最終話
一夜明けても街は大騒ぎだった。
さらわれていた人が瓦版を持って帰ってきた話はお上にも伝わり、本格的に幕府の調べも入ることとなった。その中で、代官屋敷で殺されていた代官が発見されたり、妖怪とつながる証拠が数多く見つかり、現場は騒然としていた。
現場にはギンとカリンが助けだした元手代の男が立ち会った。あらかじめ助け出した人たちには事情を話して、口止めをしておいたので、ギンたちのことについては、うまくはぐらかして説明してくれた。
ギンもユキジたちも別に有名になりたくてしたことではなかった。町が本当の意味で落ち着きを取り戻すのは、もう少し先になるだろう。だが、人々の心に平穏が訪れたのなら、十分満足ができる。
そんな中、ユキジたちは例の蔵の中にある地下室にいた。もうすぐギンが戻る。
幕府の役人による検分が終わった後、元手代の男から情報を仕入れてくることになっている。
昨日聞いた話によると、代官と妖怪のつながりができたのはだいたい三ヶ月前らしい。この三ヶ月の関わりの中で、何かしらコハクにつながるものが、出てくればよいのだがとユキジは思う。
父、ヤシロが生きていると告げたコハクは、カリンだけでなく、ユキジにとっても重要人物であった。
入り口をふさぐ板が取り除かれ、縄梯子がきしむ音が聞こえる。ギンが戻ってきたのだろう。
「お疲れ! 何か収穫はあったんかいな?」
「ああ、例の手代に話を聞けたよ。有力な手掛かりと言っていいのかは微妙だけど……」
そう言ってギンは懐から小さな紙きれを取り出す。
「この家紋、知っているか?」
ギンの取り出した紙きれには、交差した刀に三つの銀杏の紋章が描かれている。ツクネは「知らんな」と言いながら、紙きれをユキジとカリンのところに回す。
「えっ⁉」
回ってきた紙を取り上げて、ユキジが食い入るようにその紋章を見る。
「……そんな……でも確かここは……」
「ユキちゃん、知ってるんかいな?」
「ええ、でも、ここは……」
その紋章を見つめたまま、言葉が詰まる。ギンが「ああ」とうなずき、言葉を続ける。
「これは『飯森藩』の紋章だ。手代の話によると妖怪がさらった人間を運ぶ船にこの紋が刻まれていたらしい。ただ、この『飯森藩』は何年か前にすでに取り潰しになっている」
「ええ、確か謀反の疑いがあるとかで、幕府に取り潰しになったはず……」
「俺も気になって、少し調べてみたんだ。確かに幕府の兵力が動いたようなんだが、その記録が極端に少ないんだ。まるで、意図的に情報を消去しているように」
ギンが三人の顔を見渡す。瓦版屋としての嗅覚がこの事件に何か裏があることをかぎつける。三人もただ事ではない何かを感じる。
「今は、今回の代官屋敷のことで手いっぱいだけど、少し落ち着いたらそちらの件も本腰入れて調べてみるよ」
「……それで、お前は何で、その紋章のことを知っているんだ?」
視線がユキジに集まる。
「私は幼いころ、そこに住んでいたんだ。三つぐらいまでの時だから、あんまり記憶には残っていないけど……あっ⁉」
カリンの問いかけに答えているときに、ふいにユキジの中でつながったことがある。
「父が行方不明になったのも、ちょうどその時期だ!」
「その時期?」
「幕府に『飯森藩』が取り潰しになった時期……そう言えば、父はすごく怒っていた。後にも先にも、あんなに怒った父を見たことない!」
「……ユキちゃん」
「ツクネさん、私、そこへ行ってみます。『飯森藩』がかつてあった場所に! もしかしたら、父と『飯森藩』は何か関係があるかも知れない」
旅の中で初めて見つかった父の手がかりに、ユキジ胸が躍る。
「あたしもそこに行くよ」
すぐにでも飛び出していきそうなユキジの背中に、カリンが声をかける。
「今のところ、あの雷野郎の手がかりはそれしかないんだ。あたしも行く」
カリンも二本の小太刀を腰に携えて立ち上がる。その姿を見て「しゃあないな」と言いながらツクネも立ち上がる。もちろん背中にはいつもの大きな籠を背負っている。
「うちも一緒に行くわ。嬢ちゃんらにはうちみたいな保護者がいるやろ? それにユキちゃんと嬢ちゃんだけの旅なんて気まずいやろ? うちみたいな『むうどめいかー』ちゅうのが必要やで」
「ツクネさん!」
ユキジの顔に笑みが浮かぶ。カリンはそっぽ向いている。本当はうれしいくせに、かわいいやっちゃなと、ツクネは、にやにやしながら、カリンの方を見る。
「それじゃあ、目的地は『飯森藩』! 明日に出発するで、ギンは何かわかったら連絡頼む」
「ああ、任せとけ!」
ギンが胸をドンと叩いてうなずく。
次の朝、三人は出発した。一日経って、街は少しずつ日常を取り戻そうとしている。
朝から商人の威勢のいい呼び込みの声が聞こえる。ツクネが遠くに何かを見つけ、とんとんとユキジの肩を叩く。
「ユキちゃん! あれ見てみ」
ツクネが指さす方をユキジが見ると、妖怪に父が連れ去られたときに泣いていた少女が呼び込みをしている。少女の後ろには父親が暖かなまなざしで、少女の仕事ぶりを見ている。少女も生き生きとした笑顔で仕事を行っている。
「ああいう笑顔を守れた……それで十分やな」
「ええ」
ツクネの言葉にユキジが同意する。
「ほな、行こか」
ツクネが声をかけ、立ち止まっていたユキジも歩き出す。カリンはたまに後ろの二人がついてきていることを確認しながら、先先と前を歩く。
朝日で街が輝くなか、ユキジたちにはいつまでも少女の声が聞こえていた。
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