第九話

「ユキジ、後ろだ!」


 尾の一本に傷をつけたユキジの背後から別の尾が襲う。カリンの声で振り返ったユキジの前を、コハクが飛び込んできて「紅喰」を振るう。


鋭く薙ぎ払われた刀は、硬い皮膚に止められ、深手を与えることはできないが、次々と襲ってくる金色の尾を弾き飛ばしながら、コハクが間を詰めていく。


 カリンも鬼の手に力を集中させて、尾の一本を受けとめて、コハクが飛び込む支援をする。先ほどのように弾き飛ばされないよう、足腰にグッと力を込める。タマモの圧力で、少しずつ後退させられるが、それでもなお、踏ん張り持ちこたえる。


「カリンさん、ありがとうございます」


 コハクはそのまま、九本の尾の間をかいくぐり、本体目がけて刀を振り下ろす。甲高い金属音と共に、タマモはその斬撃を左手の爪で受け止める。コハクはさらに力を込めた。ちょうど鍔迫り合いのような形だ。


 タマモも受け止めた左手に妖気を込め、コハクを押し返そうとする。


「……この程度で、私にかなうと思っているのか?」


 コハクの刀を弾き、タマモが爪を振り回す。それを避けながら、コハクは斬撃を何度も繰り出す。刀と爪がぶつかるたびに衝撃音と火花が飛び散る。


「かなうとは思っていませんよ……私一人ではね」


 それでもコハクは斬撃を止めない。


コハクの言葉通り、タマモとコハクでは、まだ少しタマモに分がある。しかし、この三人がいれば、総合力ではタマモに勝ると踏んでいる。特にユキジの「細雪」は対妖怪にとってはこの上ない戦力となる。これから先のことを考えると、ここで大老ツクモの右腕を奪っておくのも悪くはない。


 深手を与えることは難しいとわかりながらも、コハクが懐に跳びこんで、斬撃を繰り返すのは、タマモの集中をこちらに向けるためである。もちろんユキジやカリンに対する警戒も解いてはいないが、一番はコハクを警戒している。


「カリン! 畳み掛けるぞ!」


 ユキジがカリンに大声で叫ぶ。タマモの集中が分散している今が好機だ。


 先ほどまで尾の一本と力比べをしていたカリンは、その尾を蹴って、後方に宙返りして距離を取る。着地と同時の炎の尾を出し、二発、三発と発射していく。五発目を出したところで、力が切れて、そこからは尾を躱すことに意識を集中して、軽やかな動きでかく乱させる。


 カリンの炎の乱撃は陽動だ。次々と飛んでくる炎の輪を、九尾の尾が蹴散らしていく中、ユキジは冷静に先ほど深手を負った尾を狙っていた。やはり他の尾に比べて、速度も威力も落ちている。


 ……あれなら、落とせる!


 左下段に刀を下げたユキジが、尾が入り乱れる中を飛び込んでいく。ただの人間であるユキジに、尾が直撃すればそれで終わりだ。そんな恐怖を微塵も感じさせず、ユキジは紙一重で、尾を躱しながら、少しずつ刀の間合いまで距離を詰めていく。


