第六話

 ガチガチと骨のなる音が、廃墟となった城下町に響く。生きている人間と屍の区別がつくのだろうか? 


 ユキジたちが城下町に入るなり、無数の骸骨たちが襲ってくる。手に刀や槍を持っているところをみると、飯森藩士のなれのはてかもしれない。


「こいつらの相手をしていてはきりがない。飯森城のガシャドクロ本体を倒さないと、こいつらはいくらでも出てくる。一気に突破するぞ!」


 ジョウケイが鋭い回転を加えた突きを見舞うと、目の前の骸骨の頭部が粉々に粉砕される。「春雷」である。


 ユキジはジョウケイを見る。表情には出していないが、妖怪に操られているとはいえ、かつての仲間の屍を破壊することは精神的にきついだろう。だが、そんな感傷に浸っている暇はない。目の前には次々と骸骨が襲ってくる。


……なるほど、これは厄介だ。


 ジョウケイに続き、群がっていた骸骨たちに一太刀、二太刀と加えたユキジは戸惑っていた。この骸骨自体は操られているだけで、たいした実力ではないし、他の妖怪のように刃物が通らないほど固くもない。ツクネの鋼鉄の玉すだれなどでも、十分倒せている。


 しかし、恐怖や痛覚がないのか、蹴散らしても、蹴散らしても群がってくる。防御も何も関係なく、とにかく生きている人間を数で押してくる。


 多数を相手をするのは、体力の消耗も激しい。ジョウケイが一人でガシャドクロの討伐を断念したこともうなずける。


「嬢ちゃん、広がるな! ユキちゃんもできるだけ寄るんや」


 ツクネの声に、骸骨たちのかなり奥まで飛び込んでいたカリンが振り返り、けげんな顔をする。


「これだけの数に面で戦っても、時間と体力の無駄や! 錐の一刺し、一点突破や。ユキちゃんと嬢ちゃんで、とにかく城に向かって道を開いてくれ!」


 ユキジとカリンがうなずき、一点突破を試みる。とにかく前に向かって、骸骨たちを斬り払う、その二人を狙って、左右から骸骨が襲いかかる。


「二人の背中と左右の敵は、うちらが引き受ける!」


 右からカリンに襲い掛かる骸骨たちを、玉すだれで薙ぎ払う。逆側では、ジョウケイが棍の両側を使って、ユキジの側の骸骨を打ち落とす。


 前の敵だけを相手にするというのは実は難しい。乱戦に慣れているユキジやカリンの体はどうしても、左右の敵にも反応したがる。視界の端で、敵の攻撃をとらえているのに、それを無視して、攻撃するのはかなり勇気のいることだ。


 乱戦の基本はとにかく防御である。多数と戦っているときに、一撃でも大きいのをもらうと、たちまち取り囲まれてしまう。ユキジやカリンも、いつも相手が複数で攻撃してきにくい位置取りを意識してきた。


 そんなユキジやカリンが、前だけを向いて進んでいけるのは、背中を任せてた相手への信頼からだった。


 流れるようなユキジの刀が、目の前の敵を次々と切り裂いていく。閃光のような刃筋が通った後には、白く輝く光が残る。その輝きが消えるとき、チラチラと雪のように見える。


 「細雪」……目の前のユキジを見て、ジョウケイの口にした刀の銘が、ツクネの心に浮かんだ。


 ユキジとカリンは、その襲いかかる亡者たちさえも巻き込んだ艶やかな舞のように、華麗な動きを見せる。


 海を割ったというモーセのように、城跡までの道筋が開けた。四人は堀にかろうじて残っている橋を渡り、城門跡に駆け込む。


 最後尾のツクネが火薬でその橋を爆破し、さらに堀の中に、トリモチを含んだ網を投げ込む。


「これで少しは時間も稼げるやろ」


 生きている人間に向かって襲い掛かるという、単純な命令のもと動いているガシャドクロの手下の骸骨たちは、次々と橋の落とされた堀へと落下し、トリモチでもがいている。


 骸骨たちが追ってこないことを確認したユキジ達は、飯森城跡をさらに進む。かつて天守であった大部分は焼け落ちていて、その戦いの凄惨さが垣間見える。


「……ずいぶん悲惨な状態やな」


「ああ、幕府軍……いや、ツクモの手下どもは容赦なかった。最後は降伏をしようとした当時の藩主のメノウ様も、その場で斬殺された」


 ジョウケイが唇を噛みしめる。この場所へ来て、余計に当時のことが思い出されるのだろう。


「だからこそ、せめて、この飯森藩の人々には安らかに眠ってほしい。ユキジ、皆の者、改めてよろしく頼むぞ」


 うなずいたユキジ達は用心深くさらに先に進む。ガチガチと骨を鳴らす音が段々と近くなってくる。


「いるぞ‼」


 積み重なったがれきの陰から覗き込んだ先には、巨大な骸骨の化け物がガチガチと骨を鳴らしている。ガシャドクロだ。石畳が割れ、土の見えている地面から上半身だけが、せり出しているが、それでも優に二階建ての建物ぐらいの大きさはある。


