第五章:狐の嫁入り
第一話
港町の広場に集まる人々の熱気が高まる。異国ともつながる唯一の街だけあって、人々の活気も他の街以上だ。当然、芸を見る目も肥えているが、その分、すごいと思うものには、きちんと評価もする。
炎のついた独楽を真っ赤な蛇の目傘の上で、回しだすと歓声も一層大きくなる。目の前に置かれた籠におひねりも飛び交う。少しずつ芸の何度も上がっていく。
先ほど、軽快な節に合わせて披露した玉すだれを、もう一度取り出し、それを片手で持つ。さらに片手で回した独楽を、ひもで引っ掛けて空中に飛ばし、すかさず両手でつくった玉すだれの橋の上で、静止させる。
周囲からは拍手と歓声がわき起こった。独楽と玉すだれを戻し、頭をぺこりと下げると再び、大きな拍手が起こる。ツクネは目の前の籠を持って、投げ銭を受け取る。
珍しい女性の香具師の大道芸が終了し、できていた人だかりも解消される。口々に感想を言いながら、去っていく人々を横目に、ツクネは片付けに入る。
午後には場所を変えて、もう一公演行うつもりだ。夜にユキジたちと落ち合う予定になっているが、まだ十分に時間がある。
野ヶ崎について三日が経過したが、今のところ大きな手掛かりはない。代官屋敷で手に入れたお金も残りわずかとなってきたので、今日からツクネは香具師の活動を再会している。
田舎者まる出しのユキジやカリンが、日の本一の貿易港の人ごみでおろおろするのを見るのも悪くはないが、やっぱりツクネは、人前で大道芸を行うのが好きだと気づく。
自前の道具を、ツクネがいつも背負う籠に整理するところに、一人の男が近寄る。
「すごいな! あんた。俺が見た中で一番の香具師だよ。あ、これ、おひねりな」
そう言って、男はツクネに小判を一枚握らせる。
「な、何や、これ?」
おひねりにしては、多すぎる額にさすがのツクネも焦ってしまう。
「それだけの価値があるってことだよ」
男は笑顔で答えるが、ツクネは警戒を強める。
「……あんた、いったい何者や?」
「あん? 俺か? 俺はカイってんだ。よろしくな!」
カイと名乗った男はにこやかに手を差し出す。長身で端正な顔立ちをしているが、武士といった顔つきではない。
どこぞの商家のボンボンと言ったところか……男の様子をうかがいながら、ツクネはそう思った。
「うちは名前を聞いとるんやない!」
ツクネはその差し出された手をパシッと払う。カイはその払われた手を見た後、まじまじとツクネの顔を見る。
「ん? 何や?」
「……いや、よく見ると、あんたすごくきれいだな! なあ、俺とつきあわないか?」
「はぁ?」
突然の告白に、さすがのツクネもとまどってしまう。
「なんで、うちがあんたと? 間におうとるわ! だいたいあんた何者や?」
「だから俺はカイって……」
まだ話している途中のカイの言葉にツクネが被せる。
「それは聞いた! だから、あんたはどこぞの誰で、うちに何用やと言うてるんや」
「そのしゃべり方……西方なまりだな。大浜か?」
「……だとしたら何や?」
カイの質問の真意を計りかねて、ツクネが聞き返す。
「やっぱりそうか! 天下の台所、大浜にはちょくちょく仕事で行くからな! そうだと思ったんだ」
「仕事?」
「ああ、うちの親父が貿易業をやっててね。異国から仕入れたものを天下の台所の大浜や、将軍のお膝元の天戸へ運ぶんだ」
「なるほどな。それでわかったんかいな。大浜や天戸ってかなり大規模にやってるんやな」
貿易業と聞いて純粋に興味が湧いたが、それ以上にツクネが反応した言葉は「天戸」だ。幕府の中心地である天戸は入国がかなり厳しく制限されている。その天戸にものを運べるということは、それなりの規模も商家で、さらに幕府の許可を得られているということだ。
ユキジやカリンは聞き込みで地道にヤシロやコハクの情報を集めているが、それは期待薄だろうとツクネは思っていた。それよりは幕府、あるいは天戸とつながりを持つ貿易商を見つけ、その筋から調べていく方がいいのではと感じていた。
「そうだな、すごく大規模に事業をしている。四菱って知っているか?」
「四菱⁉ 知ってるも何も、「四井」と並ぶ大商人やん! まさか、あんた?」
「ああ、その四菱の道楽息子だよ」
カイの言葉にツクネは昼間に幽霊でも見たように驚く。
四菱は水運業を中心に、栄えた豪商だ。一族で経営する西洋式の「カンパニー」と言われる手法で、四井や郷野池といった豪商に追いつき、今では幕府との結びつきも強い。
「その四菱のボンボンがこんなところで何しとるねん?」
「四菱のボンボンにも、たまには息抜きが必要なのさ」
カイはツクネの言い方をまねして言った。
「将来、四菱を継ぐのは悪くない……でも、何から何まで、親父のいいなり何て人生は息苦しいだけだ。たまには香具師の自由な生き方にあこがれたりもするもんさ」
「あほか! 香具師が自由やと思ったら大間違いやで! それぞれいろんなもん、抱えて生きとるんや。それをどうするかなんて自分次第。自分だけが不自由なんて思うのは、周りの見えてないガキんちょの言うことや」
ツクネの言いようにカイは眼をぱちくりさせて、その後、大笑いする。
「そうだな! ガキんちょの言い草だよな。あんた、おもしろい奴だな! 名前は何ていうんだ?」
「……ツクネや」
「ツクネか……いい名前だな。ツクネ、今から時間あるか? 俺のとこに案内してやるよ」
「はあ?」
さすがのツクネも初対面の男についていくほど、馬鹿ではない。呆れかえって、カイに向かって手を振る。
「いやいや、女誘うにしても、もうちょっと言いようがあるやろ? いきなり家こいって」
カイも笑いながら、ツクネに向かって手を振る。
「いや、そう意味じゃなくて、うちの屋敷には異国の珍しい道具なんかもたくさんあるから、ツクネも興味あるかなって思ったんだ」
異国の珍しい道具と聞いて、少し興味が湧く。そんなツクネをみてカイが手を引っ張り促す。
「ほら、ちょっと興味出てきただろ? 遠慮しないでこいよ」
カイに促されるまま、ツクネも仕方なく歩き出す。異国の道具にも興味があるのも本当だが、ツクネの頭の中には、四菱を利用してうまく幕府内につながりを持てないかということが浮かんでいた。
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