第二話

「ほんまにそれで戦うんかいな?」


 腰に帯びているいつもの「細雪」ではなく、木刀を握りしめるユキジに向かって、ツクネが問いかけた。


「ええ、これでも骨が折れたりはするけど、できる限り相手の怪我は防ごうと思って……」


「ユキちゃん、余裕やな!」


 ツクネがユキジの肩をバシッと叩く。


「そんなことありませんよ。さすがに、相手を斬ってしまってもいいやとまで、割り切れないので、この方が思い切り戦えます」


「まあ、ユキちゃんがそれでええねやったら、それがええな」


「あたしが代わってやろうか?」


 カリンがユキジとツクネの会話に割り込んでくる。


「遠慮しとくよ……カリンがやると、最終的には炎を出して、大暴れしそうだからな」


「……あたしだって、それぐらいの分別はつく」


 二人して笑っているユキジとツクネに対して、カリンが拗ねた口調でつぶやく。試合前にこういった軽口を言える仲間がいうことは、ユキジにとってありがたい事だった。


 そうでなくとも控えの間は、試合前で殺気立った様子である。一流派を背負ったものもいれば、藩の威信をかけて臨むものもいる。付き添いの人間も、藩の担当の役人であったり、流派の上役であったりするところがほとんどなので、ユキジたちのように談笑しているのは珍しかった。


 使用武器にしてもほとんどの者が、真剣や本身の槍などを携えている。それぞれに負けられないという思いが、戦いをより凄惨なものに変えていた。


 控えの間には、すでに予選で戦ったものもいるが、その多くは手傷を負っていた。試合に勝ったものですら、このありさまなので、破れたものはさらに悲惨だ。敗れたものの中には救護施設に運ばれはしたが、すでに手遅れであろう者もいた。


 予選も進み、ユキジの「ほ」組など後半の組も呼び出しが始まった。


 ユキジがわらじや刀を納める腰ひもの確認をしているところに、ユキジの番号が呼び出された。


「それじゃあ、行ってきます!」


 まるでちょっとそこらへ散歩でも、出かけてくるような様子で、ユキジはツクネとカリンに声をかける。全く緊張していないわけではないが、気力の充実した今のユキジには、ちょうどよいものだった。


 幕から出て、役人に決戦場へと案内される。予選は四つの会場に分かれて行われている。元狩場だった大きな野原には、ふくらはぎあたりまで草が伸びていたが、足場自体は悪くない。


 ……これなら思いっ切り踏み込める。


 足元の感触を確かめながら歩く。横には対戦相手となる槍をもった父より少し若いぐらいの中年の男が歩いている。白と黒を基調にした法衣をきて、頭を丸めている。


 確か飛鳥藩の代表と呼ばれていた……ユキジは横の男を見ながら、呼び出しの言葉を思い出す。


 かつて都が置かれたこともある古都の飛鳥藩には寺社がたくさんある。その寺の中に「槍は宝生院流」と全国に有名な寺があった。この男もそこで長年修行を積んだ者である。


 立会人が間に立ち、ユキジと槍の男が向かい合う。男がスッと槍を構えた。穂先の刃が陽の光を反射させて輝く。男に一礼した後、ユキジも正眼に木刀を構える。


「その腰の刀でなくとも良いのか?」


 構えは解かず、視線だけユキジの刀に送る。


「いえ、このままで結構です。よろしくお願いします」


「……そうか、手加減はできんぞ」


「お構いなく」


 会話が途切れたところで、立会人は「始め!」の合図を送る。


 合図と共に男が一歩間合いを詰めて、槍を繰り出す。その穂先をユキジが木刀で、払うのもお構いなしに、さらに続けて二度、三度と畳み掛ける。その攻撃自体は、受けきれないことはないが、うまく槍の長い間合いで戦うので、ユキジも反撃ができない。


 返しを入れる隙がないので、少しずつユキジは後退させられる。戦国の合戦の中では受けの発想がなかった。多数と戦うときに受けに回ってしまっては、一気に囲まれ、やられてしまうからだ。戦国の世から派生した「宝生院流」もその例に倣って、攻めに特化して発展していった。


「ユキちゃん、押されとるけども大丈夫かいな」


「大丈夫だろ、あれならジョウケイの方がましだ」


 思わぬ劣勢に心配するツクネに対して、カリンは楽観的だ。


 九尾の狐にガシャドクロ、土蜘蛛とも戦った。その妖怪たちに比べると攻撃の圧力も、間合いもあくまで人間の限界を超えていない。この程度の相手にはやられはしないという確信がカリンの中にあった。


「……あいつ、狙っている」


 カリンの読みは当たっていた。


 何度も槍を受ける中で、間合いをはかっていたユキジは、穂先を紙一重のところで躱すと、槍を引く動作に合わせて、穂先に木刀で突きを行う。ちょうど力が一番、後ろに逃げる瞬間を狙われたので、男の体勢が崩れる。


