜入しウォーカーを奪うことを決意し、今それを実行していた。

 クリスは、一度周囲を見渡してから言った。

「雑談で機密を漏らすくらいに今の軍は緩んでるのは確かだけどさ。流石にこんな危ない橋を渡ろうとする奴は、レジスタンスの中にいないんじゃないか?」

「もちろん危険は承知の上だ。何しろ新型ウォーカーだ。そんなことを知ってしまったら、誰だって奪い取ってやろうと思うはずだ。俺達みたいにな。そうだろ? クリス」

 ラルフはクリスよりも背が高く精悍な顔立ちだ。そのため、実際の年齢よりも年上に見られることもあり、クリスと並べば二人は兄弟のようにも見える。ただ、実際にはこの二人は同い年であり血縁的繋がりはない。

 クリスはラルフの言葉に対して「……まあ、そうだよな」と小さく応じた。

 現在の世界は、軍拡路線をひた走り武力併合と植民地支配によって勢力を拡大する三大勢力を中心として動いている。即ち、ゴルデア帝国、ヴォルク共和国、そして中央大陸連邦の三大勢力だ。

 クリス達が暮らすこの国、『アウルム国』はヴォルク共和国と中央大陸連邦に北端の国境を接する半島国家であり、数十年前に発生したクーデターによって軍部が実権を握り、一党独裁体制となっていた。

 現在のアウルム国は、決して高いとは言えない限られた生産能力と資金の殆どを軍需産業に投入している。そして、重税と圧制で国内の富を強制的に集約し、絶対的な権力と圧倒的な暴力で自国民に隷属を強いている。

 クリスとラルフは、そんな国で運用されている軍事基地の中を進んでいる。

 当然、見つかれば命はない。

 クリスのヘッドセット越しに聞こえるエミリーの声が、彼等を目的地へと誘導する。

「今の通路を抜けた先にウォーカーの格納庫があるはずよ。ターゲットは一番左端の作業ブロックだと思うわ。どんな様子になってる?」

 クリスは格納庫の方に目を向ける。

 ――その直後だった。

 数人の怒声と悲鳴、そして金属同士の衝突音が格納庫の方から響き渡った。

 ラルフとクリスは身動きが止まっていた。

 兵士たちの怒鳴り声が響き、格納庫の方は騒然となっている。

 最初にこの事態に反応したのは、ヘッドセット越しに聞こえてくるエミリーの声だった。

「――ッ!? 兄さん、今の音何なの!?」

 クリスは妹の声ですぐに気持ちを切り替え、冷静に周囲を観察する。

「格納庫で何かあったみたいだ。……事故、……いや、それにしちゃ様子が変だ」

 警報機が鳴りだした。

 クリス達の進入を察知したことによるもの、ではないようだ。

 施設内のスピーカーから放送が流れる。

『――現在格納庫にて、非常事態ケース三が発生。警備兵は直ちに現場へ急行。拳銃の発砲とウォーカーの使用を許可する。造反者は一名、女。現在試作型ウォーカーに乗り逃走。逃走に使用したウォーカーの破壊、及び造反者の殺害を許可する。繰り返す、現在格納庫にて――』

 その放送が嘘ではないことを告げるかのように、五メートルを超える二機の鋼鉄製の巨人が姿を現した。

 その二機の鋼鉄製の巨人こそ、『ウォーカー』と総称される人型二足歩行重機である。

 五メートル前後の鋼鉄の巨体と、それによって生まれる高所からの絶対的優位、あらゆる地形を走破する二脚、状況に応じて様々な武器を使い分ける二本腕――。

 レアメタル『アテニウム』の発見によって高度な情報処理による動作補助装置の開発が可能になった事に加え、フェルベチア国境紛争における攻撃兵器としての運用を経た今、ウォーカーという存在は『陸戦兵器の王』として君臨していた。あらゆる国や地域において、その開発と運用が行われており、それはアウルム国も例外ではない。

 現れた二機のウォーカーの内の一機、頭部の巨大なモノアイ型複合光学センサーと曲面を多用した装甲が特徴的な〈コクレア〉は最も世界中に普及している機体だ。

 現れたカーキ色の装甲の〈コクレア〉は、間違いなくアウルム国陸軍の機体である。

 しかし、クリスが注目したのは〈コクレア〉に追われるような形で先に姿を現した、もう一機のウォーカーだった。

(あの見慣れない機体、間違いなくあれが俺たちが奪おうとしていた試作型ウォーカーだ。じゃあ、さっきの放送で言っていた造反者の女っていうのが今乗ってるパイロットか?)

