第20話
20
真っ先に食べ終わったのは1番で、俺は少し遅れてごちそうさま。
「美味しかったな。かなり辛かったけど。」
1番は少し物足りないようだ。メニューをキョロキョロと見ている。
俺も置いてあるメニューを、持たずに眺めて他に何かないか探していると。
「お粗末様、口にあったようで何より。これはサービス」
マスターはデザートとしてアイスを置いて、食べ終わった食器を回収して去っていった。かなり忙しいようだ、他の店員さんもいるがマスターも忙しなく動いている。
「マスター大変そうだな。」もらったアイスを食べながらいう、まだ辛い舌で冷たいアイスを食べるとすごく甘味を感じて心地いい。
「そうですね。今度来る時は時間をずらして来ましょう。」
いつのまにか1番がアイスを食べ終わっていた。もしかして1番は食べるのが好きなのか?そう思って俺は1番に「アイス追加する?」と聞くと。
「え!いいんですか?‥。いいえやめておきます。」
輝くような笑顔の後に仏のような無欲な顔になった。そうだな、サービスなんだからこれ以上は申し訳ない。
もうカウンターも他のお客さんで、机にも家族連れのお客さん席が埋まってる。
「待ってる人もいるし、そろそろ出るか。」まだ映画の時間まであるがもう限界だろう。「そうですね。叔父様に言って出ますか。」二人でカウンターから離れてマスターに話かける。
「叔父様、今日はごちそうさまでした。美味しかったです。」
「ああごめんね。あんまり話せなくて。今日は私が出しておくから。」
「え?いいんですか?」財布を用意しながら言ったがマスターは首をふり、「ああ大丈夫だよ。君はこの店と食べ物を褒めてくれたね、ありがとう。」
そしてマスターは厨房に入っていった。せっかくのご厚意だ受け取っておこう。
「じゃあ、行くか。」「はい、行きましょう。」
二人で外に出てまた少し歩く事にした。
「優しい人だな。」1番にマスターの印象を伝えてみる。「はい、叔父様は昔から優しい人です。」
食事に満足したようで1番はニコニコしている。そして不意にこちらを向いた。
「それで、この後はどうするんですか?」
駅に向かいながら1番が聞いてきた。今まで秘密にしていたがそろそろいいだろう。
「映画をみるつもりな、これなんだけど。」そう言ってスマホに送られているチケットを見せると。「え!?これって。いいんですか!?今すごい人気なのに。」
驚き半分、嬉しさ半分って感じの顔。「ああ、もちろん。そのためにロイヤルチケットなんだ。」「4番君‥。嬉しい‥。」心底嬉しいのか静かに言ってくる。
「じゃあ向かうか。まだ時間があるけど。」
ここから映画館の駅までは30分ぐらいだ、ゆっくり歩けばちょうどいい位だろう。
「はい、早く行きましょう!。さぁ早く!。」
1番が一人でどんどん駅に行ってしまう、俺も急いで1番を追って駅につきが、幸か不幸か急行の電車がついていて二人で飛び乗る。
「1番、大丈夫だから。まだ時間はあるから。」「あ、すみません‥。私映画館も一緒に行くのは初めてで‥。」ようやく落ち着いたのか1番はしょんぼりしてしまった。別に怒っているわけじゃないからいいのだけど、少し早すぎたかもな。
「映画館は初めてじゃないのか?」「あ、はい。映画館は家族と何度かですけど、最近は行ってないですね。」俺も実際の所は久しぶりだった。小学低学年以来行ってないから、もう何年も行ってないな。
「そういえば俺も、身内以外と行くのは初めてかもな。」
1番を慰めるつもりではないが、ふと思って言ってみた。
「え?そうなんですか?なら私と一緒ですね。」
やっと1番が笑ってくれて、一安心。このまま映画館に行くのはつらかったかもしれない。
「この映画で良かったか?家族で見に行く予定だったとかは?」危惧してた事を聞いてみた。しかし1番は「いいえ。この映画は今どこも人気でなかなかチケットが取れなくて。だから私嬉しんです。本当にありがとうございます。」
もしかしたらもう見たけど、俺を気遣ってとも思ったが。1番のこの笑顔を信じる事にした。
