最終章:雪月花、君を憶ふ

第一話

 少しずつ陽も傾きかけ、街に西日が差し始めた。吹く風もどことなく秋を感じさせる。


 いつの間にか、珍しい女性の香具師のまわりには、人だかりができていた。初めはまばらだった見物人も、よく通る西方なまりの香具師が、講釈を始めると、いつの間にか増えていき、香具師の語る妖怪譚が、盛り上がってくると見物人皆が、身を乗り出して聞いていた。


 怨敵を前に、探し続けていた父と再会したところで、一息ついた香具師に対して、聴衆は続きを催促する。周囲の熱気も最高潮に達していた。そんな周りの様子に、満足そうな表情を浮かべ、女香具師は大げさに身振り手振りをつけながら、続きを語りだした。



 ツクモから伸びる金色の尾の複雑な動きを、うまく避けながらヤシロが間合いを詰めていく。ユキジたちも見覚えがある、あの強力な尾が次にどう動くのか、あらかじめわかっているかのように、最小限の動きで尾の根元までたどり着く。


 どれだけ複雑な動きをしても、その動きを支えている部分は一か所である。その一点を狙い定めて、ヤシロの刀が稲光のように走る。その刃は、そこがもともと分かれた別の部分であったかのように、ごく自然と金色の尾と本体を斬り離す。


 落とされた金色の尾が、重力のままに地面に落ちると、それは砂のように崩れ落ち、焼き尽くした後の灰のように風に舞う。


 その鋭さからすべてのものを燃え尽きた灰に帰すと言われた刀「灰燼かいじん

 ……ヤシロの刀もまた、ユキジと同じく、破邪の力を持った霊刀の一つだった。


 ヤシロは一太刀入れるごとに後方に跳び、間合いを切る。火力の勝負となっては妖怪となったツクモに勝ち目はない。もともと剣士でなく、妖怪化で大きな力を手にしたツクモに間合いの概念はあまりなかった。そこがヤシロの狙い目だった。


 久々の再会と言えども、やはり血のつながった親子だ。ヤシロの動きは手に取るようにわかる。間合いを切るヤシロに向かって、真っすぐに伸びる大蛇の頭を、狙いすましたユキジの「細雪」が切り落とす。ヤシロもユキジが動くことを見越しているようだった。


「ユキちゃん! 無理して攻めても、また再生されんで!」


 少し離れたところからツクネが叫ぶ。残念ながらツクネの武器では、ツクモに深手を負わせることは難しい。主に後方支援や攪乱が今のツクネにできる精一杯のことだった。


 ツクネの言葉通り、落とした尾も大蛇も見る見るうちに再生されていく。大老ツクモは「無駄だ! ヤシロ!」と叫びながら、左手を振るうと火球が、ツクモ目がけて飛び出した。


 ツクモにとっては、間合いも何もあったものではない。防御などせずとも攻撃を繰り出しているだけで、やがてヤシロたちは追い込まれていくと高を括っている。


 ヤシロは跳びこんで、地面を回転しながらその火球を避ける。一か所にとどまっていては、狙い撃ちにされるので、常に動きながらヤシロが叫ぶ。


「駄目だ! 攻撃の手を緩めるな!」


 ツクモの指先からツクモ目がけて鋭く伸びてきた爪を、刀で受け止め、ヤシロは続ける。


「あの蠕虫ぜんちゅうが新たに何者かを喰わない限り、ツクモへの補給は限界があるはずだ! それに……あちらは玄鬼が何とかしてくれる!」


 玄鬼に対するヤシロの信頼は絶大だった。どちらにしろ、ツクモを倒すためには先に蠕虫ぜんちゅうを倒すしかない。もし本当に、ツクモと蠕虫が意識までを共有しているのなら、そちらの相手をする玄鬼たちのためにも、ツクモ本体に攻撃をし続けて、少しでも意識をこちらに割くことが大切だとヤシロは考えていた。


 ヤシロの言葉に納得したユキジとツクネは、命をかけた削り合いに身を投じた。驚異の再生力を誇るツクモに対して、ユキジたちはまともに一撃もらうと、それが死に直結する。


 ……カリン、頼んだぞ


 ユキジは祈るような気持ちで、ツクモの懐に跳び込んだ。

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