第15話
15
暴力は振るっていないように見えた、人目に付かないようにもされていないだろう。
学校の授業や生活で傷跡が残って見えたら大事で、シスターが通っているのはミッションスクールなんだ、保護者に相当する家で虐待なんてバレたら更に大事になる。
だったら、資金と学費を盾にシスターを揺すったって所か。
「‥教会への融資は、本当にもうないんですよね。」
「はい、もうしていないそうです。」
最後の確認だ、だったらシスターを5番の家に縛り付ける鎖の一本は消えた、いや元からなかった。
「ちょっと、親父に電話してきます。」
「わかっておられますよね。」
「はい、大丈夫です。」
人を一人保護するのは簡単じゃない、さっき秘書さんに言われたことだ。
そう言って俺はリビングから自分の部屋に向かい親父に電話をする。
親父への確認が終わり、電話を切ろうとすると。
「待ちなさい。」
「‥勝手すぎた?」
知らない女の子を家に上げて、旅行中の親にわがままなお願いをする、あまりにも図々しかったか。
「そうだな、正直言って驚いた。」
不思議だ、親父は怒っているというより関心しているように感じた。
「お前は外部進学すると言うまで、私の言うことにただ従っていたな。そんなお前が外部に進学したいっと言って驚いた。」
「‥‥。」
親父の話をただただ聞いていた。
「わがままになったと思った、その矢先にあの事件で、今度は放っておけばいい人のためにお願いか。」
「‥ごめん‥迷惑かけた‥。」
去年の夏から数えて約8ヶ月振りに謝った。
もし何かあれば会社に打撃になるような状況なのだ、場合によっては秘書さんに命令してシスターを叩き出すことも出来たはずだでもしなかった。
「そうかもな。だが、お前は変わったな。」
「‥ある人が助けてくれた、その人のお陰で変われたんだ。」
正直に話す事にした、俺も親父に誠意を見せるために。
「聞いたぞ、2番の所の子か。全く‥凄い相手だな‥。」
母さんか秘書さんか知らないがバラしたな。
「わかってる。学生同士での関係でも‥。」
2番の家はほとんど貴族に近い、そんな家との関係を勝手に作った。それは会社のためにならないかもしれない。
「別に怒ってるわけじゃない」
「え?」
親父の返事に驚いた。確実に縁を切るなり別の関係になれと言われると思った。
「え?じゃないだろう。別れろと言われると思ったか?そんな事向こうの家に寧ろ悪いだろうが。」
まぁ、言われたとしても絶対言われた通りにしなかったが。
「ただ、そうだな。血は争えないと思ってな。」
「親父‥もしかして母さんとは‥。」
「ゴホンッ、とにかく話した通りだ。急げよあまり時間はないぞ、またな。」
そこで電話が途切れた。
「血は争えないか。‥親父も苦労してるな。」
急いで秘書さんのいるリビングに戻り話の内容を話す。
「わかりました、ではこちらで手筈をしておきます。4番様はシスター様を」
「はい、説得して来ます。」
秘書さんはまたノートパソコンとスマホを使いどこかと連絡し出した。
後の事は任せて俺はまた階段を登り、今度はシスターの部屋に向かう。
「シスター起きてるか?」
「さっきからドタバタうるさいのよ、起きてるわよ。」
スゲー不機嫌そうに言ってくる、そんなにうるさかったか?