「そろそろ着くな。」
「あ、そうですね。降りますか。」電車から出て駅に降りる。
「えーと、どこの出口が近いですかね?」1番が案内板を見ながら言うが。
「こっちの出口からが1番近い。」俺がそう言って1番に出口の場所を地図で指差す、
行きも帰りも合わせて既に3回は通っている、迷ったりしない。
「すごいですね。この辺り詳しいんですか?」
「え?あーっ。まぁ、そうだな。最近出入りしてるな。」
嘘はつかずに話せる真実だけ話す。
「そうなんですね。‥ありがとうございます。私のために‥。」
「お、おう。大丈夫だ。」
1番のため半分、シスターのため半分って所だ。言わないけど。
今1番は自分のために下調べしてくれたと思っているらしい、事実初日はそうだったから否定はしない。
「ここから近いからゆっくり行くか。あーでも、このチケットの部屋。」
「部屋?」
「ああ、この席がある部屋って少し前から入れるらしいな。」
少し前っと言っても本当に少し前だ、チケットの確認や部屋の確認などそもそも入るのに普通の席より時間がかかるため早めに来ておくってのが本来かもな。
それでも、部屋の掃除とか色々あるから今は入れないだろうが。
「1番が急いで正解だったかもな。今から行けばもしかしたら入れるかもな。」
「部屋‥。!そ、そうですね!今から行って慣れておくべきですね!。」
慣れる?確かに色々な機能がついた席らしいから俺も機能をいじって慣れておきたい。
「だな、じゃあ真っ直ぐ行くか。」
「はい!真っ直ぐ‥。はい‥部屋に。」
そう言って歩き始めるが、大分1番は緊張しているらしいな。人にぶつかりそうになったり同じ側の手足を出し歩いたりしている。
こう思うと俺もどんな部屋なのかワクワクしている、早く入りたくて自然と早歩きになってしまう。
駅を出て真っ直ぐに映画館に向かう。
「はい、確認出来ました。しかしまだシートの準備が出来ておりません。今しばらくお待ち下さい。大変失礼しております。」
窓口の係員にチケットを見せたが次のような態様だった。
当然と言えば当然だな、まだそもそも上映まで1時間以上ある。俺も早く席が見たくて急いで来たが速すぎたかな。
「まだ入れないらしいな。」後ろの1番に振り返って言うと1番は、「そ!そうみたいですね!でも、まだまだ焦らなくていいと思います!ゆっくりでいいと思います!。」っと、さっきと真逆の事を言っている。まぁ、俺自身も結局急いで来てしまったので人の事を言えないが。
「少し時間を潰すか。確かこの辺りに大きいCDショップがあった筈だし。」
まだCDショップっと言うのか知らないがあったはず。
「はい、私もそこに行きたいです。」との事なので向かう事になった。と言ってもすぐ近くだったので迷いもしなかったけど。
店に着き軽く店内を見て回り新発売の品がある棚の前に止まる。
「1番って音楽好きなんだろ?やっぱりクラシックが好きか?」これから見に行く映画はクラシック音楽家なので一応聞いてみる。
「そうですね、好きですし。昔から聞いていたのはクラシックと言われるもので耳に残っていますね。当時はこの音楽はクラシックって言うのを知らなかったんですけどね。」昔から聞いていたから好きになったか。
「じゃあ、この辺のJPOP とかは聞かないのか?」適当に近くにあった新発売のCDを見ながら言ってみると、「あの‥それは‥少しだけ‥。」なかなか歯切れが悪い返事だ。1番らしくて可愛いけど。
前に2番が車で、没収がなんだっと言っていたな。J-POP そのものなのかは、知らないが多少寮に持ち込んでるのかもしれないな。
「そうか、俺は音楽ってほとんど知らないんだよな。CD持ってないし。」寮は勿論家の部屋にもCDはない、パソコンとかスマホは持ってるから聞こうと思えば聞けるが。
「え?そうなんですか。すみません‥。私誕生日とかは聞きたい音楽のCDを買ってもらってたので、少し驚いてしまって。」
「いや、別に気にしてないぞ。‥そうだな。何か買ってもいいかもな。」
そう言いながら人気商品を見てみるが全く知らないミュージシャンばかりだ。
