最終話

 あれから二週間たった。


 ユキジの太ももの傷もだいぶ塞がり、もう歩くのには不自由しない。ツクネの肋骨はくっつくのにもう少しかかりそうだが、すでに軽口を叩けるぐらいには回復している。


 若いのは治りが早くていいなぁ……などとぼやいているジョウケイの肩が結局、一番の重傷だ。まだ包帯をぐるぐる巻きで、力を込めると出血する。そんな状態だが、飯森藩から一山越えて、本道に出るところまで見送ってくれた。


 ジョウケイの話を聞いて、ヤシロの過去の出来事を聞けたことが、ユキジのとっての一番の収穫だ。


 父が飯森藩主ヒスイの嫡男を今も探し、そして、大老ツクモを倒すことを目論んでいるのであれば、将軍のお膝元である「天戸」へ行くのが、一番手がかりがありそうだが、昨今の妖怪騒ぎで、関所での取り締まりがかなり厳しい。


 実際のところは幕府、あるいは各藩の通行手形がないと入ることができない状態となっている。


 そこでジョウケイが提案してきた行先は「野ヶ崎」であった。古くからの貿易港がある野ヶ崎は幕府成立とともに幕領となった。三代将軍のころに定められた鎖国政策の後も、異国への窓口となっているため、多くの人々でにぎわっている街だという。


 野ヶ崎と聞いて一番に反応したのはツクネだ。国内の他の場所ではなかなか手に入らない道具が手に入るので、年に一度は香具師の興行も兼ねて訪れるらしい。ちょうど、そろそろその時期なので、都合がいいとのことだ。


 カリンも野ヶ崎行きの大きな船に乗れるという、ツクネの口車に乗って興味津々だ。ユキジにとっても、居心地がよくなりつつあった三人連れも、ここで解散かと思っていたが、ツクネの取りまとめもあり、再び続けられることが嬉しい。


「ジョウケイさん、いろいろお世話になりました」


 ユキジは深々と頭を下げる。


「何を言っているユキジ! 世話になったのはこちらの方だ。皆のおかげで、再びこうして飯森藩のために祈ることができるようになった」


「ジョウケイさんはこれから?」


「うむ、まずは飯森藩の人々のために墓をつくらねばな……ゆくゆくは寺を再築し、人々を弔い続けるつもりだ。すまんな……できれば、ユキジたちの手伝いがしたいのだが」


 ジョウケイがすまなそうに頭を下げる。そのジョウケイの怪我していない方の肩をツクネが叩く。


「何言うてんねん。飯森藩の人のために祈ることこそ、ジョウケイさんにしかできんことやろ。ユキちゃんのことは、うちに任しとき」


「そうですよ。必ず父と再会して、ジョウケイさんのこと伝えます」


「ああ、よろしく頼む」


 ジョウケイと固い握手を交わし、ユキジたちは次の目的地、野ヶ崎へ向けて出発した。


 ジョウケイはユキジたちが見えなくなるまで、手を振り続けている。


 どうかあの三人が無事、ヤシロ殿と会えますように……


 そして、ヤシロ殿が殿のご嫡男、「コハク」様を見つけ出すことができますように……


 強い日差しが、山の緑を鮮やかに映し出す中、ジョウケイはいつまでも祈っていた。


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