第五話

 飯森藩は激動の時を迎えていた。


 ヤシロたちが鬼ヶ城に向かった翌日、飯森藩主ヒスイは亡くなった。以前から用意周到に事を進めていた、家老ツクモはすぐにヒスイの葬儀を済ませ、まだ幼い次男を新たな藩主に、自身をその相談役として、権力を盤石のものとした。


 ヤシロたちが飯森藩に戻ってきたときは、すでにすべてが終わってしまった後だった。ツクモの策略通りに、事態は進み、ツクモの思うままの結果となった。


 鬼ヶ城から戻ってきたヤシロとジョウケイを、新藩主と家老ツクモが招き、白々しくねぎらいの言葉をかける。ジョウケイが怒りのままに、家老に襲い掛かろうとするのを、ヤシロが止めた。


 ヒスイの長男については、形だけの捜索隊が組まれ、何も知らない新藩主は、幼いながらもその身を案じている。ツクモもヒスイの忘れ形見を何としても、見つけ出すと息巻いているが、内心では、ほくそ笑んでいるに違いない。


 それからさらに三日が経った。


 飯森藩から去る決意をしたヤシロをジョウケイが見送りに来た。まだ三歳のユキジは、旅支度にワクワクしているのか、先ほどからずっとはしゃいでいる。


「……親兵の職を辞したらしいな」


「ええ、私の殿はあくまでヒスイ様。これからは僧となり、ヒスイ様と飯森藩のために祈りたいと思います」


 すでにジョウケイは頭を丸めている。大柄な体に丸坊主は物語に出てくる魯智深か弁慶かと言った様子である。


「……して、ヤシロ殿はこれから?」


「一度は、故郷に戻ろうと思う。そこで情報を集めて、探しに回るよ。『必ず連れて帰る』が、ヒスイとの約束だからな……」


「……ヤシロ殿」


 ジョウケイは深々と頭を下げる。


 故郷に戻ったヤシロは剣術道場を再開した。そのかたわら、妖怪や人買いについての噂を聞きつけては、今は亡き友との最後の約束を果たすため、全国を飛び回った


 ヤシロとジョウケイは時々、連絡を取っていた。ヒスイ亡き後も、今までの善政もあり、飯森藩はしばらくは安定した藩政を行っていた。しかし、藩内で強力な権力を握った家老のツクモが、飯森藩の今までの蓄えを足掛かりに、幕府に取り入り、次第に中央でも勢力を伸ばしていった。


 幕府の中でも持ち前の野心と権謀術策を頼りに、政敵を倒し、昇り詰めていったツクモが、幕府の最高職である大老の地位を得たのは数年前である。


 病気がちな将軍という新たな傀儡を手に入れたツクモは、飯森藩を手にした時の、過去の悪行が世に出ることを恐れ、飯森藩の取り潰しを決意する。


 濡れ衣を着せ、藩主に切腹の命を幕府から出させた。当然、幕府への抗議が起こるが、それこそがツクモの狙いだった。


 幕府に対する謀反だと断定し、飯森藩に幕府の兵を送り込む。飯森藩の者たちも勇敢に戦ったが、多勢に無勢である。城は崩れ、家屋は焼き払われ、藩主以下、女、子どもにいたるまでが皆殺しにされた。


 ジョウケイも出家した身ながら、最後まで戦った。無数の刀や矢の傷を受け、倒れこんだジョウケイが再び、意識を取り戻した時には、目の前にヤシロがいた。


 絶命寸前だったジョウケイは、飯森藩取り潰しの報を受け、駆けつけたヤシロによって救われた。しかし、それ以外の者はすでに手遅れだった。あたりには焼けた家屋と、無数の屍が残っていた。


 ほぼ一週間、死線をさまよったジョウケイであったが、持ち前の体力で何とか持ち直した。ジョウケイから事の顛末を聞いたヤシロは、表面上はいつも通り、淡淡とジョウケイの話を聞いているように見えたが、その内側に灯る炎は隠し切れない。


「……ツクモは私が倒す」


 それがジョウケイに聞いた、ヤシロの最後の言葉だった。




「……そんなことが」


 ジョウケイの話を聞き終えて、三人が三人とも複雑な表情をしていた。


 飯森藩が取り潰しを受けた裏には、思っていた以上のできごとがあった。それに、幕府の大老という巨大すぎる敵。


「……ユキちゃん、もしかして親父さんが行方不明なんは……」


「ああ、たぶん、ユキジ……お前のためだ」


「……私の?」


 ジョウケイの話に、ユキジは薄々、気づいていた。


「大老を敵に回すということは、この国を敵にまわすということに等しい。亡き殿との約束を果たしたい自分のことはいい……だが、その結果、娘にまで危害が及んだら。ヤシロ殿がそう考えてもおかしくない」


「大っぴらに、大老倒す! なんて言えるわけないからな。そのために地下に潜った可能性は十分にありえるな」


 厳しくも、そして、優しくもあった父。その父が深い愛情をゆえに、自分の前から姿を消したのだとしたら……ユキジは自分の感情と父の想いの間で揺れる。


「……それでも私は、もう一度父とあいたい。父を探す旅を終わらせるつもりはありません」


 ユキジに皆の視線が集まる。何か言おうとしたジョウケイを、ツクネが制して声をかける。


「……出会った頃にも、こんな話したな。普通に考えたら、この一件からは手を引いた方がええと思う」


 ツクネがそこで一呼吸置いた後、ユキジに向かってとびきりの笑顔を見せる。


「……でも、やりたいことやらんと後悔するよりは、自分のやりたことをやったほうがええ。だから、うちはユキちゃんを応援する!」


「ツクネさん」


 ユキジの言葉にツクネがうなずく。


「……ちょっといいか?」


「なんや? 嬢ちゃん?」


「さっきの話の玄鬼って鬼……たぶん、あたしの親父だ」


「えっ⁉」


 一同が驚き、カリンの方を見る。


「あいつもずいぶんと前に出ていったきりだ」


「出ていった?」


「ああ、その後、おかあも亡くなって、あたしは一人になったんだ」


 カリンはさばさばと話すが、相当な苦労もしていたのだろう。


「……飯森藩の件と何か関係が?」


「さあな、あるとは言えないし、話を聞いてないとも言えなくなったな」


 考え込むカリンとユキジを他所に、ツクネが明るく笑い飛ばす。


「まあ、本人に聞かな、わからんことやし、今考えてもしゃあないで! それにしても、ユキちゃんと嬢ちゃんの意外なつながりやな!」


「ああ、まさかヤシロ殿の娘だけでなく、あの時の鬼の娘まで、共に戦ってくれるとは……いやいや、改めてよろしく頼むぞ」


「はい! 今はまずガシャドクロの事ですね」


 そこからは各々、今夜の決戦についての備える時間となった。

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