第四話

 格が違う……目の前の二人を見て、ジョウケイは思った。


 ジョウケイもヒスイの親兵として、腕には自信がある。若いころ都で鍛えた棒術は、一流派を興せるほどの腕前だ。そんなヒスイがその剣閃を目で追えない。


 ヤシロ殿もすごいがあの鬼も何者だ?


 ヤシロの繰り出す、するどい斬撃を玄鬼と名のった鬼が自らの爪で受け止める。息の合った舞でも見ているかのように、あるいは元々、攻撃する場所を決めた約束組手かのように、二人の動きが共鳴し、どんどん速度を上げていく。


 玄鬼も驚いていた。自分よりはるかに小さい、この人間の男に自分が防戦一方だ。斬撃は一撃ごとに鋭くなる。


 さらに驚いたのは、その受けの技術だ。鬼の力は普通の人間をはるかに凌ぐ、ましてや玄鬼は鬼の中でも一番の力自慢だ。その一撃を人間が受ければ、一たまりもない。


 しかし、この人間はどうだ。受ける瞬間に、うまくすべての力を逃す。合氣というやつか? 心当たりのないことで疑われるのは腹が立つが、段々と楽しくなってきた。玄鬼は軽く笑みを浮かべる。


 二人の時間が凝縮しているかのようだった。もうかれこれ四半刻は、刀を交えているが、お互いに致命傷は避けている。それぞれに無数のかすり傷は負っているが、それ以上にきついのは体力の方であろう。


 ヤシロと玄鬼がさらに数合打ち合う、二人の間の空気が弾けあったように飛び散り、二人の間に距離ができる。お互いに肩で息をしている。


「お前、何者だ? 妖怪でもここまでできるやつは見たことない」


「それはこちらの台詞だ。今までたくさんの妖怪を見ていたが、お前ほどのやつは初めてだ。それにもっと他の戦い方もできたはずなのに、最後まで私と正々堂々と戦った」


「……こんな、おもしろい戦い、滅多にないからな」


 そう言って玄鬼は豪快に笑う。


「……すまない。どうやら私が誤解していたようだ」


 刀を納め、ヤシロが頭を下げる。


「誰かがさらわれたとか言っていたな?」


「ああ、飯森藩のご嫡男だ。心当たりはないか?」


「いや、鬼たちの頭と言っても俺は、腕っぷしが一番強いってだけだ。俺みたいに、めんどくさがりの戦い好きと違って、中にはそういう回りくどい事が好きなやつもいれば、人間とつながっている奴もいる」


「じゃあ、そういうやつらの中に、飯森藩とつながっているやつが?」


 二人の話にジョウケイも口をはさむ。


「それは、わからねえ。正直、俺は鬼たちの中でも嫌われ者だからな……こうやって、他の鬼がいないときに、お前と戦わされたのも……」


「ヤシロ殿‼」


 玄鬼の言葉を遮るように、ジョウケイが叫ぶ。


「ああ」


 ヤシロはうなずき、刀に手をかける。森の奥から足音が聞こえる。


「やはり、そういうことか。俺もとことん嫌われたものだな。なあ、蒼鬼?」


 玄鬼が声をかけた方向から草木をかき分け、紺に近い深い青色をした鬼が現れる。後ろには多くの鬼たちが控える。


「……昔から目障りだったんだよ、少し強いぐらいで頭づらするお前のことが」


 蒼鬼と呼ばれた鬼が、一歩前に踏み出す。


「俺は別に頭づら何かした覚えはない……ただ、自分のやりたいようにしていただけだ」


「それが迷惑なんだよ……本当は共倒れしてもらえると、手間が省けたんだがな。そっちの人間もずいぶんと恨みをかっているようだな」


「さらった人をどこへやった?」


 静かな声だが、ヤシロの怒りがジョウケイには伝わる。


「ああ? 人間が偉そうに、俺に話すんじゃねえ。とっくに人買いに売っぱらっちまったからな。今ごろどっかで、くたばってんじゃないか?」


「……貴様」


 だいぶ話が見えてきた。やはりヤシロも厄介払いされたのだ。鬼の方で邪魔になった玄鬼と、次男を後継に推す者たちにとって邪魔なヤシロをぶつけて、あわよくば共倒れを狙う。うまくいかなくとも、消耗した二人を鬼たちが襲う。


 こうなると、やはり家老のツクモが関わっている可能性が高い。それにヒスイの嫡男をさらった実行部隊は鬼たちだとしても、それが人買いの手に渡ったとなれば、探すのはさらに困難だ。