 ガシャドクロはその巨大な指先で、地面を掘り返している。枯れた樹木の幹だけが残るその場所からかなり風化した骨が出てくる。


「⁉ ……あの場所は……まさか」


 ジョウケイの顔が真っ青になる。


 飯森城内の中庭。楠が植えられたその場所に、ヒスイの墓が作られた。家臣皆から好かれたヒスイの墓に花が絶えることはなかった。その場所が妖怪に汚されている。


「殿……貴様ぁぁぁ‼

 ジョウケイが叫んで飛び出す。


 ジョウケイは握りしめた棍をガシャドクロに向かって、振り下ろす。ガシャドクロはそれを軽々と受け止め、そのまま棍ごとジョウケイを振り回し、投げ捨てる。地面にぶつかる寸前に、ジョウケイが受け身を取って、棍を構え直す。


「イキテいるニンゲンが、こんなところまで来るとは……すぐにコイツらと同じようにシテやる」


 ガチガチと骨をならすガシャドクロが出てきた骨の上で、両手をひらひらと躍らす。何かの意思に操られるように、掘り返された地面の窪みから、骸骨が這い上がってくる。


 ジョウケイは茫然とその様を見ていた。


 他の者と同様に、その骸骨も人間に目がけて真っすぐに襲い掛かってくる。骸骨が大きく振るった拳をジョウケイは、何もせずただ受ける。


 あたりに鈍い音が響いた。頬の辺りに思いきり拳を受けて、よろめくジョウケイ。その骸骨はさらにジョウケイの首を絞めようとする。


 ツクネの玉すだれが伸びてきて、その手を払う。骸骨がよろめいたところに、ユキジが大上段に構えた刀を振り下ろそうとした。


「やめろ! ユキジ!」


 ジョウケイの声にユキジは刀を止める。そこに横に薙ぐ様に、腕を振るってきたが、刀の横腹で受けた。その勢いで少し間合いが広がる。


「……やめてくれ、ユキジ」


 刀を構えるユキジに、震える声でジョウケイが言う。


「そのお方は、わが殿、ヒスイ様だ……殿に刃を向けることはできん」


「なっ⁉」


 ジョウケイの言葉にユキジとツクネが驚く。


 そんなことはお構いなしに、骸骨はユキジ目がけて襲い掛かる。ユキジは転身を使いながら、相手の攻撃を捌くが、自らは攻撃できない。


 そこにガシャドクロ本体の指先が槍のように伸びてくる。空気を切り裂く音に反応して、ユキジは横に避けるが、一瞬遅れて、左肩をかすめていく。そこから鮮血が飛び散る。槍のように尖った指先の骨は思っている以上に鋭い。


「ウマく、ヨケタな……だが、次はそうはいかない。その骸はオマエたちの仲間のものみたいだな。ソウいうのワタシは好きだ」


 ガシャドクロは笑っているのか、それとも骨が震えているのか、口元でガチガチと音を鳴らす。ユキジはガシャドクロの次の攻撃に備えて構えをとっている。


 そんなユキジと正面に対峙しながら、ガシャドクロが後ろ手を振るうと、再びかつてヒスイであった骸骨がジョウケイに向かっていく。


 本来であれば避けられるはずの攻撃も、ジョウケイは避けない。大きく開いた顎でジョウケイの肩口にかみつき、肩の肉をえぐり取る。さらに、必死に声を殺して、食いしばるジョウケイの首を骸骨が締める。


「ジョウケイさん‼」


 ユキジとツクネが駆け寄ろうとするより先に、カリンが骸骨の頭部を鬼の手でつかむ。そのまま、無理やりジョウケイから、骸骨を引っぺがし、そのまま力を込める。


「やめろ‼」


 ジョウケイが叫ぶのもお構いなしに、カリンはその骸骨の頭部を握りつぶす。砂のように砕ける頭部のすりつぶされる音が聞こえる。頭部が砕け、胴体だけとなった骸骨を上空向かって投げ飛ばし、それを炎の尾で焼き払う。


 あっという間に灰になった骨の塊が地面に落ちると、先ほどの頭部と同じように、砂のように散らばった。


 ジョウケイはその場に膝から落ちる。えぐられた肩とは別の部分が痛む。


「……お前がこいつにやられたら、返ってあの世で悲しませることになる」


 ぼそっとつぶやいたカリンは、ガシャドクロの方に向き直す。


「……殿」


 損な役回りだ。だが、誰かがやらなければならなかった。


 もう少し前のカリンなら何も感じず、同じことができたかもしれない。しかし、この数カ月、良くも悪くも人間という種と関わる中で、カリンも少しずつ変わっていった。


「死者を冒とくし、さらに人の心を傷つけるその行い……ガシャドクロ! お前だけは許ささない!」

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