 そのウォーカーは、真新しい純白の装甲であり、頭部の複合光学センサーはバイザーのようなもので覆われていた。〈コクレア〉とは対照的な直線を多用した装甲であり、見るからに試作機といった風貌である。

 現れた未知のウォーカーは、周囲の作業機械やクレーン等にぶつかりながら脚部ローラーを使って後退しており、それを〈コクレア〉が追いかけていた。

 クリスは現れた二機のウォーカーから目を離さない。そして、そのまま隣に立つラルフに通信機とヘッドセットを渡し、そして早口で言った。

「ラルフは今すぐエミリーと合流して脱出を開始してくれ。どっちにしたって、今の状況のまま時間が経ったら警備が厳しくなって脱出すら出来なくなる」

「クリスはどうするつもりなんだ?」

「計画通り、あの機体を奪う」

 ラルフは「本気か?」と言おうとし、そしてやめた。クリスが本気だという事はすぐに分かった。試作型ウォーカーを強奪するという今回の計画は、情報を持ってきたのはクリスだったが、実行を言い出し作戦を立てたのはラルフだった。それでもなお、このイレギュラーな状況下で、一番危険な役をクリスが買って出ると言ったのだ。ならばクリスを最後まで信頼し、信じ抜くしかなかった。

「……分かった、ウォーカーの方はクリスに任せる。格納庫正面のシャッターは制御室から俺が開けるから、一時間以内に車のところまで来てくれ。そしたら全員で脱出するぞ!」

 そう告げるとラルフは、来た道を引き返して制御室を目指して走っていった。

 クリスは、目の前にいる二機のウォーカーに集中する。

 今まで不器用に後退していた、クリス達が強奪を企てていた謎のウォーカーが壁際まで追いつめられた。

 よく見ると、謎のウォーカーは正面装甲のコックピットハッチが開いている。

(そういえば、放送では女って言ってたか。珍しいな)

