第八話
「いいんですか? 出ていかなくて?」
コハクのいる大広間まで、伝わってくる音から戦闘の激しさがうかがえる。コハクが、どこかうれしそうに、尋ねることがタマモには癪にさわる。
「私の方から出ていく必要がない。この男を求めて、ここまで来たのなら始末するだけだ」
タマモは壁際で倒れて、ぐったりとなっているカイを見ながら答える。体力を疲弊していたところに、直接タマモの妖気をあてがわれたカイは、さすが意識を保つことはできなかった。
「……それにうかつに後ろをみせると、どこぞの男に寝首をかかれるやもしれんからな」
「いやだな……私がタマモさんにそんなことするはずないじゃないですか」
コハクは表情を変えずに言った。
ちょうどそのタイミングで、大広間の扉が蹴破られる。
「そら、話がちょっと違うなぁ」
タマモとコハクの視線の先には、大きな籠を背負った女香具師がいた。
「ツクネさん、さっきからわざわざ蹴破らないでも……鍵もかかってないのに」
呆れながらユキジとカリンもツクネに続いて、大広間に入る。
「何言うとんのや、蹴って入った方が雰囲気出るやろが」
ツクネは振り返らずに言うと、籠から蛇の目傘を取り出して、閉じたままそれを構える。
「お前は確か、さっきの女」
「美人の姉ちゃんはちょっと待ってや。うちが用のあるのはまずは雷兄ちゃんの方や」
ツクネは傘でコハクを指す。
「何ですか? ツクネさん」
コハクは少し意外そうに、ツクネに問いかける。ツクネはそんなコハクをみて、あくどい表情を浮かべた。
「さっきのうちらが手を結ぶって話やけど、OKするわ! 一緒に大老のあほんだらを倒すで!」
「⁉」
大広間全体に緊張感が走る。さすがにタマモの表情も凍る。
この状況でこれは一種の賭けだった。大老とヤシロの間をうまく暗躍するつもりのコハクの裏をかくために、あえてすべてをさらけだすことをツクネは選んだ。
もちろんコハクが、しらを切り、タマモと一緒に襲いかかってくる可能性も考えたが、それでは対ヤシロ用の切り札がなくなる。だとしたら、コハクの残る道はツクネ達と共闘してタマモと向かうしかない。
「これは、一本とられたようですね……ツクネさん」
素早く頭を回転させて、コハクがはじき出した答えもツクネと同じだったようだ。
「……でも、言わなくても、ちゃんと助けてあげましたのに」
「それは状況しだいやろ?」
ツクネがニッと笑みを返す。
「そうかもしれませんね……ということは、この状況をつくったのは見事です」
コハクが力を込めると、放電が起こり、右手がバチバチと音を立てる。そのまま、タマモに向かって身構える。
「ただ、この人とても強いですよ」
視線の先のタマモに向かって、コハクが雷の矢を放つ。目にも止まらぬ速さで放たれたその矢が、タマモにあたると同時に轟音が屋敷に鳴り響き、周囲に瓦礫や砂ぼこりをまきあげる。
「やったか⁉」
「いいえ、まだです」
まきあげられた砂ぼこりの奥で、巨大な影がチラつく。大気が震えるよな巨大な妖気が周囲に立ち込める。
「……元から信のおけぬ奴とは思っていたが、愚かな選択をしたものよのう」
先ほどまでの美しい娘の姿から、金色に輝く九本の尾を持った狐の姿に変化する。
「ツクモ様に逆らったこと、後悔させてやるわ!」
言い終わると同時にタマモは九つある尾の一つを振り回す。業火がうなりをあげて、タマモの尾にまとわりつき、コハク目がけて勢いを増す。コハクは片手に妖気を集中させ、それを受け止める。
タマモとコハクの妖気がぶつかり合い、拮抗した力は互いに譲らず、逃げ場を失くした力が今にも弾け飛びそうになっている。
「今や‼」
ツクネが叫ぶより早く、ユキジとカリンが飛び込む。
「遅いわ! 小童‼」
空中で鬼の手を振りかぶったカリンを、タマモは別の尾で狙う。想像以上の速度で、伸びてきた尾を、何とか右手で防御するが、そのまま後方に勢いよく弾き飛ばされてしまう。
タマモがコハクとカリンに気を取られている隙に、ユキジはタマモの懐に跳びこむ。正眼の構えから、両腕を思い切り伸ばし、最短距離で突きを繰り出す。
そのユキジの突きの刀身を軽々と爪で受け止め、そのまま刀ごとユキジを振り回し、壁に投げつけた。さらにタマモは大きく息を吸いこむと、口から火炎を吐き出し、ユキジに追い打ちをかける。
寸でのところで、ツクネが蛇の目傘でユキジをかばう。ちょうどその時に、妖気がぶつかりあった勢いで、コハクも飛ばされてくる。ユキジとツクネのすぐ側で、コハクがくるりと回転をして受け身を取った。
「あいつ……強い。今まであったどの妖怪よりも」
「九尾の狐の伝説は伊達じゃないって訳か」
ユキジとツクネの会話に、立ち上がったコハクが入ってくる。
「あれでも全開じゃありませんよ。九尾が本当の力を見せたら、こんな屋敷や私たちなんて跡形もありません」
「何やて?」
「ツクモさんは、かつてこの国の妖怪と人間が総がかりで倒した九尾の狐を、あの少女に転生させる形でよみがえらせたんです。本物の器でないから、その分、力はかなり制限されているはずです。まあ、それでもあれなんですが……」
それぞれ独立して動かすことのできる九本の金色に輝く尾は逆立ち、近づくものを粉砕せんとばかりに揺らめいている。
「何か弱点はないのか?」
「わかりません……ただ、転生で得た身体で、あれだけの妖気を放出し続ける容量があるとは思えません」
コハクの言わんとしていることが、二人に伝わる。
「……厳しいな。あの攻撃、受け続けてたら、こっちが先にお陀仏やで」
「でも、それしかなさそうですね」
コハクが腰に差した漆黒の刀を抜く。コハクが刀を抜くところが初めてみたが、この刀には見覚えがある。
「お前、これ……⁉」
コハクが手にしているのは、かつてヒビキを鬼に追い詰めた妖刀「紅喰」である。
「私用に調整させていただきました。ユキジさん、行きますよ。ツクネさんはカイさんの安全を確保したうえで、援護してください」
ユキジがツクネの顔を見ると、無言でうなずく。コハクに指示を出されるのは癪だし、「紅喰」についても言いたいことがあったが、今はそれどころではない。
ユキジはコハクの横で刀を構える。ツクネはすでにカイのもとに走り出した。九尾の奥ではカリンも立ち上がり、炎の尾を発射する準備をしていた。
「カイ!」
壁際で倒れて、うなだれるカイのもとに駆け寄り、抱き起す。目は開いているが焦点が合っていない。繰り返し名前を呼ぶとうっすらとは反応があった。
「ツ……クネ?」
「よっしゃ、何とか生きてはいるみたいやな」
ツクネは安堵の表情を浮かべ、「重っ」と言いながら、カイを抱きかかえて、ツクネたちの入ってきた扉の方を目指す。
運び出されようとするカイに気づいたタマモは、それを阻止しようと尾を伸ばす。そこに狙いすましたように、カリンが炎の輪を打ち込む。炎の輪が金色の尾にぶつかり、その勢いで尾の軌道がそれる。
だが、それでも尾は止まらない。再び方向転換してツクネを襲おうとする尾の前に、コハクが立ちふさがる。右手に刀を持ったまま、左手を開いて前に突き出し、そこから稲妻を放つ。
天を割るような轟音が鳴り響く。さすがに動きが止まったところに、ユキジが大上段から刀を振り下ろす。タマモはとっさに尾を地面に打ちつける。その反動で斬りつけたときにバランスを崩したため、尾を斬り落とすことはできなかったが、かなりの深手を与えた。
いかに巨大な妖力を持っていようともきちんと当てさえすれば、ユキジの斬撃が九尾の狐にも通用することは分かった。
ツクネはそのようなやり取りなど気にせず、カイを部屋の外に連れ出す。振り返らないのは、信頼の証なのだろう。
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