VOL.4

 俺は椅子に腰かけ、ベッドに横たわって静かに寝息を立てているカレンの顔を眺めていた。   



 雪明りに浮かぶ色白の顔は本当にあどけない。


 今時のどこにでもいる、いや、こんな女の子、今は何処にだっていやしないだろう。


 このままそっとしておいて、普通の生活をさせてやればよいものを、明日になれば、あの不愛想なMIBの手によって、太平洋の向こうに連れてゆかれてしまうのだ。


 ガラにもなく、感傷的な気持ちになったのは、やっぱり今日が”特別の日”だからなんだろうか。


 その時、俺は音を聞いた。


 雪を踏みしめる、人の足音である。


 それも一人ではない。


 二人、いや三人はいる。


 俺は暗闇の中、かすかな明かりで、腕時計を透かして見る。


 デジタルの数字は、午前1時30分を示していた。

 

 耳をそばだて、俺は音を拾った。


 足音は男、何か重い物を持って、姿勢を低くして移動しているようだ。


 そしてその音は・・・・。


 確実にこのロッジに近づいてくる。


 俺は寝息を立てているカレンのベッドに近づくと、毛布に包んだまま、彼女を抱き上げた。


 彼女はうっすらと目を開けて、俺の顔を不思議そうに眺める。俺は


(静かにしていろ。このままベッドの下に隠れていなさい。何が起きても驚かないように)


 小声でそれだけ囁くと、彼女をそのまま床に置く。


 いわれた通りカレンは半分寝ぼけ眼のまま、ベッドの下に潜り込んだ。


 俺は左脇のホルスターから拳銃あいぼう、S&WM1917を抜き、銃口を下にして、忍び足で寝室を出た。


 俺がリビングに出ると、ドアチャイムの音が耳に届く。


『誰だ?』


 スイッチを押して問い返した俺の言葉に向こうから、妙な訛りのある日本語が返って来た。


『米軍情報部の者だ。予定が変わった。彼女を連れに来た。』


 ドアの中央にある、モニターの画面に見えたのは、黒いコートに帽子を被った、背の高い男が一人と、もう一人、同じ格好をした背の低い男が二人だった。


『そういってほいほいドアを開けるほど、俺がお調子者に思うかね?あんたの訛りは・・・・ロシアかな?』


 瞬間、俺はドアから飛びのき、テーブルを倒す。


 待ってましたとばかりにドアがけ破られ、小型のサブマシンガン(AKS-74UNだろう)の発射音が室内に響いた。


 負けてはいられない。


 倒したテーブルを縦に、こっちもM1917を連射する。


 先頭に立っていた一人が肩を撃ち抜かれ、のけぞって倒れる。


 構わず、俺は位置を変え、後ろにいた二人に向かって連射。


 だが、サブマシンガンと骨とう品みたいなリヴォルヴァーだ。勝負になる筈がない。


 俺は肩と腰に焼け火箸を突っ込まれるような痛みを覚え、倒れた。


 それでも歯を喰いしばり、続けて銃を撃つ。


 すると突然、寝室に通じるドアが開いた。


 そこには白いネグリジェを着たままのカレンが立っていた。


『危ない!隠れていろ!』俺は叫ぶ。


 だが、その声が聞こえていないのか、彼女は音もたてずにリビングに出てきた。


 AKの銃口が彼女に向く。


 彼女の全身が白く輝いた。


 特に両目が、さながら暗闇に光る動物の如く・・・・いや、それ以上に光った。


 唇を真っすぐに引き結び、彼女はてのひらを垂直にこちら側にむけた。


 と、まるでガスが爆発したような鋭い音が辺りに響き渡り、三人組はものの見事に吹っ飛んだ。


 お恥ずかしい話である。


 俺が覚えているのはそこまでだ。


 頭が重くなり、天井がすごい勢いで回転した。


 どこかから、心地よい音楽・・・・いや、歌声が響いてくる。


(死ぬんだろうか?)


 そんな考えが頭をよぎった。

 

 だが、覚えているのはそこまでだ。


 もう何も覚えちゃいない。


 完全に意識が記憶の外に飛んでしまった。

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