第六話

「だから、もう送らんでも大丈夫やって!」


 何度も断っているのに、カイはずっとツクネの横をついてくる。


「夜道の一人歩きは危険だぜ。それに西洋では、男は女性をエスコートするのが普通だ」


 おどけて、気障な言葉を放つカイの肩あたりを、ツクネが手のひらでバシッと叩く。


「あほか! うちが襲われるたまか! ここから一人で帰れるから、さっさと屋敷に戻り」


「俺と一緒じゃ嫌か?」


 カイが真顔で、ツクネを見つめる。


「いや……ではないけど」


「じゃあ、いいだろう。宿まで送るよ」


 満面の笑みで返すカイを見て、慌ててツクネは目を逸らす。しばらく二人で並んで歩きながら、夜道を歩く。しばらく無言で歩いていたが、その微妙な空気感に耐えきれず、ツクネが先に口を開いた。


「……で、さっきのはどうやったん?」


「さっきのって?」


「見合いの話や。チラッと見ただけやけど、えらいべっぴんさんやったやんか?」


「ああ、すごく美人だったな。正直、好みだった。でも……」


 そこで、カイは少し言葉を切って、ツクネから視線を逸らした。


「断ったよ」


「えっ⁉」


 ツクネの足が止まった。慌ててカイの方を見る。


「どうして⁉ きれいな子やったし、四菱にとっても申し分ない話やろ!」


「なんでツクネが怒るんだよ。別にいいだろ? 俺の結婚相手は、俺が選ぶ」


「……でも」


「きっと、俺にはああいう人は合わないよ。ツクネみたいに俺の横で、ギャンギャンやかましく言ってくれるような人じゃないとな」


 冗談っぽく茶化して言葉をつなぐが、カイはカイなりに真剣にツクネのことを口説いていた。今日出会ったばかりのこの女性は、カイが今まで出会ったどのタイプの女性とも、少し違っていた。


 もちろん容姿などにも惹かれたが、それ以上に波長が合うというか、特別に惹かれるものがツクネにはあった。


 しかし、香具師の性質上、どれだけの期間、この街に留まっているのかはわからない。そんな、カイの想いに、少なからず気づいているからこそ、できるだけそうならないよう、気をつけながら言葉を返す。


「……やかましいは余計やわ」


 カイの背中をバシバシと叩き、冗談に変えてしまう。カイは何か言いたそうにこちらを見たが、ツクネはそれに気づかないよう視線を逸らす。


「⁉」


 逸らした視線の先の物陰から、狐の妖怪がスーッと現れる。指先には鋭い爪を備え、刀を、持っているものもいる。背後を振り返ると、すでに三匹ほどの妖怪が、少しずつ距離を詰めてきている。


 ……つけられたな


 統制のとれた様子から見て、もともとこの辺りで襲う予定だったのであろう。ツクネは鋼鉄の南京玉すだれを取り出し、胸の前で構える。


「ツクネ、こいつらは?」


「さあな、こっちが聞きたいわ。追いはぎかなんかやったら、うちよりこいつの方が金持ってるで」


「ひどいな、おい」


 カイと冗談を言っている場合ではない。妖怪たちは少しずつ囲みを小さくしてきている。カイも洋服のベルトに差していた西洋刀を構えるが、素人まる出しの構えを見る限り、戦力としては、あまり期待できない。


「男は殺すんじゃないぞ」


 囲みを小さくした妖怪たちが確認しあっている。男を殺すなということは、ツクネは殺してもいいということだ。最初はコハクの差し金も疑ったが、コハクの手下なら、まだ利用価値のあるツクネを狙うはずがない。


 ……我ながら色ボケしとったのかもな。


 コハクやカイに気を取られて、見合い相手のタマモが妖怪という可能性にまで、頭を巡らせていなかった。コハクとつながっている時点で十分可能性はあったのに……そんなツクネの後悔を他所に、妖怪たちはまずはツクネに向かって襲い掛かってくる。


 ツクネは左手で、鋼鉄の玉すだれを鞭のように水平に振るう。うなりをあげて、速度を増す鋼鉄の鞭が、距離を詰めようとする妖怪の群れを薙ぎ払う。


 そして、崩れた囲みを目指して火薬球を投げ込む。とにかく南北どちらかの囲みを崩してカイを連れて突破するしかない。あのタマモという女が、妖怪という可能性が出てきた以上、このままカイを帰すわけにはいかない。


