第三話

 獣のように咆哮したツクモの口から白く輝く光線が発射された。光は完全に躱したと思っていたヤシロの肩口をかすめ、地面に当たるとそこをえぐり取り、周囲の地形を変えてしまう。


「父上‼」


 右肩からおびただしく血が流れるヤシロを見て、ユキジが叫ぶ。ヤシロは懐から取り出した白い脂のようなものを肩口に塗りつけると、再び刀を構える。


 ツクモも余裕がなくなっているのだろう。今までのように一部だけを妖怪化するのではなく、すでに先ほどから、獅子のようにたてがみの生えた猿の顔に、虎の手足、蛇の尾という古来より恐れられる鵺の姿に全体を変えている。


「ちょこまかと、うっとおしい奴よ……ヤシロ、貴様がいなければ、ヒスイも死ぬことはなかった」


「やはり、ヒスイの病は、貴様が原因か?」


 ヤシロの問いかけに、ツクモは薄ら笑いを浮かべるだけだった。


「……貴様だけは許さん」


 ヤシロはツクモに向かって、一気に間を詰めていく。それを見たツクネがユキジに向かって叫んだ。


「あかん! ユキちゃんのおとん、頭に血が昇ってもうとる! あれじゃあ、返り討ちやで」


 ツクモは自分に向かってくるヤシロを見て、内心ほくそ笑む。ツクモにとってヤシロたちがここまでやるとは思っていなかった。さらにあちら側では、ツクモの不死の要である蠕虫が、玄鬼たちに破壊されそうになっている。


 ツクモとしては、吸収した生命力が残っているうちに、勝負を急ぎたかった。ヤシロを挑発するには、ヒスイのことを出すことが一番だということを、ツクモはよく理解していた。一番の脅威と感じていたからこそ、ヤシロのことを一番よくわかっているのはツクモかもしれない。


 だが、それはヤシロにとっても同じである。ヒスイも、そして結果的にはコハクも守れず、ツクモに煮え湯を飲まされていたヤシロは、ツクネの思考をよく理解していた。ツクモの方に向かいながら、一瞬、チラッとユキジの方に視線を送る。


「……⁉」


 ヤシロは意味のない行動をするような男ではなかった。ユキジもその視線の意味を何となく気づく。


「……違う! ツクネさん、父は何か狙っている! 私も跳びこみます! 援護をお願いします」


 ヤシロの意図をすべてわかったわけではないが、何かしら考えがあるのだろう。


「よっしゃ!」と叫んで、ツクネも籠から大筒を取り出す。


 一直線に間合いを詰めてくるヤシロに向かって、ツクモは鋭い前足の爪を振るう。鎌鼬と呼ばれる妖怪から取り出したその爪は、空気を切り裂く真空の刃となりヤシロを襲う。その目見えない風の刃をも、ヤシロはツクモの上空へ大きく跳躍し避けた。


「甘いわ! ヤシロ‼」


 ヤシロに向かって放った風の刃は、おとりだった。上空で逃れようのないヤシロに向かって、コハクは大きな口を開けた。コハクの口の中に再び白い光が見る見るあふれてくる。その白い光が一層輝きを増した瞬間、一直線にヤシロに向かって発射される。


「これで終わりだ‼ ヤシロォォぉぉ!」


 光線がヤシロに達したとき、ツクモは勝利を確信した。鵺の咆哮から放たれる光線は、通常の人間が耐えられるものではない。おそらく跡形もなく消滅させてしまうだろう。


 ……ヤシロの骸を確かめられないのは少々、残念だな。


 白い光線を吐き続けながらツクモがそのようなことを考えていた。だが、そこで異変に気づく。ヤシロに向かって放射されたまばゆい光が、二つに分断されている。


「なっ⁉」


 ヤシロが手に持つ何やら難しい文字の書かれた札を避けるように、白い光は二手に分けれ、ヤシロの横をすり抜ける。ヤシロはそのまま空中から札を盾に、ツクモの懐まで跳びこんだ。


 あの札はユキジにも見覚えがある。蛇喰に襲われていた村で出会ったゲンタも使っていた符術だ。邪を払う結界を練りこんだ護符、これは最後の戦いのために、ヤシロ自ら足を運び高名な符術師だったヤグモに頼み込んで手に入れたものだった。