 追いかけていた〈コクレア〉が、相手を追いつめたと確信したのか移動を脚部ローラーから歩行へと切り替えた。

 これに対して謎のウォーカーは今までの後退から一転。脚部ローラーを使って急加速の前進を行い、〈コクレア〉に体当たりを仕掛けた。

 激しい衝突音が響き渡り、不意打ちを受けた〈コクレア〉が吹き飛ばされる。

 謎のウォーカーも、後方に向けてバランスを崩す。

 そして二機のウォーカーは、両機が地面に背面部を打ち付けながら仰向けに転倒した。

「――やるなら、今だっ!」

 クリスはホルスターから拳銃を引き抜いて、物陰から飛び出す。そして、倒れた謎のウォーカーの方に向けて走り出した。

 そして、開けっ放しになっているコックピットハッチの中に向けて拳銃を構える。

「大人しくそこから降りろ! 抵抗しなければ命だけは――っ!?」

 操縦席に入り込み、そこに座る人物を間近に見たクリスは思わず絶句した。

 ――乗っていたのは少女だった。

 彼女が身に纏う、服としては最低限の機能しか持ち合わせていない検査衣のような服装。

 そこから覗く痩せ細った四肢。

 手足に見える無数の注射跡。

 枷の跡と一目で分かる手足の痣。

 今の戦闘で出来たと思われる傷と、そこから滲む赤い血。

 そして操縦席の中に充満する薬品の匂い。

 病的な白い肌、延び放題の髪、浅く弱々しい吐息……。

 そんな少女は奇妙なヘルメットのような物を被っており、そのヘルメットは操縦席の後方から延びるいくつものケーブルと接続されていた。

 彼女が武器になりそうなものを持っていないことも一目で分かった。

 少女が虚ろな目のままクリスを見て呻く。

「……ごめんなさい、……でも、……私は……」

 どう見ても軍人とは思えず、脅して操縦させられるようにも見えない。そうなると、脱出を成功させるためにクリスが選べる選択肢は限られている。

 クリスは目の前の少女と、手にした拳銃を交互に見比べる。

「――これでいいんだ、俺はこれで!」

 クリスは弱々しい力で操縦桿を握る少女の手を引き剥がす。そして、コックピットの後方にあるサブシートを起こし、少女を抱え上げてサブシートの方に移動させる。背格好こそ妹のエミリーとそれほど変わらないが、明らかに軽い。

 少女をシートベルトで固定したクリスは、素早く機体の状態を確認する。

「各可動部、問題なし。各種センサー正常。コックピットハッチ閉鎖、全機体ステータスを戦闘モードに移行。〈アルゴス〉? なるほど、それがこいつの識別名称か」

 操縦桿を握り、フットペダルに足をかける。

 正面のモニターに映し出される〈コクレア〉の姿を睨む。背後のサブシートに座らせた少女が「……あ、あの」と言う小さな声が聞こえた。

 彼女が困惑しているだろうということは、流石のクリスにも想像できていた。クリスはメインモニターを睨んだまま少女に向かって言う。

「クリス」

「……え?」

「俺の名前だ。君は?」

 クリスの問いかけに対して少しの沈黙の後、少女は小さく答えた。

「……S〇二八、です」

(……数年前、いくつかの山間部の村が地図から消えた。国が何らかの実験のために人を誘拐して収容施設に監禁してるって噂があったけど、まさか……)

 クリスは正面のディスプレイに映し出される〈コクレア〉の姿を見据えたまま、背後のサブシートに座らせた少女に向けて言う。

「そうじゃなくて、本当の名前が知りたいんだ。じゃないと、なんて呼んだらいいのか分からない」

 少しの沈黙の後、少女はかすれるような声を震わせながら、クリスの言葉に応じた。

「……ソフィア。……それが、……わ、私の名前、です」

 ソフィア。

 そう名乗った少女の声には、隠しきれない戸惑いがあった。クリスに対する警戒が解かれていないことは明白だ。クリスにしても、この短時間、こんな少ない会話だけで分かり合うことは無理だと理解している。

 それを承知の上でクリスは、ソフィアに向けて話しかける。 

「そうか。じゃあソフィア、俺は今から、この〈アルゴス〉とソフィアのことをこの基地から盗み出す。ちょっと荒っぽいけど、しっかり掴まっていろよ」

 クリスは素早く〈アルゴス〉を立ち上がらせる。

 低く唸るエンジンと、機体の筋肉を形成するモーターやシリンダーが発する振動がコックピットに伝播し、堅いシートを通してクリスに伝わる。

 〈アルゴス〉のコックピット内のデザインはクリスにとっては馴染みのない物だった。しかし、各メーターが指し示すものや、それぞれのスイッチが果たす役割はすぐに理解出来た。

「……あの……、クリス、さん。……ど、どうして、私のことを?」

 クリスはどう答えるべきか少しだけ悩んだ。

 ――この機体が欲しかった。

 それは確かに事実だが、それだけならソフィアのことを叩き出して機体だけ奪えばよかった。にもかかわらず、クリスはそうしなかった。

 ――助けたいと思った。

 そのことは確かに事実だが、全く面識のない人間を、なぜ助けようと思ったのか?

 注意深く敵のウォーカーの出方をうかがうクリスは、そしてハッキリと答える。

「……今まで、沢山見てきたんだ。どうしても許せないような、屑みたいな奴等を。ソフィアのことを見殺しにしたら、俺も屑みたいな奴等の同類になっちゃうって、多分そう思ったんだ。俺はあんな風にはならない。ただ、そのことを証明したかっただけなんだ」 

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