第四章:死者の舞う城
第一話
日が少しずつ西に傾いているのに、まだずいぶんと蒸し暑い。遠くに見える雲が本格的な夏の到来を感じさせた。手拭いで汗を拭いても、また次から次へと汗が噴き出してくる。
五街道といわれる大きな街を結ぶ、言わばこの国の大動脈からは少し外れた街道をユキジは歩いていた。すぐ後ろにはカリン、さらに少し離れてツクネがついてくる。
「なあ、ユキちゃん、そろそろ休憩しようや」
大きな籠を背負ったツクネの足取りはとぼとぼと重い。
「ツクネさん、さっき休憩したばっかりじゃないですか。これじゃあ、いつまでたっても着きませんよ」
ユキジは少しあきれた様子でツクネを見る。ギンのいた川沿いの街を出てもう三日になるが、ツクネときたらずっとこの調子である。
「もう、ユキちゃんもわかっとらんなー! 旅っちゅうもんは過程を楽しまんと! なあ、嬢ちゃんもそう思うやろ?」
ツクネは前を歩くカリンに話を振る。
「あたしは団子が食いたい」
「……」
昨日の茶屋で初めて食べたという団子をカリンがえらく気に入ってしまった。それ以来事あるごとに団子を要求する。ユキジも甘党であるが、こう休憩ばかりを繰り返していてはいつまでたっても目的地に着かない。
結局、二人の様子に根負けして、ユキジが二人に提案する。
「わかりました。次の茶屋で少し休憩をしましょう。だから、ツクネさんもそこまではがんばってください」
わかっているという風にツクネがうなずく。
一人が楽でいいと思う時もあるが、たまには連れだって旅するも悪くないと、後ろの二人を見ながら思った。
ユキジが次の目的地を飯森藩に決めたとき、ツクネとカリンも同行することを決めた。
カリンはコハクの行方の手掛かりが今のところ飯森藩しかないため、ツクネはただ個人的な興味からの決断であった。
ユキジがそこに住んでいたのは三つの時までなので、それほどはっきり記憶が残っているわけではない。
ただギンのから教えられた、代官屋敷の妖怪がさらった人々を運ぶ船についていた、交差した刀に三つの銀杏の紋章、それは確かに記憶の中の飯森藩の紋章であった。
ユキジの記憶の中の飯森藩はどこまでも続く自然豊かな山々と、そこを切り開いてつくられた小さな城下町と穏やかな人々であった。街の中心にある小さな城にユキジは何度かヤシロに連れて行かれたこともある。
……そうだ、今にして思えば城内に入れるぐらい、何かしらヤシロと飯森藩は関係があったということだ。もしかすると今度こそ何か父の手がかりがつかめるかもしれない。
幕府の命に背き、取り潰しを受けたとのことであるが、あの穏やかな人々と、取り潰しという言葉のイメージがユキジの中で結びつかなかった。
今は幕府の直轄という扱いになっているそうだが、深い山に囲まれ、あまり幕府としても、使い道がなく、ギンの話によるとかつて城下町であった部分はまるで廃村のようになっているそうだ。
確かに今ユキジが思い出してみても、当時、いったい何で経済が回っていたのだろうと疑問に思う。それに深い山の中は人の手が入っていない場所も多くあり、それこそ妖怪騒ぎも起こり、ヤシロが出動していたことが記憶に薄っすらと残る。
そんなことを考えているうちに街道は峠に差し掛かる。夕陽で赤く染まる坂道を息を弾ませながら登ると、ちょうど峠の中腹辺りに、茶屋と旅籠が並んでいる。呼び込みの中年女性が、「ここで宿を取らないとしばらく宿場はないよ」と呼びかける。
「なあ、ユキちゃん、せっかくやから今日はここで泊まろうや。昨日も一昨日も野宿やったやん。たまにはゆっくりしようや!」
ツクネが甘ったるい声で言ってくる。
「駄目ですよ、ツクネさん。だいたいそんな贅沢できるお金なんてないでしょ」
「それはどうかなぁ~」
ツクネがにやりと笑みを浮かべ。懐に手を入れる。
「これを見てみい!」
ツクネが懐から取り出したのは小判だった。それも一枚や二枚ではない。十枚以上あるのではないか。ユキジは慌ててツクネに問いただす。
「どうしたんですか? それ!」
「こないだの代官屋敷のさわぎの時、ちゃんとお宝を頂いといてん。ほら? どうせ、火で燃えちゃうんやったら、うちがもろといた方が有効活用やろ? ちゃんとユキちゃんと嬢ちゃんの分も出しとくし、いこ!」