「カイ、走って囲みを抜けるで!」


 ツクネの言葉にカイもうなずいて走り出す。火薬球でひるんでいる妖怪たちに向かって再び、ツクネが玉すだれを振るう。今度は持っていた刀で受け止められるが、玉すだれの勢いで、少し後退した。そこへカイが西洋刀を不器用に振り回しながら、道を切り開く。


 囲みを抜けようとする二人に向かって、妖怪の一匹が鋭い爪を振るう。ツクネはそれを愛用の蛇の目傘で受け止め、そのまま柄の部分に仕込んであった刃を引き抜き、妖怪の胸に突き刺した。


 肉の感触がツクネの手に伝わる。目の前の妖怪が、そのまま前向きに地面に倒れこむ。素早くその刃を妖怪の胸から抜くと、横から襲い掛かろうとしていたもう一匹に投げつけた。


 何とか隙を作ってこの場から逃げ出そうとするが、思ったより妖怪も統制が取れている。玉すだれや火薬玉で、隊列を崩しても、すぐにその穴を埋めるように動く。


 ツクネ一人なら何とかなるが、カイも逃がそうとするとなかなか困難だ。何とか自分の身は守っているが、カイにはそれが精いっぱいだ。


 オサキと呼ばれる妖怪にとっても、これは誤算だった。女一人を始末するなど造作もないことだと思っていたが、この女は想像以上に戦いなれている。タマモから与えられた任務に失敗は許されない。


 囲みから逃げられてしまう前に、妖怪たちは狙いを変える。半分はツクネの注意をひくことに力を使い、残る半分で先にカイを押さえてしまうことにした。


 ツクネに向かって振り下ろされた刀を、ツクネが玉すだれを橋のように広げて受け止めている隙に、別の一匹が狐火と呼ばれる小さな火の玉をツクネとカイの間に投げつける。さほど速度もないので、軽々と二人は狐火を避ける。


 二人の間に次々と狐火が撃ち込まれていく。撃ち込まれた狐火はすぐには消えず、機雷のように、二人の間を漂う。


 ……あかん、そういう事か⁉


 次々と撃ち込まれる狐火を避けるうちに、いつの間にか、二人の間が狐火で分断されている。ツクネが狙いに気づいて蛇の目傘を開き、炎の中に飛び込もうとするところに、さらに左右からオサキが爪を振るってくる。


 ツクネは「チッ」と舌打ちをして、開いたままの傘を右手の妖怪に投げつける。さらに素早く、籠をその場に置いて、左前に前回り受け身の要領で、飛び込み、回転しながら、その爪を避けた。


 立ち上がりざまに、妖怪の脇腹あたりに持っていたクナイを突き刺す。さらにそこから先ほど傘を投げつけた妖怪に向かって、もう一本のクナイを投げつけた。


「カイ‼」


 ツクネは振り返って、カイの様子を伺う。


 カイのまわりには三匹のオサキが群がり、両肩を一匹ずつの妖怪が抑え込んでいる。残る一匹が、カイのみぞおちに思いきり当身を喰らわせると、カイの首がガクンとうなだれた。カイの意識がなくなったことを確認して担ぎ上げ、そのまま退散しようとしている。


「待てぇぇぇ! コラぁ!」


 ツクネがカイを連れ去ろうとする妖怪目がけて、最大限、玉すだれを伸ばすが届かない。逆にその隙を狙って、後ろから脇腹にクナイを刺されていたオサキが爪を振るう。


 とっさに気づいて、身体を捻ったおかげで、背中をかすめただけで済んだが、そいつを蹴り飛ばした後も、次々と襲ってくるオサキたちに対応している間に、カイを連れた妖怪はもう見えなくなっていた。


 カイを連れ去ったため、数は半分ほどになったのと、カイを守りながらの戦いでなくなったことで、ずいぶんと余裕は出てきたが、それでもこの数を相手にするのは骨が折れる。


 三匹ほどを戦闘不能にしたことを差し引いても、あと五、六匹の相手をしなければならない。焦る気持ちを押さえながら残りの妖怪に向き合う。一匹一匹は、刃物が通る普通の硬さだ。