「悪い、スマホを確認した。昨日の電話はシスターの教育係か何かか?」
「‥そうね、そんな所よ‥。」
俺の考えは当たったらしい。
「明日、俺の方から電話をかけてみる。」
「‥何を話す気?」
スマホを確認したと聞いた時から想像がついていたらしい。
驚いているがそこまでじゃないようだ。
「シスターを手放すように話してみる。」
「私を?なんの為に。」
シスターは元々は俺を使って会社や2番の家を脅す為に近づいて来た、そんな事実上のスパイのような人を助けると言っているんだ。
俺が何を言っているかわからないだろう。でも、俺にはシスターを助ける義務がある。
「昨日の紅茶とパスタソースのお返しな。」
「はぁー?!何言ってるの!?」
今度のは想定外だったのか部屋から飛び出して来た。
「バカなの!そんなに私が‥可愛いからって‥。」
なんて自意識過剰な反応だ、俺が言い出した事だが。
「そんな所だ、それにシスターもこのままじゃ嫌だろ。」
未だに狼狽えているが、話が進まないので無視する。
「それは‥そうだけど‥。」
「学費については話がある。多分どうにかなる。」
「え?なんで、そんな事わかるのよ。」
「学術都市ってわかるよな。」
「‥知ってるけど、それが何?」
あまりにも話が飛びすぎて頭がパンクしそうになっているが、続ける。
「学術都市の一校、俺が通う事になってる学校があるんだが、それが実験校でまだ開校してないから学生を一人でも欲しいらしい。」
「‥‥。」
なんの話かわかってきたらしく大人しく聞いている。
「だから奨学金を給付で出してくれるらしい。しかも入学前の学費も出してもらえる、寧ろ実験校だから学生が増える事には遠慮がないみたいだ。」
「‥だから私にそこの学校を目指せって?」
前に秘書さんから聞いたが俺が受けたのは、親父が手を回して落とす為に作ったテストで本来はあんなに難しくないようだ。それに多分推薦で行けるだろう。
「貴方の言いたい事はわかった、そうね、いい話ね。」
口ではそう言っているが乗り気な感じではない。
「でも、私の保護者としての立場は5番の家で、そんな勝手あの家が許す訳ないし仮にすぐ受かったとしても今の学校の学費を払えないかもしれない。それに、私はあの家に恩義があるの‥。」
今の学費に親権に恩義か。
「シスター、聞いてくれるか。」
「何?もういいの。私はずっとあの家に」
「俺には心的外傷があって、それをつけたのは5番だ。」
「え。でも‥だからなんなのよ‥。」
そんな事を急に言われて驚いた様子だ。そうだな、ここ最近なりを潜めて表に出ていないから信じられないかもしれない。
「そっちと同じだ自覚があるだろ、シスターにも。」
「‥ええ。」
直接言われたのは初めてか、それとも他人に見せたのが初めてか、震えた返事をしてくる。
「俺は講堂で5番にジェラルミンケースで殴られそうになった。それっきり講堂に入るだけでつらくなって、もう殴られそうになった部屋には入れない。」
「‥うん。」
トラウマの気持ちがわかるのか静かに聞いてくれている。
「俺は所詮は未遂だ。実際に怪我をした訳じゃない。だけどシスターは違うんだろう。」
「‥私も殴られてわけじゃないわ。脅されただけよ。」
やはりか、シスターは金を盾に脅されていたようだ。
「でも、俺はすぐに助け出された。守ってくれる人がいた。それなのに俺は苦しかった。」
「‥‥。」
「俺はシスターのあの姿を見たくない。もうして欲しくない。」
シスターが今何を考えているかわからない、知った口を聞くなと思っているかもしれない。今まで隠してきた所を踏み荒すようなことを俺はしている。
「だからシスターは恩義なんか感じなくていい。もう戦わなくていい。なんのしがらみなく、またあの喫茶店に行こう。学費についてはどうにかしてみる。」
これが俺の本心だ、俺もシスターも驚いたあの紅茶をまた飲みに行きたい。
学費は親父か爺さんに頼み込んで取り引きがある会社に制度がないか探そう。
「‥ありがとう‥でも‥。」
下を向き泣きながら言ってくる。
「親権についてでしたら問題ありません。」
振り返るといつのまにか秘書さんが階段を登って来ていた。
「問題ないって?」
「出資がなくなり、善意で学費を出しているだけの形になったため、親権も元の教会に戻り里親委託になっていたようです。」
何から何まで嘘だったようだ。
そうかだからこそシスターが選ばれたんだ、シスターが失敗して5番の家の命令だとわかっても親権は教会にある、だったらうちの会社は親権者である教会を相手にするしかない。まるで使い捨ての鉄砲玉だ。
