第二話

「お前、何者だ?」


「私の事など、どうでもいい……それより」


 天狗の男はそこから跳躍し、三人の前に立ちはだかり、黒い重そうな棍を構える。


「今すぐにここから立ち去れ! この先には恐ろしい妖怪も出る。死にたくなければ、今すぐ引き返すんだ」


「……そう言われても、うちらはこの先に用があるんや。邪魔するんやったら、力ずくでも通らせてもらうで」


 ツクネは鋼鉄製の南京玉すだれを構える。カリンも二刀の小太刀を抜いた。


「待ってください! ツクネさん!」


 ユキジが二人を制する。


「今、妖怪と言いましたね? この先には妖怪がいるんですか?」


「……これ以上は問答無用。悪いが排除させてもらう!」


 その言葉で飛びかかろうとしたカリンをユキジが止める。


「カリン、この人の相手は私がする。この人……人間だ」


 ユキジが鞘から刀を抜き、正眼に構える。カリンは渋々、小太刀を納める。ツクネもすでに少し下がって観戦を決めこんでいる。


「……隙のない、いい構えだ。行くぞ!」


 そう言って天狗の男は、ユキジとの間合いを詰め、棍を突き出す。それをユキジは転身すると同時に、胴の当たりを薙ぎ払う。


 男もうまく反応し、棍を立ててそれを受ける。高い金属音が響く。男の棍も何かしらの金属製のようだ。男がグッと力を込めるのにうまく合わせて、後ろに飛び退き、距離を取る。


 男はここが押しどころと見て、棍をうまく回転させ、両面を使い打ってくる。刀に比べて、両面が打突に使え、変化に強いのが棍の強みだ。


 男の攻撃の回転数がどんどんと上がっていく。棍の風を切る音と、衝撃を受け止める金属音が交互に聞こえる。手数の多さにユキジは防戦一方だった。


「あの天狗、なかなかやりおるな。ユキちゃんが返す隙がないやん」


 高みの見物をしているツクネが、カリンに声をかける。


「いや……あいつ、狙っている」


「狙っている?」


 次々と繰り出される打ちを、身体の前に突き出した刀で何とか受ける。一撃一撃の回転数もさることながら、重さもある。


 男が横から振りきる渾身の打ちを受けた反動で、ユキジと男の距離が今までより広がった。その距離を詰めるため、男は棍を一番長く持ち、突きを繰り出す。


 ……今だ! その突きを斜めに下げた刀身で受けながら、一足飛びで前に間を詰める。そのまま刀の柄で、男の眉間を思い切り打ちつける。


 鈍い衝撃音と共に、天狗の面にひびが入り、砕けた。男は額を押さえて、うずくまる。


「……勝負ありです」


 天狗の面から出てきた、うずくまった初老の男の首元に刀を突きつける。眉間を押さえたまま、男はその突きつけられた刀に目をやる。


「⁉ 細雪ささめゆき……霊刀・細雪ささめゆき国重くにしげ……お主、いったいどこで?」


 男の表情に動揺が走る。


「父から託されたもので、銘までは……」


 刀剣にそれほど詳しくないユキジは細雪という銘も初めて聞いた。ヤシロからも妖怪退治のための刀としか聞かされていない。


「……まさか……そんなことが」


 男がわなわなと震えだす。改めてユキジの顔を見つめる。


「お主……まさか、ユキジか?」


 突然、名前を呼ばれ、ユキジも驚き、無言でうなずく。みるみるうちに、男の目に涙がにじむ。


「そうか! やっぱりそうか! 大きくなったな」


 突きつけた刀を解いたユキジに、今にも抱きつきそうな勢いの男をツクネが制する。


「ちょい待ち! あんた一体、何者や?」


 ツクネの言葉に、男が改めて三人に向き直る。


「いや、失礼した。私はかつて飯森藩の藩主ヒスイ様の親兵をしていたジョウケイと申す」


 ジョウケイと名のった男が頭を下げる。


「そのジョウケイさんが、どうして私の名を?」


「……そうか、お前はまだ小さかったから、覚えていないのか。うちの殿様とヤシロ殿は古い友人でな。わしもヤシロ殿がここに住んでいるときに、よくしてもらってな。小さいころのお前と遊んでやったこともあるんだぞ」


 ジョウケイは目をほころばせながら、うれしそうな顔をする。


「……そうだったんですか」


「そしたら、なんで飯森藩の親兵がこんなとこで、天狗の真似事しとるんや?」


 十数年ぶりの再会に、ツクネが横槍を入れる。


「それは……死者にこれ以上、罪を犯させないため」


 一言ずつ、絞り出すように、うつむいて話し出す。


「……どういうことや?」


「ある日、突然、飯森藩は濡れぎぬを着せられ、弁解の機会もないまま、取り潰しが決まった。だが、あまりにも不自然な飯森藩の取り潰しには、裏があるのだ。そして……飯森藩が幕府に滅ぼされたとき、多くの人がこの場所で亡くなった」


 ジョウケイの言葉に段々と熱がこもる。


「その多くの報われぬ者たちの亡骸が、妖怪に悪用されている。……ガシャドクロって知っておるか?」


「……いや」


「死者の白骨に憑りつく妖怪だ。それが飯森城に立てこもっている。私もかつての領民や仲間たちを弔ってやりたいと、ガシャドクロを倒そうと思ったが、私一人では残念ながら、敵わなかった」


 悔しそうにグッとジョウケイが拳をにぎる。


「……せめて、これ以上の被害者が出ないよう、飯森城に向かおうとする旅人を、追い払っていたのだ」


「……なるほどな」


 わざわざ天狗のふりをして、追い返していたのも、近隣に噂を広げて、不用意に近づく者をなくすためだろう。


 それに、死者の白骨憑りつく妖怪と聞いて、ピンときたことがある。以前にも人間に憑りつく妖刀を見たことがある。その時に実験と称して、その妖刀を与えていたのは……


 ユキジがツクネとカリンの方に視線を送ると、二人がうなずいた。同じような引っかかりを感じたのかもしれない。


「ジョウケイさん、私たちに手伝わせてもらえませんか?」


「えっ⁉」


 うつむいていたジョウケイが驚いて顔をあげる。


「父と同じように、私も妖怪退治を行っているんです。それに飯森藩は私の故郷みたいなものです。何とかしてあげたい」


「……しかし」


 ジョウケイが難色を示す。恩人であるヤシロの娘を巻き込んでよいものかという迷いがあった。


「大丈夫や! 心配せんでも、うちらにまかしとき。それにうちらには、うちらなりの理由もあるんやから」


 ツクネの言葉に、ジョウケイは少し考えこむ。やがて決心すると、ユキジたちの方に手を差し出す。


「すまん! 迷惑をかけるが、今はなき飯森藩のためによろしく頼む」


 ユキジは差し出された手を固く握った。

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