「そうですね!だったらこの辺の‥。」
1番に言われるままにオススメのCDを買う事にした。いまいち知らないからこそ食わず嫌い?せずに買えた。
「そろそろいい時間だな、行くか。」買って店を出たら後30分ほどだった。
今から行けば丁度良いくらいだな。
1番と映画の窓口に行き、今度こそ席に案内される。
最初に通されたのは個室客専用のロビー受付に案内された、そこで改めて受付。
「はい、確認出来ました。ようこそおいでくださりました。2名様でお間違いないですか?」ここから部屋に通す為か何人か聞いてくる。
「二人で間違いないです。」「は、はい!二人です。」俺と少し上擦った声の1番と返答をする。
「では、ここの禁止事項についてご確認をしサインをして下さい。」
禁止事項?聞いてないが渡されたアンケート用紙みたいな紙を見てみると、火気厳禁・飲酒厳禁・室内の設備に対する破損行為それに類する行為の禁止などのものだった。そんな事をする人いるのか?まぁ、いるからサインするのか。
上記をした場合の処分について書いてあるが賠償がトップに書いてあるため壊されるのはよくあるのかもな。
「ん?なぁ、1番?」項目に気になる条項があり1番に聞いてみる。
「はい、何ですか?」「この個室を使用する上での相応しくない行為って。何?」
俺が聞いた瞬間に1番と受付の女性の空気が凍りついたのを感じた。
「そ、それは‥えっと‥。」1番でもわからないのか、なかなか言ってくれない。
相応しくない?相応しくない火気や飲酒が書いてあるのにこれだけが内容をボカしているように感じる。
「お、お客様。そろそろ上映が始まります。後、それについては気にしなくて構いません。おそらくまだ関係ない事と思います。」受付の女性が慌てて言って急かしてくる。おそらく関係ない?でも受付さんが言うのだから関係ないのだろう。まだ少し時間があるけど、急いでサインを二人して終わらせる。
「これで良いですか?」「はい。大丈夫です。部屋を今案内します。」
そう言ってロビーから部屋に案内される。「こちらです。」受付さんは鍵を開けてくれた。
「ありがとうございます。」そう言って俺が部屋に入ると、まず目に入ってきたのは足置きがついたソファーのような座席、それが二人分の席になっている。
そしてスクリーンが一望できる全面ガラス。
軽く室内を眺めていると、「あ、あの‥ありがとうございました。さっきは‥」「いいえ、大丈夫です。ではこれで。」1番と受付さんがヒソヒソ話しているが俺にはなんの事かわからない。
「ん?何かあったのか?」「いいえ!大丈夫です。さぁ、座りましょう。もうすぐ始まります!」1番は言いながら席に座る。俺も座ってみる。
「お!結構いいな。このシート。」固すぎないで柔らか過ぎない、肘掛にシリコンでも使っているのかいい感じに反発力がある。
「あ、ほんとですね。この席。座りやすいですね。」
この席に一人3万近く払ったのだ、いいに決まっているがこれは想像以上だ。
「な、いいよな。」「はい、いいですね。」二人して顔を向けあって言うと気付いたことがある、一つは思ったより1番と顔が近い事。そして1番の髪の香りが振り向いた瞬間に漂ってきた。
1番も顔が近いと思ったのか、二人してすぐに顔をスクリーンに向ける。
「いい、よな‥。」「はい‥。いい、ですね。」前に膝枕等をしてもらったのに未だに顔が近いと恥ずかしい。
「そ、そろそろだな。始まるぞ。」
恥ずかしさを忘れるために映画に集中してみるが、1番の髪から甘い香りがする。
まず最初は広告等のCMが始まる。広告だけなのに部屋に備え付けられているスピーカーからの音響に迫力があり感動する。
「うわ‥。すごい‥。」1番も感動していのか小声で言っている。
そして本編が始まると最初に主人たる音楽家の葬式から映像が流れる。そこには多くの、二万人近い人々が参列したらしく中には彼と同じ位有名な音楽家が参加していた。これは史実で実際にこれに近い事が起こったらしい。
「これは、すごいな。この音楽は‥。」
