第三話

 武術大会予選「ほ」組の決勝が行われようとしていた。ツクネはカリンと共に、柵の一番前を陣取り、ユキジの応援をしようとしていたが、どこか違和感を感じていた。


 予選の決勝は一組ずつ試合が行われている。もちろん怪我などで、観戦どころではないかもしれないが、それにしても見物人が少なすぎる。


 同じ「ほ」組のユキジに敗れたものなどは、見物ができないほど大きな怪我ではない。自分の負けた相手や、同じ組の戦いぐらい気にかけて見そうなものだが、付添人を含めていなくなっている。


 そこまで思考が及んで、ツクネが改めて周囲に気をかけると、どうやら「ほ」組だけではない。今、周囲で見物しているのはすでに本戦に駒を進めたものや、その付添人ばかりである。


 ……これは調べてみる価値はありそうやな。


 この異様な事態に裏があることを感じたが、今はまずユキジの戦いだ。すでにユキジとトマリがお互いに向き合っている。


 立会人の「始め!」の合図が響く。ユキジはいつも通り木刀を正眼に構え、誘いを仕掛ける。間合いの勝負に持っていきたいがコハクは簡単に釣られない。


 剣術が右足を前に構えるのに対して、トマリは左を前に半身で構える。左手は自分の喉元、右手は丹田のあたりに伸ばしたトマリの構えは、正中線を見事に覆い、独特の足運びで、ユキジに簡単に間合いを測らせない。


「どうした? 遠慮せずに来いよ」


 間合いの長さだけを考えると刀のユキジの方が有利だ。トマリが慎重になっているユキジに声をかける。後の先を狙っていたユキジは、トマリの誘いに乗って先の先を狙うことを決める。


 少しずつじりじりと間合いを詰めながら、呼吸をはかる。トマリの安全圏の内側に、切っ先が触れると同時に、ユキジの面撃ちがトマリの頭上に跳びこんでくる。

空気を切り裂くような鋭い斬撃を、トマリは左手の鉄甲で受け流す。初めからそこに斬撃が来ることが、わかっていたかのように肘を支点とし、回転を使った受けは完全にユキジの斬撃の衝撃を無効化した。


 左下に振り下ろした刀をさらにそこからトマリの肝臓のあたりを狙って、水平に振るう。今度は丹田あたりに置いていた右腕で、下段に払う。トマリはさらに受けた手で、裏打ちを放つ。


 慌てて木刀の腹で受け止めるが、その時にはトマリはしゃがみ込みながら回転して、ユキジの足を払う。そのまま回転してトマリが放つ裏拳をユキジは片手をついて体勢を崩しながらも、その手を支点に後転して距離を取る。


「よく躱したな。反応も一流だ」


 トマリは素直に称賛の声を上げる。


「……攻防一体の動き、やっかいだな」


「それだけじゃないさ」


 トマリは再び構え直して、間合いを測る。


 受けと攻撃が一拍で行われる動きも見事だが、何より相手の攻撃を完全に無力化する回転を取り入れた『手(でぃ)』の技術がすばらしかった。するどい斬撃を鉄甲だけで受けきるのは、容易なことではない。


 だが、受けで距離を殺してしまえば、間合いの長い刀より、素手での打撃の方が有利である。四肢を使う、『手(でぃ)』の技術はその回転力も、通常の剣術の数段上であった。


 ……受けから始まるのなら


 ユキジも前にすり足をして間合いを詰める。少しずつ距離が詰まるが、お互いにまだ動かいない。ユキジの切っ先が一足一刀の間合いまで詰まる。それでも動かない。


 完全に我慢比べだ。二人の距離がトマリの間合いまで接近する。ユキジの狙いを察したトマリは、ニッと笑い、あえて誘いに乗ってみる。


 返せるものなら返してみろというトマリの矜持もあった。「抜き」と言われる地面を蹴らない、重力を利用した独特の加速方法から、無拍でトマリが飛び込んでくる。「刻み」という最速の一撃をユキジに放つ。