「‥‥。」
ん?シスターが震え始めた、無言で。
「どうした?大丈夫かシスター?ベッドに横になった方が。」
また発作が出たかと思い休むように言うが。
「‥そう、そうだったのね。こんなに簡単だったのね‥。」
「え?」
なんだろう、シスターが震えているがなんか思ってるのと違う。
これはあれだ、武者震いってやつだ。
「私のスマホどこ?」
「こちらです。」
秘書さんがすっと渡す。
「明日、貴方が電話をするのよね。」
スマホを少し操作して、顔を上げだした。
「あっはい。その予定だけど。」
シスターが顔をあげて満面の笑みで言ってくる。
うっ、この顔は綺麗だけど怖い。
「じゃあ、明日暇よね?」
確かに何も無いが、それにこの笑顔に逆らえないように感じる、2番とはまた違う圧力。
「ああ、暇だけど。」
何かをシスターが起こそうとしているとわかり及び腰になる。
キリキリキリ、胃が痛くなってくる。
「じゃあ付き合って、明日あの喫茶店に行くから。」
「へ?いいけど急にどうした?」
俺の返事を聴くとシスターはフッと笑い。
「ちょっと待って、今話しつけるから。」
昨日から使っている客室に入って出て来なくなった。
「‥‥。」
「‥私はこれで失礼します。今までわかった事はメールしておきますので、確認して下さい。何かあればまたお電話を。」
「あ、はい。ありがとうございます。何度もすみません。」
呆然としていた俺に秘書さんが現実に戻す。
「いいえ、私も4番様の成長を手伝えて嬉しく思っています。それから」
「それから?」
「明後日は1番様とのお出かけも忘れないように。」
そう言って階段を降りていった。
忘れているわけ無いがここ数日忙しかったので、忘れない様に言ってくれたのだろう。
「‥昼の準備するか。」
とりあえずシスターを待とう、話はそれからだ。
「マズイ。」
教えてもらって初めての感想がこれである。
「悪くないと思ったんだが。」
「ダメね。」
昼食が終わり食後のお茶の時間である。
片付けが終わり次第、どこからか蒸らし器?みたいなポットを持ってきてお茶の淹れ方を教えてくれた。なんで俺よりこの家の物を知ってるんだ。
「練習が必要ね。休みの間にそれなりの物を出来る様にさせてあげる。」
これである。別に構わないが休み中ずっとこの家にいるつもりか。
「それで聞いていいか?何を話したんだ?」
部屋から出て来てまだ電話の内容を話してもらっていなかった。
「明日、あの喫茶店で話があるから一人で来いって呼び出したの。」
「っ、大丈夫なのか?そんな命令して。」
シスターと教育係の普段は知らないがそんな呼び出しして素直に応じるのか。
「大丈夫よ、舌打ちこそ聞こえたけど来るそうよ。最初に困ってたのは向こうだしね。貴方の弱みが欲しくて仕方ないみたいね。」
ゾッとする話だった。それなりに格がある家が俺を狙っていると改めてわかった。
「それに大分焦っていたみたいね。向こうで何かあったようね。」
恐らく2番だ、2番の家が何かしら5番の家にとって不都合なアクションをしたのか。
もしそうなら、これで5番の家の目的が一つ消えた事になる。
「これであの家は私の言うことを嫌でも無視できなくなったみたいね。」
「なら明日は。」
「そうね。明日はあの家と離れる話をするつもりよ。」
本来の彼女はこういう子なのだろう、はっきり言い物怖じしない強い人なのだろう。
でも気がかりな事もあった。
「今の学費は‥」
「それも大丈夫、考えがあるわ。」
そう言うとシスターはお茶の飲み始めた。
なら俺もシスターに任せるが本当に大丈夫だろうか。
「じゃあ俺は、近くで隠れていた方がいいか?」
俺と何かおこす為にシスターを送り込んだのだ、一緒にいてはダメだろう。
「え?何言ってるのよ。貴方は私の隣よ、隣。」
「いや、マズイだろ。何か勘違いされたら。」
「前に言ったでしょ。証拠として写真を送れと言われたって。貴方を隣において私とあの女で脅す形にするのよ。寧ろ貴方がいないと向こうが勘付くかもしれないし、一緒に喫茶店でアイツを待ってハッキリ言うのよ。それに隠し撮りするなんてあの女のプライドが許さないでしょうね。」
あの女か、それはきっと教育係だろうな。
「まぁ、確かにプライドを捻じ曲げてでもするかもしれないけど、その時は守ってあげるから安心して。」
守るか、ついにこの子にも言われたな。
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