本当にこの人は……ユキジはあきれて黙ってしまう。そういえば、街でこそこそと古道具屋に入っていたのは知っていたが、香具師のための道具の調達か何かだと思っていた。
そんなユキジを他所に、ツクネと初めての旅籠に少しわくわくしているカリンはさっさと中に入ってしまった。まあ、たまには旅籠できちんとした食事と布団も悪くないかとユキジも二人に続く。
思っていたよりもずっとよい旅籠で、料理もおいしいし、久々にゆっくりと風呂に入れたのもありがたかった。カリンはこういった大浴場は初めてだったらしく、ユキジが今までみたことのないような表情をしていた。ツクネに髪を洗ってもらっている姿など、まるで姉妹のように見える。
思えばカリンと会うのは今までは戦いの場ばかりであったが、そうでない日常の様子も見られて、ユキジにとってもよかったのかもしれない。
入浴後、三人にしては広すぎる部屋に戻ると、すでに布団が敷かれている。ふかふかの布団が珍しいのかカリンが一番手前の布団に飛び込む。しっかりと外で干した後なのか、布団は太陽の香りがする。
「それじゃあ、明日に備えて、休みましょう」
そう言って、ユキジは一番奥の布団に潜り込む。
「何言うとんねん、ユキちゃん、ババくさい。夜はまだまだこれからやで」
ツクネが真ん中の布団に胡坐をかいて座り込む。いつの間に用意したのか、枕元には一升瓶とお猪口が置かれている。
「……ツクネさん、いつの間にそんなものを」
「まあまあ、たまにはええやん。今日は女同士、三人で語り合うで! まずは『恋バナ』やな」
「……恋バナって何だ?」
「じゃあ、ユキちゃんから!」
「何言ってるんですか! ツクネさん」
「だから、恋バナって何だ?」
言葉の意味を理解していないカリンにツクネが説明をする。
「男女の仲の話や。ほら、誰がかっこええとか、誰を想ってるとか」
「なるほど」
「……で、ユキちゃんはどないなん? 何かええ人とかおらんの?」
ツクネの質問をユキジは慌てて否定する。カリンも興味津々でユキジを見ている。
「ないない、まったくないですよ! ほら、私はずっと剣術漬けだったし……」
「そんなん言うて、ほんまはおるんちゃうん? ユキちゃん、なかなかのべっぴんさんやし。なあ、嬢ちゃん?」
ツクネの振りにカリンがこくんとうなずく。こんな時だけ妙に連携の取れている二人がおかしい。本当にツクネさんになついているんだなとユキジはカリンを眺める。
「それじゃあ、ツクネさんの方こそどうなんですか?」
「うち? うちはもう、それこそ引く手あまたや。香具師で全国を回っているからな、各地に男がおるようなもんや!」
ツクネが豪快に笑う。冗談とも本当ともとれる内容で、うまくはぐらかされてしまった。確かに身長もすらっと高くて、整った顔立ちのツクネは男性にとっては魅力的に見えるだろう。
「うちはおいといて……うーん、嬢ちゃんも、何もなさそうやしな。まあ、夜はまだまだ長いし、ユキちゃんも飲め飲め」
ツクネはそう言ってユキジの前にもお猪口を出し、酒を勧める。
下戸で飲めないとユキジが断ると「そんなら、うちが」と、ぐいっと一口で飲み干す。興味深そうにしていたカリンにも渡そうとしていたツクネをユキジは一応、制止しておいた。半分妖怪とはいえ、まだ十三ぐらいのはずだ。
結局その後、べろんべろんに酔っぱらったツクネの介抱をしているうちに、いつの間にかユキジも寝てしまい、気づいた時にはもう朝だった。
すでに身支度を整えていたカリンと一緒にツクネを起こし、出発の準備をする。旅籠の女将さんに礼を言って、通りに出た。ツクネは二日酔いで頭を押さえている。
峠を抜けて、下りが続くここからは、若干ペースも上がる。この調子だと昼過ぎには目的地に着けそうだ。ツクネは相変わらず、頭が痛いのか、珍しく無口だ。
心配して後ろを振り返るユキジの所へカリンが寄ってきた。
「おい、さっきの話どう思う?」
「さっきの女将さんの話か?」
「ああ」
出発の際の旅籠の女将さんとの雑談の中で、少し気になることがあった。
ユキジたちの目的地が飯森藩のあった場所だということを伝えると、女将さんは、あまりそのあたりには近づかない方がいいと忠告してくれた。何でも、かつて飯森藩の山城があった場所へ行こうとすると天狗が出るらしい。それに夜に巨大な骸骨の妖怪を見たという噂まであるらしい。