「はい、彼が生涯に書き上げた一曲一曲です。」
それぞれのシーンごとに違う曲が流れるが俺でも知っている曲や知らない曲が流れて、彼の偉大さや苦悩を映画として最大限に表現しているように感じる。
場面が移り変わり幼少期が流れるが、今ではスパルタとは言えない虐待と言えるような教育を父から受けている。
凄まじかった。その後の音楽に対する嫌悪感、しかし憧れの音楽家に会いに行くため旅に出るが、その途中での母の死、そして難聴の発症等の生涯を一つ一つ丁寧に俳優らが演じている。
「‥‥。」「‥‥。」二人して黙って見ていた。来る前には部屋の機能をいじりたいと思っていたが、そんな事忘れるような光景だった。
気づけばもう1時間と半分が過ぎた。中盤に差し掛かり平和な時間が流れる。
「折れなかったんだな、この人」心からの感想だった。それを演じている俳優にも感動したがこれがほとんど史実だと言う事にも驚きだった。
「はい、私もそう思います。これが彼の人なんですね‥。」
二人で一息ついて感想を言い合う。これは、また見たくなる映画だった。
そう言っていると場面は少しセクシーなシーンに入った。「‥‥!」確かにこの映画にはこういったラブシーンは彼を表現する上で必要なのだろう。
だが、「‥‥。」「‥‥。」この今二人しかいない中での空気はかなりつらい。
「‥ジュースでも‥飲むか。」なぜか自分でそう言ってジュースを飲むがなかなか終わらない。実際には短いシーンなのだろうがこの時間がすごく長く感じる。
目だけで1番を見ると1番も顔を赤くしてジュースだ、ポップコーンだ忙しなくしているが。「うわ‥、こんな‥。」確実に見ている。これを割と見れるという事は以外と1番は大人なのかもしれない。
シーンが終わり次のシーンに移り変わる。少し安心した。
そこでは難聴の悪化していまい。遺書をたずさえて自害について考え始める。
少なくとも俺は彼が世界的偉大な音楽家だと知っている、その全盛期に入る前の彼が自害を考えていたなど知らなかった。
「聞こえないって、本当なのか?」誰かに聞きたい訳じゃないのに口から溢れでた。
そこに1番は優しく「はい。彼は映画の通り聴覚を失っていきました。」と答えてくれた。1番が見たがっていると聞いたから見ているのに俺も1番と同じように熱中していた。
しかしその苦悩を乗り越えてた時から、彼の黄金期が始まった。この頃から作曲した曲が彼を彼たらしめるものだった。
そして彼は完全に聴覚を失い神経系の病と闘いながら傑作と呼ばれる大作を作曲した。
知らない事ばかりだった。涙が出る感動ではない、まさしく彼が歩いた生涯そのものだった。それを垣間見ていた。
おこがましいにも程があるが、俺は彼の人生をい歩けないと思った。
俺は一度逃げてそして戻らないと決めた。決して悪いことだと思わない今更引き返そうとは考えないが、彼はこういう生き方をしたのかとひとり想像した。
「‥終わったな‥。」「はい、終わっちゃいました‥。」あとで盛り上がる映画ではなかった。だが噛みしめる映画であったのは、間違いない。
エンドロールが終わるまで立てなかった。
「お疲れ様でした。またのご利用をお待ちしています。」
受付さんに挨拶をしてもらい二人で帰ることにする。
「じゃあ、これから家にいくか。」まだ映画の余韻が残っているが少し気分を入れ替えるために言う。
「買い物もですね、では行きますか。」
1番がそう言って出口を見る。そう言えば期待して欲しいと言っていたな。何か買いたい物があるのだろうか。
「どこで買う?家から三十分ぐらいで大きめのスーパーとかは行ける所があるけど。」
何か時別な物を買う買うのなら早めに聞いておきたい。しかし1番は「えーと、そこで大丈夫だと思います。多分買える物です。」
1番が何を買うか知らないが本人がそう言うならそうなのだろう。なら1番に従おう。「わかった、なら行くか。」そうして映画館を後にした。
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