 狙いの尾まで一足一刀の距離まで詰まると、ユキジは左下段から右上段へ刀を振り上げて、飛び込もうとした。


「お前たちの浅知恵など、見抜けぬと思うてか‼」


 ユキジの狙いを読んでいたタマモは、ユキジの斬撃を迎撃する形で、尾の先を尖らせてユキジに放つ。


 ユキジは途中で斬撃を止め、刀を地面に刺し、棒高跳びの要領で高く跳びあがり、タマモの尾を躱す。


「ツクネさん‼」


 跳びあがったユキジの視線の先には、ピストルという西洋の短筒を構えたツクネが立っている。


「うちによう気づいとったな、ユキちゃん!」


 ツクネが引き金を引くと、空気を跳ね返すような金属音が響き渡る。それと同時に、ユキジを狙っていた尾に、螺旋状の回転をする鉛の弾丸が食い込んだ。


 ツクネはさらに引き金を引き続ける。火花と共に金属音が連続で五発、そこからはカチッ、カチッと弾倉だけが回る音が響いた。


「さっすが、四菱。ええもん使こうとるわ」


 そう言ってツクネは、広間に倒れていた警備の者から拝借した短筒をポイと捨てる。


 もともと深手を負い、さらに合計六発の弾丸が食い込んだ尾は、さすがに動きが鈍くなる。そこに跳びあがっていたユキジが、刀を思い切り、振り下ろす。ユキジの手にずっしりと重く九尾の感触が伝わる。ユキジは肚に力を込めて、刀を引き斬る。「刀は肚で曳く」がヤシロの教えだ。


 ユキジの太刀筋に尾を引くように、白い輝きが立ち込める。斬り落としたタマモの尾をさらに一文字に刃を入れると、輝きは一層、光を増し、やがてそれが黒い「細雪」の刃に収束していった。


「どうしました、タマモさん? 先ほどより、ずいぶんと圧力が減っていますよ」


 冷たい微笑を浮かべながら、コハクが刀を振るい続ける。コハクの言葉通り、少しずつコハクの斬撃をタマモは受けきれなくなってきている。鍔迫り合いも先ほどまでは、タマモに分があったが、今は完全にコハクが押している。


 コハクがグッと力を込めると、タマモのバランスが崩れる。そこをコハクは逃さない。すかさず電撃を浴びせると、タマモの動きが一瞬止まる。


 そこに鬼の手を振りかぶったカリンが突っ込んでくる。カリンの鋭い爪がタマモの肩口に食い込む。カリンはさらに肩を握りつぶさん勢いで、右手に力を込める。


 カリンの右手はタマモの肩に食い込んで外れない。タマモは逆の手で自らの肩ごとえぐり取り、壁に投げつけた。カリンはとっさに受け身を取ろうとするが、そのまま壁に激突する。


「嬢ちゃん‼」


 ツクネが受け止めようと飛び込むが間に合わない。生身の肉体が壁にぶつかる鈍い音を立てて、屋敷の壁に大きな穴が開く。さらにそこに、火を吐こうとタマモは大きな息を吸い込んだ。


 その息を吸い込む刹那の間、これでもかというタイミングで、コハクが「紅喰」をタマモに向かって投げつける。ちょうど息を吸った肋骨の隙間から肺にかけて漆黒の刃が突き刺さる。


「嬢ちゃん、大丈夫か?」


 駆け寄ったツクネに手を借りて、カリンが立ち上がる。タマモに投げつけられた影響で左腕と肋骨の数本が折れていたが、命には別条はない。


「ああ、それより奴を見ろ!」


 カリンの指さす方を見ると、タマモが漆黒の刃の刺さった脇腹を押さえながら、片膝をついていた。脇腹と口からは大量の血液が流れ出て、足元に水たまりをつくっている。


「……この小娘の体でなければ」


 尾は欠け、胴体にも相当な深手を負い、うまく妖気を巡らすことが、できていないのであろうタマモに、温かさを微塵も感じさせない、冷たい笑みを浮かべてコハクが近づく。


「ええ、もしそうであれば、あなたの勝ちでした……でも、残念です」


 コハクは両手でタマモの顔をつかみ、そのまま持ち上げた。


「さようなら」


 そのまま、タマモの頭部に雷を放つ。その衝撃で大きく首を跳ね上げるタマモ。無意識にか、それとも最後の力を振り絞ってか、残る尾をコハク目がけて伸ばそうとした。


 その尾がコハクに到達するより早く、背後からユキジが袈裟斬りにタマモの胴体を斜めに斬り下げた。


 二つに分断されたタマモの体が、白くひときわ大きな輝きを見せた。そのあとチラチラと朝日に照らされた雪のような光がまたたく。光が消えた後、ぼろぼろに破壊された大広間と、黒く炭化した焦げ臭い匂いだけが、戦いの跡を残していた。


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