第七話

 ユキジは怒っていた。「人の心を傷つける行い」そこにはジョウケイだけでなく、カリンのことも含まれていた。


 ジョウケイを助けたカリンの行動は、冷静に考えて最適な行動だった。だが、ユキジは一瞬、躊躇してしまった。結果、自分より年下の少女に辛い思いをさせてしまった。


 ユキジの怒りはもちろんガシャドクロに……そして、それだけではなく自分自身に対してもだった。


「カリン! ツクネさん! 援護お願いします」


 ユキジが正眼から、刀の構えを左下段に移す。ユキジの声に反応してツクネが南京玉すだれを構える。カリンはすでに二刀小太刀を逆手に持ち、炎の尾を出していた。


「行くぞ‼」


 ユキジが思いきり、ガシャドクロの懐に飛び込む。そのユキジを叩き潰すように降り下ろそうとするガシャドクロの掌を、釣り竿のように伸ばした鋼鉄の玉すだれで弾く。ツクネの力ではほんのわずかに、タイミングをずらすことが限界だ。


「嬢ちゃん!」


ツクネが叫ぶと同時に、炎でできた輪が回転しながら、ガシャドクロの側頭部にぶつかる。さすがのガシャドクロも少し怯んだ瞬間をユキジは逃さない。飛び上がるようにして、下段から斜め上に斬り上げる。


 鋭く跳ね上げたユキジの「細雪」が、二の腕あたりから、ガシャドクロの右腕を斬り落とす。音を立てて、石造りの地面に落ちる右腕。


ユキジはさらに、失った右腕の死角をついて、胴体に一撃を入れようとする。


「後や! ユキちゃん!」


 ツクネが蛇の目傘を開いてユキジの後ろに飛び込む。すぐそばまで、先ほど斬りおとした右腕の骨の指先が伸びてきている。ズンと傘に伝わる衝撃を両手で受け止める。


 前からもガシャドクロの左手の指先が伸びてきたが、ユキジは刀で一つ、二つと弾きとばす。ユキジと背中合わせのまま、ツクネ話しかけてくる。


「もともとバラバラになった骨が妖怪なったんや、斬りおとしたぐらいじゃ、まだ攻撃してきおる」


「……そのようですね」


「ユキちゃんの刀で、完全に消滅させるか、嬢ちゃんに焼いてもらうかやな」


 傘を投げ捨て、籠から棘のついた鉄球を取り出し、そこから伸びた紐を玉すだれの先につける。紐をつかみ、右手で鉄球の部分を回転させる。回転が速くなるとともに、空気を切り裂く音があたりに響いた。


「嬢ちゃん‼」


 ツクネがその西洋で言うモーニングスターのような武器を、斬り落とされたガシャドクロの右手に投げつけながら叫ぶ。遠心力で勢いを増す鉄球が、ガシャドクロの広げた右手の指先を粉砕した。


 間髪入れずに、カリンの炎が飛んできて、その指先を焼き払う。さらにカリンは跳躍して、右手の鬼の手を振りかぶる。カリンの唸り声があたりに響いた。二本の指が砕けた、ガシャドクロの右腕に向かって、拳槌を振り下ろす。


 轟音とともに、石畳が割れてあたりに飛び散る。ガシャドクロの右腕は地面にめり込み、粉々になっているが、カリンは炎の尾をまといながら、回転して飛び出してくる。舞い散る粉塵にも着火し、カリンが飛び出してきた先から、炎の柱が渦巻く。


 着地したカリンの方に、ツクネが親指を立てる。フンと鼻を鳴らすカリンを横目に、もう一度、竿の部分を振るい、ガシャドクロ本体の方へ鉄球を飛ばす。


「くらえ!! ツクネさんハンマー!」


 思わず赤面したくなるような、名前をツクネが堂々と口にする。


 ガシャドクロはその鉄球の軌道を確認すると、残った左腕を大きく振るう。メリメリとまるで砂場の砂をスコップで救うかのように、石畳ごと地面がえぐり取られ、ガシャドクロの目の前に壁のように積みあがった。


 ツクネの鉄球はガシャドクロの作った壁を破壊すると勢いをなくしてしまった。あたりに砂ぼこりが巻き上がる。


「⁉」


 砂ぼこりに紛れて、ガシャドクロの左手が伸びてくる。瞬時にツクネが左手に体ごと包まれる。ツクネが力を込めて、そこから這い出ようとするがかなわない。


 砂ぼこりの影からユキジが、ツクネを掴んでいる腕を落とそうと刀を振りかぶって飛び出してくる。


「あかん! ユキちゃん!」


 ツクネが叫ぶ。


 飛び込んでくるユキジの動きを先読みして、地面から鋭い骨が伸びてくる。体を捻って串刺しは避けたが、左の太ももあたりを刺される。そのまま地面に跪くユキジ。致命傷は避けたが、これでは思い切り、踏み込むことはできない。