 ツクネはできる限り一対一の状況になるよう、うまく地形や火薬球で距離を取りながら戦闘を行う。動きの制限される狐火には、気をつけなければならないが、一匹ずつのオサキは、そこまで脅威ではない。


 それよりも周りを気にかけながら、一匹ずつ倒していく分、時間がかかりすぎることの方が、ツクネにとっては嫌だった。


 オサキが振り下ろしてきた刀を、ツクネは玉すだれで受け、そのまま捻りを加えて弾き飛ばす。刀が飛ばされ、バンザイのような格好で、がら空きとなった妖怪のわき腹に、玉すだれを水平に振るう。


 肉に金属がぶつかる鈍い音と共に、その妖怪は左わき腹を押さえて崩れ、地面を転がりまわる。その様を横目で見ながら、ツクネは地面に置いた籠のところに移動をし、再びそれを背負った。


 籠からツクネがいつも指に挟む火薬球より、二回りほど大きい球を取り出すと、指先に仕込んだ火打石で、導火線に火をつけて、空に向けて投げ放つ。


 ……ユキちゃん、嬢ちゃん、気づいてや!


 ツクネが願いを込める。


 ツクネが投げた球は放物線の頂点で、火薬に着火し、夜空に控えめな花を咲かせた。手投げでは、これが精一杯だが、こんな街中で花火が上がれば、ユキジたちも気づく可能性が高い。


 集まるべき時間にツクネが現れず、花火が上がっているのを見れば、それがツクネからの救援信号ということを理解してもらえるかもしれない。


 突然の花火に一瞬、残りの妖怪たちもひるんだが、それが妖怪たちへの攻撃でないとわかると再び、襲い掛かってきた。オサキたちにとって、ツクネを始末することも命令の範囲だ。


……さて、どうかな?


 ユキジたちに伝わっていない可能性も考えながら、目の前の妖怪たちの攻撃を冷静に対処する。カイが連れ去られたときは、熱くなりかけたが、殺されずに連れ去られたということは、すぐに始末されるようなことはないということだ。


 まずは、目の前の敵に対処する。ツクネはユキジやカリンのように、一撃で妖怪を仕留める力はない。多数と戦うときには、防御に主眼を置きながら、相手の隙をつくのが基本となる。


 ツクネは辛抱強く我慢しながら、近距離にはクナイ、中距離には玉すだれと武器を使い分け、隙をついて攻撃を加える。残りのオサキの数は、あと三体になっていた。時間が経つと今は戦闘不能になっている妖怪も復活するかもしれない。


 そろそろ勝負をかけようと、ツクネが再び間を詰めようとした瞬間、回転しながら炎の輪が飛んできて、ツクネから一番遠くに位置していた妖怪の背中をえぐり取る。


「‼」


 ツクネが「あっ!」と思った時には、二刀小太刀を持ったカリンが、オサキたちの真上に跳躍し、回転しながら、逆手に持った刃で妖怪を斬り刻む。噴水のように勢いよく血が噴き出し、その場に妖怪が倒れこんだ。


「ツクネさん‼」


 路地の暗闇からは、ユキジが声をあげて駆け寄ってくる。ユキジに気づいた妖怪が、振り返って、爪を振り上げるが、それより早くユキジの抜き胴が決まり、妖怪は白く輝き消滅した。


 突然現れた二人に、仲間がやられて戸惑っている妖怪に向かって、ツクネの玉すだれが振り下ろされる。側頭部に、思いきり鉄の塊を撃ち込まれ、脳を揺らされた妖怪は、そのまま地面に崩れ落ちた。


「いったい何があったんですか?」


 刀を鞘に納めながら、ユキジがツクネに近づいてくる。話したいことはたくさんあったが、カイのことを考えるとゆっくりとしている暇はない。


「どうしたも、こうしたもないわ! とにかく訳は歩きながらや! はよ、行くで」


「えっ? 行くってどこへですか?」


 すでに歩き始めているツクネに向かって、ユキジが問いかける。ユキジの問いに、振り返らずにツクネは答えた。


「四菱や! カイを助ける!」

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