第2話 「猫の部屋」にて

 日が延びたとはいえ、もうこの時間は暗くなっている。もうすぐ、8時だ。




 大達は、すでに「猫の部屋」に入っているようだ。LINEの返事がそれにしてもむかつく。「待ってるよん♥️」という返事の後に写真が送られてきたのだが、その自撮り写真には、ビールジョッキを持ち、ウインクして、ペコちゃんのように舌を出した大と、後ろに同じくビールジョッキを持った凛花ちゃんに、マスターが写っている。何てむかつく大の顔だ。




 自分と史華ちゃんは、街灯のついた夜の街を並んで歩く。


「明日から、お休みですよね? 先輩何するんですか?」


 史華ちゃんが、聞いてくる。そうだった、今日は金曜日だから明日、明後日は休みか。


「う~ん? 土曜はバイトだし、日曜は特に用事ないから、寝てるかな?」


 特に予定はない。大はたぶん練習だし。今から誰か誘うのもめんどくさい。


「えっと、日曜日わたしと、映画見に行きませんか? 一緒に行く予定だった、友達が用事出来ちゃって、行けなくなったけど、チケット予約しちゃったし、キャンセルするのも、もったいないかなって」


 なに~。ラッキーではありませんか! 部活の後輩とは言え、こんな可愛い女の子と、映画鑑賞ですか。用事出来て行けなくなっちゃた友達に感謝ですね。


「いいよ。何時から?」


「えっと、2時半から六本木ヒルズの映画館なんですけど。映画は、スカイウォーズです。大丈夫ですか?」


 おお、なんと。つい先日道場で、自分が大に熱く語っていた映画ではありませんか!

大には冷たく「興味ない」で片付けられてしまったけど、こんなかたちでリベンジできるとは! しかし、女の子がああいう作品に興味持つとは。まあ、いいか。



 そして、六本木ヒルズ? そんなお洒落な場所、何年か前に一度行っただけだ。確か、美術館でアニメの展示をやっていて見に行った時が最初で、最後だ。何着ていこう?


「あの~。岳先輩、嫌だったですか?」


「いや、いや、違う、違う。六本木ヒルズなんてお洒落な場所行くから、何着ていこうかなって、考えてて。楽しみだな~」


「そうですか。良かった」




 自分達は、人通りの多い通りから、道を曲がり、人通りの少ない通りに入る。と、並んで歩く史華ちゃんが、自分の方へ寄ってくる。史華ちゃんの肩が腕に触れる。寂しい通りに入って怖いのかな?




 店の灯りが見えてきた。店の前に立ってガラス戸越しに中を覗く、カウンターには、いつも見かける常連さんが、二人座っているだけだ。ということは、大達はテーブルに移動したのかな?



 扉を開けると


「はい、いらっしゃい。テーブルにいるよ」


 マスターが、カウンターの中から微笑みながら出迎えてくれた。



 店は、8席ほどのカウンターと4人がけのテーブル一つと、二人がけのテーブル一つという小さな店だが、とても雰囲気が良い。常連さん達も良い人ばかりだ。



 マスターは、背はそれほど高くないが、かなりのがたいだ。髭だらけの顔で、ソフトモヒカンと怖そうだが、とても可愛い目をしている。いつも一人の時や、大と飲むときはカウンターに座るのだが。話が面白くて飽きさせない。



 左手を見ると大達がテーブルに座って、楽しそうに話している。大がこちらを見る。


「おっ来た来た。早くこっち来いよ、早く飲もうぜ」


「お待たせ。史華ちゃん何飲む?」


「わたし、ビールちょっと苦手なんで、う~んと、日本酒ありますか?」


 史華ちゃん、日本酒最初からですか? やっぱり酒豪ですね。


 とマスターがおしぼりを持って歩いて来た。


「あるよ。フルーティーなのと、さっぱり辛口なのあるけど。どっちが良い?」


「さっぱり辛口で、お願いします」


「はいよ。で、岳は何にする?」


「自分は、生で。それと、ししとうとエシャレットの豚バラ巻き、ください」


「はいよ」





「乾杯!」


 ビールと、日本酒が運ばれて来てさっそく乾杯。


 料理を持って、マスターが来る。


「そう言えば、大、岳コンビが女の子連れて来るの、始めてじゃないか? 何彼女?」


 すると、常連さんの若い人の方が叫ぶ。


「いいなー彼女、俺も欲しいー!」


「うるせーんだよ。お前はよ!」


 もう一人の常連さんが、若い人の声の数倍の声で注意する。確か、建築関係の仕事をしている人だ。ラーメンが好きで、いろいろなお店を知っている。昔悪かった話と、ラーメンの話など聞かせてもらった。とても面白い人だ。



 若い方の人は、顔に似合わず保育士さんをやっているそうだ。マスター曰く、いいやつだけど、馬鹿なのが玉に瑕だそうだ。大と一緒だ。



「で、彼女なの?」


 すると、大が


「そうなんですよ、かの」


 凛花ちゃんが、それを遮るように、


「いえ、部活の後輩です」


「凛花ちゃん、冷たい」


 大が嘆くと、笑いがおこる。




 ビールは一杯にして、赤ワインに切り替える。大は、永遠ビールだ。凛花ちゃんも赤ワインを飲み始めた。そんなに強くないって言ってた、凛花ちゃんは顔が結構赤い。史華ちゃんは、全然変化なし。おちょこを口元につけながら、器用にしゃべりつつ、結構飲んでいる。



