第三話
「……そうか、ユキジはそれでこの場所に」
今までのいきさつを聞いたジョウケイが納得したようにうなずく。
もともと先代の藩主ヒスイの親兵として仕えていたジョウケイは、ヒスイ亡き後、その息子である新藩主には仕えず、僧として質素な暮らしをしていた。
しかし、飯森藩の取り潰しで出家していた寺院が壊されてからは、かつての城下町の外れに簡素な山小屋を建てて暮らしている。
その山小屋にユキジたち三人もいた。
ジョウケイの話によると、ガシャドクロが動き出すのは夜になってからだ。それまでの休息と、積もる話もあるからという理由で、ジョウケイに招かれた。
暮らしのための最低限のものしかない部屋の様子に、ジョウケイのこれまでの苦労があらわれている。ジョウケイの顔に深く刻まれたしわを、ユキジは改めて見た。
「ええ、何か父の行方について心当たりはありますか?」
「……ユキジは」
ジョウケイがユキジの目を真っすぐに見つめる。
「……ユキジは、ヤシロ殿がなぜ各地の妖怪退治の旅を行っていたか知っておるか?」
「えっ⁉」
思いもよらないジョウケイの言葉に驚きの表情を浮かべる。
「知らないです! ジョウケイさん、父の旅の理由を知っているのですか!」
「ああ、もともとは飯森藩のお家騒動が事の発端だ」
「お家騒動?」
ツクネが会話に横入りする。
「ジョウケイさん、よかったら詳しく教えてくれませんか?」
城に遊びにいった幼少の頃の記憶で、ある程度、藩主とヤシロにつながりがあることは、わかっていた。しかし、まさか飯森藩のお家騒動にまで、関わりがあるとは思いもよらなかった。
父を探すための有力な情報を手にした喜びと同時に、幼少からあこがれた父のことを、ほとんど知らなかったことに対する一抹の寂しさがユキジの心を包んでいた。
「……わかった。少し長い話になるかもしれないが、何かの手がかりになるかも知れん。私の知っていることをすべて話そう」
丸太でできた椅子に腰かけ、腕を組んでいたジョウケイは、ふうと大きく息を吐くと、昔語りを始めた。
飯森藩は大きく揺れていた。
渓谷を切り開いて作られた飯森藩は、棚田を使っての農業や、その豊かな山を利用しての木材の加工を中心の産業としている、小さな貧しい藩だ。
それでも領民が協力し合い、一度も一揆が起こったことがないのは、藩主ヒスイの善政のおかげだろう。
そのヒスイが病に倒れた。
それほど広くない飯森藩だ。ヒスイが病に伏せていて、もう長くないとの噂は、あっという間に藩内を流れた。
ヒスイには二人の後継ぎがいた。七歳になる長男と、まだ二歳の次男。普通に考えると、長男が次の藩主となる。しかし、事情は複雑だった。
長男はすでに亡くなった前妻の子であるのに対して、次男は現在の妃の子。しかも、その妃は飯森藩で、力を持つ家老の妹である。家老であるツクモも、藩主の義兄である立場を利用し、のし上がった者である。
当然、ツクモは後継者のとして次男を押した。どちらにしても、次の藩主はまだ幼い。ある程度の年齢になるまでは、家老が代理で政治を行うことになるだろう。
それだけに藩内には、家老に少しでも取り入ろうというものが出てくる。その一派を中心に、次の藩主は次男にという動きが強くなる。
藩内の政治的な動きに、ヤシロはあまり興味がなかった。古くからの友人で会ったヒスイに声をかけられ、二年前から飯森藩に住んでいるが、政治的な関わりはしないように気をつけてきた。
たまにヒスイから、領民を困らせる妖怪の退治を依頼されることがあったが、それも藩主からというより、一人の友として受けていた。
そんなヤシロを疎ましく思う輩もいた。家老のツクモもその一人であろう。
ある日、その家老から秘密裏に呼ばれたヤシロは、家老からとんでもない事件について打ち明けられた。
飯森藩の城下町から二つ山を越えた先にある、鬼の住処。通称、「鬼ヶ城」。そこに住む鬼に、藩主の長男がさらわれたらしい。ヤシロに何とか連れ戻しにいってもらえないかとの頼みだった。
後継者選びのこの時期に、こんな事件が起きたことに裏は感じた。それでも、それが事実であれば、受けないわけにはいかない。
自宅に戻って、出発の準備をしているところに、ヒスイからの使者としてジョウケイがやってきたのは、すでに日が落ちたころだった。病に伏せているヒスイが、どうしても会いたいという。
「ツクモから聞いたそうだな……」
「ああ」
病に倒れてから会うのは初めてだ。頬はこけ、声が震える友の姿に、思わず涙がこぼれそうになる。そのヤシロの姿を見て、ジョウケイも拳を握りしめる。そうしていないと、あふれる涙を我慢できないだろう。
「……どうして黙っていた?」
ヒスイの気持ちはよくわかっている。それでも、問わずにはいられなかった。
「お前が、私でも同じようにしたはずだ」
「……」
無言で向き合う二人に、ジョウケイが間を取りなす。
「わかってください……ヤシロ殿。飯森藩のお家騒動に、殿はあなたを巻き込みたくなかったのです」
「……それでも!」
ヤシロがグッと唇を噛む。
「……お前も気づいているんだろ? この時期に息子が妖怪にさらわれた。間違いなく、我藩の者が関与している。そして、妖怪退治にかこつけて、邪魔なお前も消してしまうつもりだろう」
「……だとすると、黒幕はおそらく」
「ジョウケイ! それ以上は言うな……証拠などは、ありはせんよ」
ジョウケイを諫めたヒスイは、ヤシロの方に向き直す。
「……だが、罠とわかっていて、友を送るわけにもいかん」
「……」
ヤシロはヒスイを見て笑みを浮かべる。
「……だからといって行かぬわけにはいかないだろう。ちゃんと連れて帰ってくるよ」
「しかし、ヤシロ!」
「お前が、私でも同じようにしたはずだ」
その言葉にヒスイも説得をあきらめる。
「……ジョウケイ、ヤシロを手伝ってくれ」
「しかし、私には殿の警護が……」
「大丈夫だ。息子を必ず取り戻してきてくれ」
了解したというように、ジョウケイはうなずく。
「ヤシロ……死ぬなよ」
「ああ、お前こそ、必ず息子を取り戻してきてやるから、それまでは死ぬんじゃないぞ」
二人は握ったお互いの拳を軽くぶつけ合った。
これがヤシロとヒスイが交わした最後の言葉となった。
ジョウケイは目を閉じて、ここで一旦、話を止める。
「……ジョウケイさん?」
「いや、すまない。私にとっても、あれが最後の殿の姿だったので……」
「ええ殿さんやったんやな」
ツクネがジョウケイを思いやって声をかける。
「ああ、民のことを大切にする、すばらしい方だった。そして……」
ジョウケイがユキジの方を見る。
「そんな殿と主従ではなく、一人の友として、深くつながっていたヤシロ殿をうらやましくさえ思うぞ。ユキジ、胸を張っていい、お父上も本当にすばらしい方だ」
「……ありがとうございます」
「うむ。少し話がそれてしまったな。続きを話させてもらうよ。確か、『鬼ヶ城』に向かったところからだったな?」
ユキジはこくんとうなずき、次の言葉を待つ。外では一足早い、蝉の声が聞こえていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます