第七話

「あの雷野郎のことを信じろっていうのか?」


「……信じる訳やない。ただ、あの兄ちゃんと、うちらの利害がたまたま一致しただけや」


 不満そうなカリンに、ツクネが説明する。もちろん、ツクネもすべてを受け入れている訳ではない。利害が一致する部分では、お互いに利用しあう……商売の世界でもよくあることだ。


「ユキちゃんはどう思うんや?」


「……正直、いろいろな情報が多すぎて、まだすべてを整理しきれていません」


 ユキジは言葉を濁す。父の話もそうだが、コハクのこともユキジを戸惑わせていた。ジョウケイの話にあった、ヒスイの嫡男がコハクだったとは……ジョウケイによると、ユキジが幼いころに遊んでもらったこともあるという。


 コハク自体には、そのころの記憶はないようだし、多くの人間を犠牲にしてきたことは、決して許されることではないが、「人間に戻りたい」というコハクの願いは、かなえてやりたい気もする。たぶん父もヒスイとの約束と、コハクの願いを知る中で、様々な葛藤を抱えているのだろう。


「……ただ個人的には天戸には行きたいし、大老主催の武術大会というのも興味はあります」


「虎穴に入らずんば虎子を得ず……やな」


 ツクネの言葉はユキジに対して言ったのか、あるいは目の前の屋敷に対してかは定かではないが、一刻ほど前に、カイと共に後にした屋敷まで、再びたどり着いた。


「ちょっと邪魔するで‼」


 ツクネが先頭で、大きな西洋風の扉を蹴り飛ばして、中に進む。扉を蹴り飛ばした大きな音に反応して、玄関口で談笑していた妖怪たちが、こちらを向いた。急に現れた招かざる客に驚く妖怪に向かって、ツクネはクナイを投げつけた。


 とっさに顔の前に出した腕に、クナイが刺さった一匹が、叫び声をあげた。もう一匹はうまくクナイを躱し、ツクネに向かって襲いかかる。


 ツクネに向かって振り下ろした爪を、後から出てきたユキジが刀で受け止めた。カリンはすでに跳躍して、腕にクナイが刺さっている方を目指す。


 刀を少しずつ横に倒して、爪を受け止めた軸をずらしていく。押し込む妖怪の力が、受け流された瞬間に、ユキジは手首を斬り上げる。オサキの右手の手首から先が、宙を舞う。返す刀で、ユキジは妖怪を両断した。


 ツクネはヒューと口笛を吹いた、奥ではカリンがもう一匹も仕留めている。


「さっすが、ユキちゃんと嬢ちゃん!」


 二人を褒めるツクネに向かって、何かを見つけたユキジは「ツクネさん、あれ!」といって、奥の方を指さす。そこには何人かの人間が、それぞれ恍惚の表情を浮かべたまま座り込んでいる。


 ユキジが近くまで行って、肩を揺すって声をかけてみたが、反応はない。ツクネとカリンも側まで、駆け寄って様子をうかがう。


「……死んではおらんみたいやな。アヘンか何か吸うたみたいに、イっちゃってるようやけど」


「おい! これって」


 カリンがユキジの方を見る。


「ああ、名無丸さんの言ってた四菱が怪しいってのは本当だな。それにさっきの妖怪も狐の妖怪だった」


「……ということは」


 三人が目を合わせる。


「タマモが九尾の狐っていうことやな」


 三人で話をしている間に、先ほどの物音を聞きつけて、ツクネとカイを襲ったのと同じオサキと呼ばれる狐の妖怪が、二階からたくさん降りてくる。


 ユキジは愛刀の「細雪」を正眼に構え直す。ツクネはすでに鋼鉄の南京玉すだれを、右手で持っている。カリンは妖怪が下りてくるのを待ちきれずに、中二階につながる大きな西洋風の階段の手すりの上に飛び乗って、小太刀を逆手に持った。


 そこからは雪月花、得意の乱戦である。


 狐火を灯すオサキたちに、炎とはこういうものだと言わんばかりに、カリンが炎の尾を出して、それをオサキの集団目がけて解き放つ。うなりをあげる炎の輪の直撃を受けたオサキは、叫び声をあげる間もなく、その場に崩れた。


 さらに炎を避けたオサキの群れの中にカリンが飛び込み、小太刀で縦横無尽に斬りつける。オサキたちは持っている刀や、その強靭な爪を振り回すが、それよりも早く、カリンの二刀小太刀が駆け巡る。


 回転の数が増えるほど、速度を増しながら、まるで小さな台風のように、触れるものを切り裂いていく。鬼の手を出さないところを見ると、まだずいぶんと余裕が見られた。


 そんな円の動きを取り入れたカリンとは対照的に、ユキジは妖怪との最短距離を、直線的な動きで、刀を振るう。その速さの秘密は「間」と言われる、圧倒的な空間把握と心理把握の能力である。


 技が届くギリギリの間合いの掴み方が、ユキジは優れている。相手が攻撃を仕掛けようとする瞬間には、すでにユキジの突きが決まっている。この先を取る感覚を、ユキジはヤシロに幼いころより叩きこまれた。


 ユキジの向かう先には、次々と白い輝きが立ち込め、妖怪が浄化されていく。ユキジの剣技もこの数ヶ月の戦いの中で、さらに磨かれていった。


 たくさんの妖怪が押し寄せる波も、二人によって切り裂かれ、その後に道ができる。オサキ程度の妖怪では、もはやユキジとカリンを足止めすることも、かなわなくなっていた。


 ツクネの仕事は二人の戦いの支援であった。クナイを投げて、敵の動きを限定したり、二人が撃ち漏らしたオサキにとどめを刺していく。


 先ほどツクネ一人だと、あれほど苦戦したオサキたちが、三人だと流れるように次々と倒された。


 これだけの乱戦の騒動の中でも、妖怪以外は誰も出てこないということは、すでに四菱内の人間たちは皆、骨抜きにされているということだ。


「二階の廊下抜けたつきあたりに大広間と、その奥に四菱の親分の使う部屋がある! このまま、真っ直ぐ突破してまおう!」


 ツクネの言葉で、それぞれ広がって戦っていたユキジとカリンが、中央に寄ってきて、錐のように、妖怪の群れを一点突破していった。

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