「オマエたち、ナカマ思い。キット助けにクルとオもった」


 ツクネを握る手にグッと力を込める。両腕に圧迫されて、肋骨が数本折れる。苦悶の表情を浮かべるツクネをガシャドクロが投げ捨てた。地面に叩きつけられる寸前に、カリンが受け止める。


「サンキュー、嬢ちゃん……あばらがイッてもうたわ」


 折れた骨に響くのか、話すのもかなり辛そうだ。カリンは、ツクネをそっとおろし、ガシャドクロに向かおうとする。その着物の端をツクネが掴み、カリンを止める。


「……嬢ちゃん、あの玉や……狙ってくれるか」


 ツクネの指さす先には、先ほどの鉄球が転がっている。その鉄球とツクネを、交互に見たカリンは、その意図を察してうなずいた。そして、そのままガシャドクロの間合いに飛び込む。


 ガシャドクロから伸びてくる鋭い骨を二本の小太刀で受けながら、間合いをはかる。素早い動きで、跳躍を繰り返しながら、出入りを繰り返す。受けを七割、攻撃が三割ぐらいの気持ちで、狙いがばれないよううまく誘い込む。


 ユキジも気づいているのだろう。左足を引きずりながらも、左腰に両手をやり、居合の構えを取っている。


 ガシャドクロの間合いの中で、ちょこまかと動く、カリンに業を煮やして、その巨大な左手でカリンを下から、叩き上げた。


 カリンは二本の小太刀を交差させて、受け止めようとするが、その勢いに弾きとばされてしまう。二本の小太刀も衝撃で飛ばされ、カリン自身も上空に打ち上げられたが、それでも無理な体勢のまま炎の尾を発射する。


 円を描きながら射出された炎を軽々と躱し、空中のカリンの追撃のため、ガシャドクロが腕を伸ばそうとする。ガシャドクロの躱した炎が、地面に落ちてあった、ツクネの鉄球に触れたとき、大きな爆発が起こった。


「⁉」


 落雷のような爆発音と共に、ガシャドクロの左肋骨の辺りが、木っ端みじんに吹っ飛ぶ。カリンはガシャドクロの攻撃を受けながら、うまくツクネが火薬を仕込んだ鉄球の落ちてある場所まで、おびき寄せていた。


 バランスを崩して、ガシャドクロの巨体が左後方に倒れこむ。そこにユキジが待っている。刀身を鞘から素早く滑らせ、バランスを崩し、頭部がむき出しになったガシャドクロに解き放つ。


 鋭いユキジの斬撃がガシャドクロの頭部を半分ほど切り裂く。斬り口から白い光が輝くが、それが途中で止まってしまう。左足を負傷しているユキジの踏み込みが、もう一歩というところでいつもより浅い。


 そこから刀を返し、もう一度斬り下げようとするユキジに、ガシャドクロの指先の骨が鋭く伸びる。


 ……間に合わない‼


 鋭利な刃物のようなガシャドクロの指は、空気を切り裂く、不気味な音をたてながら、ユキジの喉元まで迫った。思わず目を閉じたユキジの目の前に、いかずちが走る。一瞬、バチバチッと闇夜に火花が見える。


 炭化したガシャドクロの指が、ユキジの喉元に触れると、砂のように崩れさった。驚いたユキジの視線のはるか先には、手のひらをこちらに向けて構えるコハクの姿があった。冷たい汗が、ユキジの背中に流れる。


「ユキジィィィィ‼」


 えぐられた肩の出血をものともせず飛び込んできたジョウケイが、手首の辺りまで崩れ去ったガシャドクロの左肩に「春雷」を放つ。ジョウケイの叫び声に我に返ったユキジは、刀を返し、ガシャドクロの頭部を真っ二つに両断する。


 白い光を帯びながら崩壊するガシャドクロに、さらにユキジは一太刀、二太刀、三太刀と加えていく。ユキジの刀が走るたびに、白い光がきらめき、やがて周囲を照らす白い光が、漆黒の「細雪」の刀身に収束していく。


「カリン‼」


 ユキジが叫んで、そこから飛び退くや否や、待ちかまえていたカリンが、炎の輪を照射した。炎包まれ、完全に消滅するガシャドクロ。肩の傷を押さえながら、ジョウケイは目をつむって、祈りの言葉を捧げる。


「……今度こそは安らかな眠りを」


 先ほど目にした丘の上には、もうコハクはいない。


 少しずつ消えゆく炎を見ながら、ユキジもこの地に眠る魂たちの平穏を祈った。

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