「さて、これ以上、無駄話も何だし、さっさと死んでもらおうか」


 蒼鬼が合図をすると一斉に鬼たちが襲い掛かる。


 大きな爪を振りかぶった目の前の鬼に、ヤシロが左腰に差した刀に手を添えたまま、飛び込み、刀を抜いたと思った瞬間には、鬼の体が真っ二つになった。地面に転がる鬼の体。そのあまりの鋭さに、一瞬の静寂。


「半分、任せていいか?」


 玄鬼がヤシロを見て、にやりと笑う。


「……誰に向かって言ってるんだ? これでも百の鬼をまとめてた元頭だぜ」


「ヤシロ殿、私も忘れてもらっては困ります」


 ジョウケイも棍を構える。


 ヤシロはうなずき、再び鬼たちの中に飛びこむ。一つ、二つ、三つ……一切の無駄のない動きで、次々と鬼を切り捨てていく。その流麗な動きに、ヤシロが斬っているのではなく、引力のような力で、鬼の方から斬られに来ているようにさえ見える。


 鬼の方も爪を振りかざそうとするが、攻撃しようとする刹那、ヤシロの斬撃の方が早く飛び込んでくる。剣術で言う「先を取る」というやつだが、複数相手に、それぞれの攻撃のわずかなずれを察知して、先を取るのはヤシロにしかできないことだろう。


 玄鬼も負けていない。襲い掛かってきた鬼の顔面を片手で鷲づかみし、そのまま振り回して、最後には投げ飛ばす。


 仲間が投げつけられ、ひるんだところに飛び込み、両手を広げ、ラリアットのような形で、鬼たちをなぎ倒す。さらに飛び上がって、両手に力を入れると、たちまち炎の渦ができあがる。それをそのまま、倒れている鬼目がけて発射する。


 炎の渦がうねりをあげて、一所に集束していく。身体を燃やすくぐもった匂いが、微かに漂い、炭化した塊が後には残る。


 やはりこの二人は別格だ……目の前の鬼の頭部をはじけ飛ばしながらジョウケイ思った。「春雷」、鋼鉄製のジョウケイの棍に鋭い回転を加えながら着く技だ。その回転力で、打突面を根こそぎはじけ飛ばしてしまう。


 硬い鬼の体にも有効なことはわかったが、ジョウケイが一匹相手する間に、二人は四、五匹を優に倒してしまう。先ほどまでの戦いの疲れもあるだろうに、微塵も感じさせない。


 十や二十ではきかない数がいたはずだが、いつの間にか囲みはほぼ消えていた。鬼たちもすっかり及び腰になっている。


「蒼鬼、いつまでも後ろに下がってないで、そろそろ決着をつけようぜ」


 玄鬼が一番後ろに控えている蒼鬼に向かって言う。その肚の奥に響く低音に、思わず他の鬼たちはサッと道を開けてしまう。玄鬼がゆっくりと蒼鬼の方へ寄っていく。


「観念するんだな……蒼鬼」


「くそっ、お前さえ、お前さえいなければ‼」


 爪を伸ばし、玄鬼目指して突進してくる。玄鬼も同じように爪を伸ばし、迎え撃つ。互いの一撃が交錯する。あたりに血液が飛び散る。一間ほどの距離を挟み、背中合わせの二人を静寂が包む。


「……やっぱ強いな……うっとおしいぜ……玄鬼」


 そのまま、前に倒れこむ蒼鬼。それをきっかけに、残っていた鬼たちはその場から逃げ出す。ジョウケイが追いかけようとするのを、ヤシロが制止した。


 山を二つ越えてここにまでくるのに、ほぼ三日かかった。どれだけ急いでも、帰りも同じくらいかかる。とにかく一度、ヒスイに今回のことを報告しようという話になった。


 ヒスイの嫡男が本当に人買いの手に移っていたのだとしたら、それを探すには時間と人手が必要になる。それに、家老のツクモの動きも気になる。


「お前はこれからどうするんだ?」


 出発の準備を終えたヤシロが、玄鬼に尋ねる。


「……そうだな。一応、仲間だったからな。こいつらを弔ってやって、それが終わったら、どこか新たな住処を探すさ」


「……そうか、達者でな」


「ああ、お前らと一緒に戦って、結構おもしろかった。こんなのも悪くはないと思えたぜ。またいつかあった時は……」


 玄鬼の言葉にヤシロもうなずく。出会った数時間だというのに、なぜか古い友との別れのような錯覚をする。


 その言葉を最後に、ジョウケイに促され、ヤシロたち飯森藩に向けて出発した。すでにツクモが政権を奪ってしまっていることを、この時のヤシロたちはまだ知らなかった。

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