VOL.5

 ゆっくりと目を開ける。

(もう朝か・・・・?)


 俺は思った。

  

 頭を少し上げると、目の前に『彼女』の顔があった。


『カレン』は俺の頭を膝の上に乗せていてくれたのだ。


『大丈夫ですか?』


 心配そうな声で、彼女が俺に囁きかけてくる。


 俺は黙って頷き、上体を起こして辺りを見回した。


 リビングはそこら中穴だらけ、ゲリラに襲われたどこかの村さながらである。


 立ち上がり、肩と太股を触ってみるが、軽い痛みが残っているだけで、弾丸たまの当たった痕も、血の流れた痕も見つからない。

 

 三人組の無頼漢達は武器を放り出してあっちこっちに転がっていた。


 俺は立ち上がり、男たちを調べてみたが、全員気を失っているだけで、息はちゃんとしているようだ。彼らも俺同様、どこからも血が流れちゃいなかった。


 首と肩を回してみる。やっぱりどこも正常、何ともない。


 壁からコードを垂らしてぶら下がっていた電話を取ると、俺は指定の番号にかけた。


 受話器を戻した後。


『腹は減ってないか?ミルクとビスケットでもどうだい?』


 彼女を振り返って声を掛けた。


 当り前の少女の、当たり前の笑顔が返って来た。



 数時間後、例のMⅠBの三人と、それから米軍の戦闘服を着て、自動小銃で武装した数名。スーツ姿の日本人二人と米国人。

それに『切れ者マリー』という、世にも珍妙な一団がリムジン一台、大型のワゴン車二台。それに覆面パトに分乗してやってきた。


 彼女は身支度を整え、部屋を出て来る。MIB達は戦闘服姿に何やら英語で指示を与え、黒ずくめの三人組を引っ立てて行った。


『ご苦労様』


 マリーが何時の間にか俺の隣にやってきて、手錠腰縄で数珠つなぎにされた黒ずくめ達が米兵に拘引されてゆくのを見送っていた俺に声を掛けた。


『あいつらが何者か・・・・聞いても答えてはくれないだろうな』


 シナモンスティックを咥えて俺が呟くと、


『聞かない方が貴方の為よ』


 意味ありげな口調でそう言った。


 別荘ロッジの中の状態については、オーナーと話がついている、弁償と修理は警察庁と米国政府で何とかするから心配無用よ、だとさ。


『小父様!』


 後ろから可愛らしい声を掛けられ、俺が振り向くと、


『カレン』が恥ずかしそうな顔でそこに立っていた。


 赤くて白い縁のついた、『ミス・サンタクロース』みたいなコートを着ている。

 実に可愛らしい。


『有難うございます・・・・』恥ずかしそうに頬を染めて頭を下げた。


 俺は黙ってポケットから小さな紙包みを出し、彼女に手渡す。


『プレゼントだ。昨夜枕元に置いておこうと思ったんだがな』


 彼女は俺を見ながら『中を開けてもいいか』と聞く。


 俺がうなずくと、彼女は袋を開け、

『わぁっ』と声をあげた。


 驚くほどのものじゃない。


 シルバーのチェーンの先に、雪ウサギのマスコットがついたキー・ホルダーだ。


『有難う』彼女はそう言って、頬を赤く染め、俺の方に身体を伸ばす。

 カレンの唇が、俺の頬に触れる。


『私は、これくらいしかあげられませんから』


『いいよ、十分だ』

 そのまま走り去ってしまっていった。


『どうする?パトカーで送りましょうか?』


 マリーの言葉に、


『そうだな・・・・赤色灯パトランプを回して、をやらないんだったら、お願いしようか』


『変な人』マリーがまた笑う。


 それから東京に着く迄、俺達は一言も喋らなかった。


カレンはあの後直接横田基地に行き、そのまま米軍機で米国あっちまで直行だったそうだ。


 これから先当分の間、彼女は向こうの研究所ラボの中で暮らさねばならぬという。


 俺はデスクの上に足を投げ出し、この時期定番のビング・クロスビーに耳を傾けながら、片手にバーボンのグラスを持ち、物思いに耽っていた。


 これが、今回の仕事の顛末だ。


(現実主義の探偵にしちゃ、妙なことを喋るな)だって?


 馬鹿をいうな。


 俺は自分の見たもの、感じたことしか信じんよ。


 あれがなんであるかは今でも分からんが、彼女の起こした奇蹟は、間違いなく本物だ。

 

                              終わり


*)この物語はフィクションです。登場人物、出来事、全ては作者の想像の産物であります。


 





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聖夜の奇蹟(*『危険な二人』改) 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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