 料理も追加で、ピーマンの肉詰めと、鶏モモ肉のソテーピリ辛トマトソース煮を頼む。どちらも旨い。ちょっと甘いソースと卵に絡めて食べるピーマンの肉詰めが特に、絶品だ。



「そう言えば、先輩達って、大学入ってからの友達なんですよね? どうやって友達になったんですか?」


 凛花ちゃんが聞いてくる、史華ちゃんもふんふん、頷いている。えーと、なんでだっけ?すると、大が話始めた。


「俺大学入ったら、高校の友達とも同じ大学にならなかったし、この体格でこのイケメンだろ? 友達なかなかできなくてさ。」


 まあ、完全に戦闘民族体型で、顔は良いが、完全にやんちゃしてます顔だもんな。


「で、月曜日って、空手と合気道が武道場でかぶるだろ。俺は、ずっと空手やってたし、高校でも結構成績良かったから、部活入って練習に明け暮れてたんだ。友達いないし。そうだ、ちょうどこの時期くらいだったな」


 ふんふんなるほど、全然記憶ない。


「合気道の新入部員で、やる気なさそうなくせに、かなり器用にこなしていくやつがいたんだ。それが岳だったんだけど、今主将やってる柿本なんて、毎日朝から稽古する真面目なやつなのに。岳、朝練で、見たことないもんな」


「おいおい、人聞きの悪い。今は、出てるぞ。2年生に頼まれてだけど」


「だから、今はだろ。まあ、いいや。本当に、だらだらやっていて、なんかむかついてきたんだ。武道なめやがってって。そして、部活休みなの勘違いして、俺が、武道場行ったら、岳も居て。岳に話かけたんだ」


 ん? なんとなく思い出してきた。いや、あれは、話かけたって感じじゃなかったぞ。


「いや、あれは話かけたじゃなくて、からんできただろ? ヤンキーが」


 想像ついたのか、凛花ちゃん、史華ちゃんが吹き出す。


「えっ? そう言われるとそうなんだけど。まあ、それでなぜか、空手と合気道で勝負しようって話になって。俺が、見事に負けたと」


 ずいぶん話を簡略化するな。いやあれは恐かった。本気の空手の突きや蹴りを、ど素人が受けられるはずもなく。ひたすら捌いていたけど。


 最後やけになって、正座して、これだったら、こめかみ辺り狙って右の蹴りがくるかなと思っていたら、予想通りで、その脚を極めて投げたら、受け身とれなくて、大が気絶したんだった。あの後、焦ったな~。


「それで、その後飲みに行って意気投合したと。そんな感じ」


 どんな感じだよ。全然理解出来てないよ。二人とも、自分は、後半部分を二人に説明しなおした。まあ、結論は、話してみたら気があったって事なんだけど。




 その後も、話は盛り上がり、鶏ハムや、クリームチーズをつまみに。飲むペースも早くなる。ちょっと? いやかなり酔ってきた。



「トイレ行ってくる」


 自分は、立ち上がりトイレに向かう。いつの間にか、満席になった、カウンターに座る常連さん達に挨拶しつつ後ろを通って、トイレへ。扉を開けて、中に入り、扉を締めると鍵をかける。便器の前に立つ。



 すると、大の声が聞こえてきた。ここのトイレ、自分のしている音が聞こえるんじゃないかってくらい薄いんだから。



「史華ちゃんも、苦労するよな」


 ん? 何の話しているんだ。


「えっ? えっ? や、何の話ですか?」


「いや、あの鈍感男の話だよ」


「岳先輩ですか?」


 なんで史華ちゃん、鈍感男=自分なんでしょ?


「あいつ、面倒くさがりの上に、自己評価やたら低いからな」


「ですよね~」


 史華ちゃん、同意している。自己評価低いのかな? 面倒くさがりなのはあってるけど。


「頭は良いし、岳が大学決めた理由って家から近いからだぜ。俺なんて必死に勉強して、ようやく受かったのに。顔は、極めて良いわけじゃないけど、人当たりは良いし、スポーツは、何でも無難にこなす」


 へ~。自分の評価ってそんなになのか。あらためて、トイレの鏡を覗き、自分の顔を見る。


「で、3年で合気道3段。初心者が、簡単にとれるかっていうの」


「本当に、凄いですよね~。まあ、それで、やる気男子の後輩からは、評判悪いんですけど」


「史華ちゃんの評価高いから、良いんじゃない。それより、岳おせーなー。うんこか?」


「大先輩汚いです!」


 大が、凛花ちゃんに怒られる。しまった、話聞いてて、トイレから出るの忘れてた!

慌てて、トイレを出ると、席に戻る。




「ごちそうさま~。美味しかったです」


「また、来てよ。大と岳いなくても、寄ってよ。女性のお客さんも結構来るから」


「はい、是非」


 凛花ちゃん、史華ちゃんの声がかぶる。う~ん、結構飲んだな。こういう時は、先輩がおごるもんなのだが、明日、バイト代入るから良いけど 、いい金額になった。凄く楽しかったから、良いけど。





 店を出て、大通りに戻ると、大が


「俺たちこっちだから、史華ちゃん、駅までちゃんと送って行けよ!」


 と言って、二人で去っていった。どこ行くんだ? まあ、良いか。



 自分は、史華ちゃんと並んで駅に向かう。そうか、日曜日映画か~楽しみだ。



 駅に到着すると、史華ちゃんは一人改札を抜け、振り返り、振り返り、手を振りつつ去って行く。


「日曜日のデートの詳細、後でLINEで、送りますね。おやすみなさい」



 ん? デート?

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