 右上段から放ったユキジの刀とトマリの突きが交錯する。トマリの鉄甲とユキジの木刀がぶつかり合い、その勢いでお互いの軌道がそれる。


 お互い一撃で決めるつもりで放った技だったが、どちらも浅い。さらに続く返し技を繰り出す反応は同時だったが、間合いの差でトマリの技が速い。


 とっさに左手を顔のあたりに出すが、その上から鋭い蹴りが飛んでくる。激しい衝撃音と共に、ユキジの体がふっとばされる。地面に叩きつけられる瞬間に受け身を取ったが、受けた左手と背中にしびれが残る。


 立ち上がろうとするところに、さらにトマリの正拳突きが放たれる。


 受けも間に合わないのなら、体捌きで躱すしかない。ユキジは腰のあたりから上半身を屈め、頭を振りながら、距離を詰める。そのまま体当たりのような形で、トマリの腰に左腕をまわし、組みつく。


 どうせ刀の間合いでないのならいっそ、トマリの打撃も放てないぐらい距離をつぶしてしまう。足を大きくトマリの左足の後ろまで踏み込み、絡めた左腕を支点に、地面に投げ倒す。さらにそのまま、木刀の柄を素早く二回、トマリの肩口あたりにぶつける。


 骨が外れる鈍い音が、周囲に響いた。ユキジは残心をとりながら、トマリの様子を伺う。トマリはそんなユキジを見て、またニッと笑った。


「……参った。あんた、やっぱ強いな」


 肩の関節を外されて、激痛が走っているはずなのに、トマリは満足そうな表情をしている。ユキジはトマリの上半身を抱え起こし、腕を持ち上げて、グッと捻りながら力を込める。トマリの外れた関節が元通りにはまる。


 痛そうな顔するトマリのもう片方の腕も持ち上げ、同じように関節をはめる。トマリは肩をぐるぐると回してみる。問題はなさそうだ。


「ちゃんとはめたつもりですけど、一応、医者に診てもらってくださいね」


 ユキジが手を貸して、トマリが立ち上がる。


「ああ。柔術も使えるのか?」


「武術とは剣術だけでなく、徒手空拳や柔術、走ることや泳ぐことだって含まれる。戦国のころは一通り学んで一人前だ……そうやって父に教えられました」


 幼いころに父に叩きこまれた技術に救われた。ヤシロは剣術だけでなく組打ちも日々の稽古の中に取り入れていた。


「なるほどな、たいした親父さんだ。日の本もまだまだ広いな」


「……でも、本当に紙一重でした。また、いつか戦ってもらえますか?」


 トマリの技術は、目を見張るものが多かった。ユキジにとっても学ぶとことが数多くある。


「そうだな! またやろうぜ、ユキジ! その時までに、もっと鍛錬を積んでおくよ」


 トマリがユキジに向かって手を差し出す。ユキジは前回より力を込めて、その手を強く握る。


 その後、たいした怪我じゃないからと、そのまま控室に戻ろうとするトマリを立会人は半ば強制的に救護施設に連れて行く。きちんと手当を受けてほしかったユキジはその様子をみてホッとする。


 次はいよいよ本戦だ。大老の御前試合ということなので、大老ツクモに接触する機会があるかもしれない。それに大会の方も予選を勝ち抜いてきた残りの七人だ。一筋縄ではいかない。ユキジはさらに気合を入れ直す。


 ユキジの見事な逆転勝ちに、ツクネとカリンは手を叩いて喜んでいた。本当に木刀一本で勝ち上がるとは見事なもんや……と、ツクネは感心していたが、トマリが救護施設に連れて行かれようとするのを見て、表情が変わる。


 まだ横ではしゃいでいるカリンに、ツクネがそっと声をかける。


「……嬢ちゃん、少しおつかいを頼まれてくれへんか?」


「ん?」


 ツクネの視線の先には、救護施設の役人に声をかけられ、ついて行こうとしているトマリの付添人がいた。

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