 その隙をユキジは逃さない。大きく右足を踏み込みながら、身体を半回転させ、男の側部に回ると、素早く男の手首に木刀を振り下ろす。


 衝撃で男は槍を落とし、手の甲を押さえ、その場にうずくまった。ユキジはその横で、残心をとっている。


「……参った」


 これ以上は戦えないという判断で、男が小声でつぶやく。木刀の打撃を受けた手の甲は完全に骨折していた。ユキジは残心を解き、その場で一礼をする。


「よっしゃ!!」と叫ぶツクネの横で、カリンは、ほら見てみろといった様子でそっぽを向いている。周りを見渡してみても、珍しい女剣士、しかも木刀持ちのユキジの鮮やかな一撃に、観戦者からも思わず歓声が上がった。


 その後もユキジは危なげなく、二戦目、三戦目に勝利する。いずれもそれなりに名のある剣客であったが、全国を妖怪退治で、旅してきたユキジの前にはかなわなかった。


 一戦ごとに「ほ」組の中で、ユキジの注目度は高まっていったが、同じくもう一人、周囲の注目を浴びる人物がいた。


 薩場藩の代表、トマリと名のる人物である。


 歳の方は、だいたいユキジと同じくらいの青年で、日焼けで肌が浅黒い。くせっ毛を後ろで束ね、白い道着を着て、手の甲に鈍く光る鉄甲をつけている。


 この人物がユキジの予選決勝の相手だ。


 トマリが注目を浴びたのは、その戦い方からである。多くの者が刀や槍を使う中、このトマリは徒手空拳で戦う。相手の斬撃を鉄甲で受け、攻撃はすべて、拳による突きや蹴りで行う。


 ユキジも一度、試合を見たが、ただ斬撃を受けるだけでなく、その間のつぶし方が絶妙だった。異国に伝わる拳法とも似ているが、少し違ったその技術にユキジも興味が湧いてきた。


 各組の予選も代表決定の決勝戦へ突入してきた。ここからは決戦場も一つに絞られ、一試合ずつじっくりと進んでいく。出番まで少し時間があるので、控えの間でユキジがツクネたちと談笑していると、そこにトマリが現れた。


「あんたが次の相手だな! さっきの戦い見てたぜ! 次はよろしくな」


 突然、友好的に話しかけられ、手を差し出してきたことに戸惑いを感じながらも、ユキジはその手を握る。それが異国のあいさつの方法であることを、野ヶ崎でユキジは知った。


「確かあなたは、薩場藩の……」


 呼び出しの役人の言葉を思い出しながら答える。


「ああ、俺はトマリって言うんだ。正確には薩場ではないんだけどな」


「どういうことや?」


 横からツクネが割って入る。


「おっ、この姉ちゃんもあんたの仲間か? 俺は琉空王国の出身なんだ」


「……琉空?」


「ああ、薩場からさらに南の海を越えた先にある島国さ。琉空王国は、今は薩場に支配されて、その一部にされてしまっている。その過程で武器を取り上げられてしまったから、琉空では『手(ディ)』って言われる徒手空拳の戦闘術が生み出されたんだ。俺は継承されたその技術の有用性を証明するために、この大会に出たってわけだ」


 トマリが一気にまくしたてる。そんな大事な情報を簡単にしゃべってしまっていいのかとユキジは思ったが、その表裏のなさそうな性格は好感が持てた。


「こんな大会で命までかけるのは馬鹿らしい。あんた、本当は腰の刀使えばもっと簡単に勝てるのに、木刀で、しかもなるべく相手の怪我が少ないように配慮して戦ってるだろ?」


 ユキジが思っている以上に、トマリはユキジの戦いを観察していたようだ。


「その気持ちは嫌いじゃないけど、俺にはそんな気遣いは無用だぜ! それだけ伝えときたくて……」


 そう言ってトマリはその場を去りかけたが、途中で立ち止まって振り返る。


「……そういや、名前聞くのを忘れていたな」


「ユキジだ」


「ユキジか……いい名前だ。それじゃあ、また後でな!」


 ユキジはそう言って立ち去るトマリの背中を見送る。逆三角形の広背筋がよく発達した背中からは、トマリの日々の鍛錬の跡が伺われる。ツクネが、そっとそんなユキジの側に寄ってくる。


「なかなか、ええ面構えやったな。あれは、強敵やで」


「ええ。でも、徒手空拳での戦いにも興味があります。昔、父からも少し手ほどきを受けたことがあって……」


 そんなユキジを見て、ツクネが横で大笑いする。当のユキジは不思議そうな顔をしている。ツクネはそんなユキジの肩をバシバシ叩きながら言った。


「ほんま、ユキちゃんは戦いが好きやな! 頼もしい限りやわ」


 強い相手と戦えることに、思わず高揚を覚えていたユキジは、ツクネの指摘に恥ずかしそうにうなずく。


 そんなユキジたちのもとへ、試合開始を案内する役人が現れた。

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