 まばゆい光を避けきると共に、護符は燃え尽きてしまった。ヤシロも全く無傷なわけではなく、白い光がかすめていった両肩や足首の辺りは火傷でひきつる。それでもこの千載一遇の機会を逃すわけにはいかなかった。


 白い光を吐ききって、ツクモが息を吸う瞬間、生物にとって最も無防備になるその瞬間を逃さず、ヤシロが「灰燼」を稲妻のように降り下ろす。何とか防御の姿勢を取ろうと、挙げた左手ごと袈裟懸けに、剣閃が走る。


 ツクモの左腕が空中に舞い、それが燃え尽きた灰のように崩れる。ツクモの胴体からも斜めに血が噴き出す。


「無駄だ! ヤシロ!」


 ツクモが意識を集中させると、みるみるうちに胸の傷がふさがっていく。今度は落とされた左腕に意識を向ける。左腕の部分に輝きが集まり、腕が再生されそうになるが、途中でその輝きの勢いがなくなり、そのまま消えてしまう。


「……なぜ⁉」


 中途半端に再生された左腕に呆然とするツクモに向かって、肩で息をして、すでに着物もボロボロになっているヤシロが声をかける。


「どうやら玄鬼たちが、うまくやってくれたようだな……今のお前はもう究極生物などではない! ツクモ、覚悟を決めるのだな」


「ヤシロ……どこまでも、私を見くびりおって! 覚悟を決めるのは、お前の方だ‼」


 ヤシロの言葉に対して、いきりたってツクモが右手の爪を振り上げる。


 この男はいつもそうだとツクモは思った。様々な策を弄して、成り上がろうとするツクモにすべてお見通しとでも言うように、真っすぐなまなざしと本質を突く言葉をぶつける。「お前はまがい物」だと突きつけられているようなヤシロの態度が昔から気に入らなかった。


 振り上げた爪を振り下ろそうとするのに、ヤシロは構えた刀を動かそうとしない。ただ真っすぐにツクモの目を見ている。ツクモはヤシロに対して、最後の最後の部分で感情的になり、冷静な判断を下せなかった。


「⁉」


 突然の轟音と共に、ツクモの背で大筒の弾が炸裂した。雷鳴のような音と、爆発で起こった風圧で、ツクモ次の反応が遅れる。振り返った視界の端で、砲口から白い煙を上げる「ツクネさんばずうかぁーふぁいなる」と書かれた大筒を抱えたツクネが見えた。


「……もう一人は⁉」


 ツクネに一瞬、気を取られた隙に、ツクモが振り向いたのと逆側から、低い姿勢でユキジが、ツクモの足を薙ぎ払う。その鋭い斬撃はツクモの片足をいとも簡単に斬り落とした。


 急に片足を奪われ平衡感覚を失い、ぐらついたツクモにヤシロが刀を喉元に突きつける。そのまわりにはユキジとツクネも控える。


「……ツクモ、数々の悪行の罪、贖ってもらう」


 その時、刀を振り上げたヤシロの手が止まった。振り上げた右肩を雷でできた矢が貫く。おびただしい出血と共に、片膝をつくヤシロ。慌てて駆け寄ろうとするユキジとツクネの間に、続けざまに落雷が襲う。


 躊躇する二人の間を風のように駆け抜けたコハクが、片膝をついたヤシロの背中に「紅喰」を突きつける。


「ヤシロさん、動かないでくださいよ」


 どこかでこの隙を狙っていたのだろう。相変わらず微笑を浮かべているが、その言葉にはツクモとは違った冷酷さが感じられる。


 右肩に受けた電撃とそれまでの傷もあり、ヤシロもうかつに動けない。その様子にツクモは嬉々とした表情を浮かべる。


「よくやったぞ、コハク! さあ、ヤシロに止めを……」


 ツクモの言葉が言い終わらないうちに、コハクは掌から放出した雷の矢をツクモにも打ち込む。至近距離からの衝撃に、ツクモはのたうち回る。


「……勘違いしないでくださいよ、ツクモさん。私があなたを消し去りたいと思ったのは一度や二度ではないんですよ。さあ、ここからが取引です」


 ヤシロには刀を突きつけ、掌に溜めた電撃をツクモに向けながら、コハクが言葉をつなぐ。


「私を人間に戻す方法を教えてもらいましょうか」

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