取り潰しになった藩をめぐって妖怪が出るだの、怨霊がでるだのの噂話はよくある事だ。たいていは根も葉もない話に、だんだんと尾ひれがついて、できたものばかりである。ただ、コハクの手がかりである飯森藩での話なので、ユキジも気になっていた。
「あたしは天狗がいるなら見てみたい」
カリンが目を輝かせながら言う。外の世界に少しずつ興味が湧いてきたのか、最近のカリンはいろんなもの興味を持っている。
それにユキジへの当たりも少し変わったような気がする。
もともとユキジとカリンの出会いからして戦いだったため、初めのころはぎくしゃくした関係だったが、それも少しずつ改善されてきた。
もちろん、ツクネみたいにうまくは話せないが、少しずつユキジもカリンのことを認めるようになってきた。
同じ釜の飯を食べ、一夜を共にしたことも無駄ではなかったのかもしれない。
「そうだな、どちらにしても手がかりは飯森藩だし、本当にいるのなら、避けては通れないだろうな」
「なんや、なんや? 二人して深刻そうに……」
二人の会話にツクネも入ってくる。
「ツクネさん、大丈夫なんですか?」
「頭ガンガンするけどな……ほんで何の話や?」
女将の話の時に、二日酔いでそれどころでなかったツクネのために、ユキジがもう一度、一から話をする。ユキジの話に、ツクネは時々うなずきながら、最後まで聞いた。
「なるほどな! まあ、何も手がかりがないよりかは、妖怪騒ぎがあるぐらいの方が、空振りの可能性が下がってええんちゃう? 何とか、あの雷兄ちゃんの行方を追わなあかんしな」
ツクネの言葉にユキジとカリンも同意し、先を急ぐことにした。
さらに細い街道に入り、少しずつ周囲の風景が変わる。このあたりになるともう、すれ違う旅人さえいなくなった。
完全に山道に入り、ユキジも本当にこれでいいのか、少し不安になる。人が入ることもほとんどなくなったのだろう、所々、草が伸びきり、獣道のようになった道をかき分けるようにして進む。
急な勾配に、まだ日は高くないとは言え、汗がにじむ。息を切らしながら、何とか山道を登りきると、少し開けた平らな場所に出た。
「ふう、きっついなあ、ユキちゃん、まだもう少しあるん?」
「いえ、もうこの辺りから飯森藩の一部です。ここを下った谷間の部分に山城や城下町があるんです。そろそろ、見えるはずですよ! まあ、城下町と言っても今まで見た街と比べると村みたいな感じですが……」
そんな二人のところに、少し前を歩いていたカリンが駆け寄ってくる。
「おい! あれを見てみろ!」
カリンが遠くの谷間を指さす。
「……そんな」
変わり果てた姿にユキジは絶句する。
緑に包まれた谷間の一角、かつて城下町があったとおぼしき場所だけ、緑が消え、一目でその場所の異様さを感じ取れる。
建物の多くは破壊され、何年も前に焼かれてしまったのだろう。炭化した黒が、地肌の中に所々に見られる。かつて町の一番山手側にそびえていた城は、その石垣だけ原型をとどめて、天守の部分は一部の柱が残っているだけだ。
「藩が取り潰しになったとは言ってたけど……正直、ここまでとは思わんかったわ」
ツクネも呆然と谷を見下ろす。
「……とにかく先を急ぎましょう」
胸から溢れそうになる感傷を押し殺して、ユキジは再び歩き出した。
下りは先ほどよりは、少し道も開けていて歩きやすい。三人は今までよりもペースをあげ、一気に下りきる。
三人が城下町の入り口にさしかかると、さらに惨劇の様子がよく伝わってきた。建物という建物が、すべて破壊されている。その壊され方に幕府に対しての抵抗の跡も見受けられた。
飯森藩の現状に、少し躊躇した三人だったが、意を決して、城下町の中に踏み込む。
「お前たち、ここに何用だ! ここはすでに滅んだ土地……すぐに引き返すがよい」
突然、聞こえてきた声に周りをうかがう。
「あそこだ!」
カリンが木の上の方を指さす。
ユキジとツクネがそちらに目を遣ると、法衣に身を包み、黒色の棍を持った大男が木の枝の上に立っている。顔は赤い天狗の面をつけている。
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